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ライジン  作者: てんの翔
49/66

翠虎の章 1/2

         1


 祭りの余韻は、夜になっても消えていなかった。

 闘技場では夜通しで催物がおこなわれ、市場や露店も人々で賑わっていた。昨夜よりも盛大だ。朝まで終わらないこの騒ぎは、決勝戦が予定される明後日の夜更けまで続く。

 だが……、街の中心地を離れると……。

「どうであるか、ボウ?」

「すべて順調に進んでいる。船上のほうでも『ソウ』が手筈を整えているだろう」

 暗闇に溶け込むように、三人の男たちがたたずんでいる。

 イチ

 トウ

 ボウ

 渦響に従う一二人のうちの三兵士。

「ただ、鵺蒼ヤソウの馬鹿が目障りだがな」

 亡は嘲るように、そうつけたした。

 自分の将である渦響カキョウと同列に位置する四門将の一人を「馬鹿」呼ばわりとは、この男たちの歪んだ忠誠心と、絶対的な力の自負がうかがいしれる。

「では、時を待つとするか」

 三人は、本当に闇のなかに溶けた。

 夜が明け、陽が中天まで昇ると、街は昨日の興奮を再現させた。

 二回戦、準々決勝の四試合が、ここにはじまる――。


       *  *  *


 第一試合、サーディ対、ロド・ハーネル・エスダナル。

 第二試合、ブリニッチ・シゴク対、渦響。

 第三試合、ヨシュ・アザラック対、アーノス・ライドス。

 第四試合、トーチャイ・ギャッソット対、シャイ・バラッド。



「大丈夫なのか?」

「心配すんなよ、ダンナ」

 試合前の控室。サーディと導友者のトッリュのほかに、シャイも心配のあまり駆けつけていた。

 サーディの腕には、いまだ包帯が巻かれている。

「この腕では、棄権したほうがいい」

「冗談じゃない、忘れたのか!? 決勝は、オレとダンナで闘うんだ」

 シャイの説得は、逆にサーディの心に火を点けてしまう。

「はやく席に戻れって! いい席で、オレの勝利を観ててくれ」

 サーディは、右腕の包帯を取って立ち上がった。

「こうなったサーディは、だれにも止められねえ」

 トッリュが、あきらめたように言った。


       *  *  *


「やはり、無駄だったろう?」

「ああ」

 帰ってきたシャイに、梁明リョウメイはそう問いかけた。答えたシャイのほうも、それはわかっていたことだ。

「君が同じ立場だったとしても、出ると言い張っただろうな」

「……」

 シャイには、否定することができなかった。

「結局、われわれは……闘うこと以外に、表現方法をもたない、ってことだ」

 梁明のその言葉に、シャイは心のなかだけでうなずいた。

 闘いのためなら、なにものをも犠牲にする……そういう生き方しかできない。人間としては最低だ。

 自嘲ぎみにシャイは、そう実感した。

 となりの莉安リアンをかえりみた。

 昨日の試合後、予想どおり異変がおこっていた。

 いつもの症状だ。

 惚けたような、われを忘れたような、意識のはっきりしない様子がしばらく続いた。夜が明けたら、それまでが嘘のように、ケロッともとに戻っていた。

「どうしたのですか、天鼬テンユウさま?」

「いや……なんでもない」

 なにものをも犠牲にする――。

「すまない」

 すぐ間近の莉安にも、聞き取れないような声で……。

「え? なにか言われましたか?」

「いや、なんでもない」

 同じ返事を繰り返していた。




         2


 サーディの前に、ロド・ハーネル・エスダナルが現れた。

 時代遅れの騎士のような風貌に騙されてはいけない。恐るべきフェルスの腕前は、ストルガデラとの試合結果でわかっている。

 腕の治療のために、実際に観ることはかなわなかったが、シャイからも話は聞いている。

「おたがい、いい闘いをしようではないか」

 エスダナルのほうから声をかけてきた。

「ああ、望むところだぜ、オッサン」

 サーディは、剣をかまえた。

 エスダナルも、フェーグをかまえる。

「はじめ!」

 先手は、サーディが取った。

 右腕が痛む以上、さきに攻められては分が悪い。

「ほお、ほお、さすがはサーディ殿の剣筋。見事としか言いようがありませんな」

 そんなことを口にしていながら、サーディの剣撃を、ひらりと風に舞う葉のようにかわしている。

「では、私のひと刺しも、ご覧に入れなければならんでしょう」

 まったくの無動作状態から、フェーグがのびてきた。

「!」

 首をなんとか横に倒したので、頬をかすっただけですんだ。

 いつ、仕掛けた!?

