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ライジン  作者: てんの翔
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翠虎の章 3

 賛否両論はあれど、さわやかな空気を残したサーディとエスダナルの名勝負。そのあとに続く闘いは、しかしそんな清々しさをぶち壊すような展開となった。

 渦響カキョウ対、ブリニッチ・シゴク。

 この試合をまえに、両者には警告があたえられていた。不必要に対戦相手の身体を壊すようなおこないは、即反則負けとする。とくに渦響には、絶対に相手を殺害しないように注意があった。

 ここはメリルスではない。世界各地から観光客も呼んでいる。あまりに残酷な場面は、この街の印象に傷をつける恐れがある。

 その警告が、はたしてこの二人に、どれだけの効力があるのかは疑問だが……。

 とにかく、ここに冷血漢同士の対決が実現した。

 翠虎スイコ一角豹ピーネーゼの激突。

 虎と豹、どちらが上か!?

 そしてこれは、槍対槍の闘いでもある。

 一回戦での試合時間だけで考慮するならば、ブリニッチ・シゴクのほうが短い時間で相手を倒している。まさしく一突きで。だが、だからといって、シゴクのほうが勝つとは、だれにも予想はできない。

 渦響はあきらかに、試合開始直後は本気を出していなかった。それに、本当の意味で相手を葬っている。なによりも渦響の槍は、ただの槍ではない。

 三節槍――。

 遠距離、近距離、どこにも死角のない万能の武器だ。

 注目の試合は、シゴクの一突きではじまった。アネルドに重傷を負わせた、あの必殺の一撃だ。

 渦響は余裕をもって、それを受け止めた。

 やはりここまでの手練となると、そう簡単には決まらない。

 必殺の突きが通じなかったとはいえ、シゴクには焦りも落胆もなかった。一撃でダメなら、二撃、三撃と打ち込めばいい。

 シゴクの連続突きが、めまぐるしく渦響を襲う。

 七、八……一二、一三!

 横殴りの槍の雨が、渦響の身体に突き刺さる――はずだった。

「バ、バカな!」

 そのすべてが、渦響にはかすりもしなかった。まるで槍の穂先が自分の意志で渦響を標的からはずしてしまったかのように――。

「もう終わりか?」

「な、なんだと!?」

「ならば、私からいく」

 渦響の槍が、この試合はじめて攻勢に出た。

 一撃目は足元を狙い、二撃目は左肩口。

 なんなくシゴクもかわしていくが、どうみても渦響は全力を出してはいなかった。

「この程度の攻めで、おれを倒そうっていうのか?」

 自分の攻撃をすべてかわされた衝撃も、渦響のぬるい槍さばきで吹き飛んだ。

 だが次の瞬間、それが罠だと……!

 渦響の槍が、シゴクめがけてのびていく。

 たいした速度はない。こんなものを避けるのは雑作もないこと。

「!」

 しかし槍の一突きは予想よりも、ずっと鋭く、速い!

 信じなれなかった。

 一撃目、二撃目と同じ動作で放ったもののはず。

 それが、なぜこんなにも厳しい!?

「ぐわっ!」

 思わずシゴクは、悲鳴にも似た呻きをあげた。

 右脇腹を裂かれていた。

「わが『虎砌コサイ流槍術』の歴史は二千年。おまえごときに見切れるものではない」

 渦響は、悠然と言い放った。

「勝負はあった。負けを認めろ」

「ふ、ふざけるな! こんな傷、怪我のうちにもはいらんわっ!」

 悔しさを吐き捨てるように、シゴクは槍を向けた。

 シゴクは勘違いをしている。

 傷が浅かったのは、寸前でシゴクが急所をはずすように避けたからではない。

 渦響のほうが、浅く打ち込んだからなのだ。

「警告はしたぞ」

 殺戮は繰り返される!

 渦響は感情を出さないまま、槍を変形させた。

 一本の長槍から、三節槍へ――。

 頭を沈めてシゴクの一突きをかいくぐると、渦響は前に強く踏み込んだ。

 長槍では近すぎるが、三つに分かれたこの槍にとっては、ここも必殺の間合い。

 それを感じ取れた者は、はたして何人いただろうか。渦響の冷厳な表情にゆるぎはなかったが、一瞬だけ――その眼光に殺意がこもっていた。

 警告はしたのだから、自分に非はない。

 それを無視した、この男の責任だ。

「む!?」

 シゴクの胸に深々と突き刺さるはずだった三節槍の先端……しかし、わずか穂先がえぐったにすぎなかった。

 これでは命を奪うどころか、勝負を決するまでにもいたらない。

 渦響は、少しだけ刺さった先端を、突くのではなく、刃物のように斬り裂いた。

 血がしぶく。

 渦響の顔にも返り血が。

「ま、まだだ!」

 シゴクの凄絶な闘志が、場内を凍りつかせる。この程度の痛手で倒れるような男でなかった。

「ならば、眠れ!」

 冷静さを崩すことなく、渦響は接近したまま槍を手放した。

 左の肘を突き入れる。

「ぐっ……」

「命拾いをしたな」

 強烈な打撃を腹にうけて、シゴクは呼吸もままならず地に膝をつけた。

 言葉も出ない。

 うずくまったまま、動くこともない。ただ、呻くだけ。

「そこまで!」

 審判の制止とともに、急いで救護班が呼ばれた。致命傷とはならなくても、胸の出血を止めなければ危険だ。二人目の死亡者となるおそれがある。

 シゴクへの応急処置がほどこされているさなかにも、渦響から後悔の念を感じることはできなかった。

「──邪魔をした者がいる」

 だれに告げるのでもなく、ふいにそうつぶやいた。

 客席に眼を向ける。

 本来なら、あのままシゴクの胸は貫かれ、まちがいなく絶命していたはずだった。それを、だれかに阻止された。

 あの瞬間、だれかが殺気を放ってきた。

 自分の抱いたそれよりも、遙かに大きく、研ぎ澄まされたもの。

 その殺意に気圧されて、しくじったのだ。

 そんな真似のできる人間を、渦響は一人しか知らなかった。

「やはり……われらに立ちはだかるは、あの男」

 その視線のさきには……。


       *  *  *


 試合の終了を見届けてから、シャイと梁明リョウメイは席を立った。

 控室へと続く内部通路の途中で、勝利したばかりの渦響とすれ違った。シャイは警戒していたが、むこうからなにかを仕掛けてくるような素振りはない。

 すれ違いざま、声だけがかかった。

「礼を言う。反則負けにならずにすんだ」

 シャイには意味がわからなかったが、どうやら梁明に思い当たる節があるようだった。

「なんかやったのか?」

「さあね」

 渦響へ振り返りもせず、梁明が答えた。


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