 サーディは、戦慄をおぼえた。

 攻撃を放つさい、だれでも予備動作がくわわる。たとえば蹴りを打つときに、その蹴り足を少し引いてから出す。弦をしぼって矢を射る原理と同じだ。そうしたほうが威力が増すし、なによりも人間は自然にそうするようにできている。拳でも、剣でもかわらない。

 その予備動作を読むことによって、技を見切ることができる。

 逆の言い方をすれば、予備動作を小さくすれば、技を避けられにくくできるということだ。

 だから、達人になればなるほど、予備動作を微小にすることを心掛ける。

 しかしいまの一撃は、完全に消えていた。

 まえの試合、わずかの時間で勝負を決めたことも納得できる。

 常人では……いかに屈強な闘者であろうとも、天賦の才をもっているような最強の部類に属する戦士でなければ、この攻撃をかわすことは不可能だ。

「やっぱり、強えな!」

 素直にサーディは声に出した。

「その強い私を倒さなければ、上にはいけない」

「倒してやるよ」

「その心意気だ、若者よ」

 サーディは、思い切り左腕を振った。

〈キンッ!〉

 だが渾身の一振りも、針のように細いはずのフェーグによって受け止められてしまう。

 やはり不慣れな左一本では、きつい。

 サーディが仕掛け、それをエスダナルが受け止め、無動作の一撃を返す。それを必死にサーディが防御する。

 そんな攻防が、しばらく続いた。

 生きた心地のしない、この感覚。

 攻撃もきかず、防御もやっとだ。まったく勝てる気がしない。

 こんなことは初めてだった。

 いや、以前にこういう感覚を味わったことが、一度だけある。

 それは、いつだったか?

 だれとの試合だ!?

「どうした、なにが可笑しいのだ?」

 エスダナルの声で、サーディは、自分が笑っていることに気がついた。

「なんだ……よく知ってるじぇねえか」

 つぶやいた。

 飛んできたエスダネルの一突きを刃ではらい、大きく距離を取った。

 客席に、しばし眼を向ける。

 その瞳のなかに、シャイ・バラッドの姿。

「どした、サーディ!?」

 突然、動きを止めたことを案じるトッリュの声に、痛むはずの右手で応えると、サーディはエスダネルに向き直った。

「嫌いじゃない、この感覚」

「……? なんのことかわからぬが、戦意を喪失させたわけではないようだな」

「あたりめえだ」

 激しい攻防が、再びはじまった。

 サーディの動きが鋭くなったように感じるのは錯覚だろうか?

 打ち合えば打ち合うほど、キレが増してくるような。観客も、わが眼を疑った。あきらかにエスダナル有利に進んでいた闘いが、完全なる互角に。

 ちがう……じょじょにだが、サーディが押している!?

 しかし、そこまできた段階で、サーディは……そして客席の何人かは、あることに思い当たっていた。

「なんで狙わねえんだ、オッサン!?」

 サーディは、ふいに打ち合いをやめた。

 エスダナルも、それにならうように動きを止める。

「なんのことかな?」

「とぼけるな! あんたは、一度もオレの右側から攻撃を仕掛けようとしていない」

「それがなにか?」

「情けをかけてるつもりか!? オレに勝つ気があるのなら、なぜ弱点をつこうとしない? オレが右腕を痛めてることは、知ってるはずだ!」

 サーディは言い放った。

 これほどまでの攻撃力をもつエスダナル相手に、不慣れなはずの左腕一本で、互角以上の闘いができた理由がわかった。

「それともなにか、オレを倒すには手加減してちょうどいいってのか!?」

「そう怒りなさんな。キミの右腕が弱点だとして、なにもその弱点をあえて狙わずともよいではないか。それが私の持論だよ」

「なんだと!?」

「ついでに言っておくが、べつにわたしは手加減などしているつもりはない」

 エスダナルは、視線をそらすことなく言葉を返した。

「全力だよ」

 その表情を見るかぎり、勝負をナメているのでも、サーディにたいして同情しているのでもないようだ。

「あんた、甘すぎるぜ!」

「甘い辛いの問題ではない。それが私の闘い方だ」

「それで負けたら、どうするつもりだよ。あんたにとって勝ち負けは、重要じゃねえのか!?」

「もちろん、勝つつもりで闘っている。だがキミの弱点を狙わないことで負けるのだとしても、弱点をついて勝つことより、その敗北は重い」

「……」

「いけないかね?」

 サーディには、その答えをもちえていなかった。これまで、命のかかった闘いしか知らない。そういう考えの闘者を理解できるはずもなかった。

 だが……。

 不思議と嫌いにはなれなかった。

「オッサン、あんたずいぶん、それで損してるだろ?」

 エスダナルは、口許をゆるめた。

「どうだろうねえ」

「オレが勝っても、文句は言うなよ」

「当然だ! キミはただ、全力でくればいい」

 二人の胸のすくような闘いが再開された。 


      *  *  *


 観客たちにも、エスダナルの意図が伝わったようだ。

「闘いを冒涜している!」

「いや、彼こそ本物の男だ!」

 意見は二分していた。

天鼬テンユウ、君はどう思う?」

「甘いね。職業をまちがえてる。すくなくても、闘者にはむいてない」

 梁明の問いに、シャイは迷わず答えた。

「フフ、たしかに進むべき道をまちがえたのかもしれん」

 べつの方向から、声が割り込んできた。

 通路に立ったラリュースだった。

「本来なら、王者の器だ。だが、あれが災いして、いまだに一〇位前後を行ったり来たりしている」

「だろうな」

 こうして観戦しながらラリュースの解説をうけるのは、ムマ島以来のことだ。

「私は好きだよ、ああいう男。勝利至上主義が常識となったいまの闘技界において、貴重じゃないか」

「勝たなきゃ意味がない」

「エスダナルという男は、そんなもののために闘っていない。あの男は、自分の美学のために闘っている」

「美学?」

「本国サンソルでも、いまのようなことで物議をかもしたことがある。相手の闘者が足を怪我していたのだが、エスダナルは一切、弱点をつかなかった――」

 その結果、エスダナルは負けた。

 神聖なフェルスという競技において、賭はおこなわれない。だから観客にとって、それほど一人の闘者の勝ち負けは重要なことではないはずだ。むしろ人々から、エスダナルの紳士的な行動は、賞賛されなければおかしい。

 しかし客たちは、いっせいに罵声をあびせた。

 甘い! おまえに闘う資格などない! やめちまえ!

 エスダナルは、その声を正面から受け止めた。

 逃げも隠れもしなかった。

『きれいごとだ』と投げかけられた言葉に、彼は信念をもってこう答えた。

 きれいごと?

 けっこうじゃないか!

「……」

「どうやら、キミも好きになったようだな」

 ラリュースは、そのことだけを伝えにきたのか、背を向けて行ってしまった。

 闘場では、サーディが勝ち名乗りをうけるところだった。

 フェーグを弾き飛ばしたところで、勝負は終わっていた。

「天鼬さま、どうしたのですか? 涙が……」

 なぜだか、胸が熱くなっていた。


       *  *  *


「次は、対等の条件で闘ってもらうぜ」

 退場をはじめたエスダナルに、サーディが声をかけた。

「いつでもきたまえ。どんな相手であろうと挑戦は拒まない」

 勝者であるはずのサーディ。

 敗者であるはずのエスダナル。

 しかしそのやり取りを聞くかぎり、まるで勝ち負けが逆転してしまったかのようだ。

 サーディにとって、いまの試合は勝ちではない。ならば、いずれ決着をつけなければならないだろう。

 それが、闘う男の本能だからだ。


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