覇刃の章 4
第一試合
サーディ 対 ガルグウッド
第二試合
エスダナル 対 ストルガデラ
第三試合
シゴク 対 アネルド
第四試合
渦響 対 ウルメダ
第五試合
ファーレイ 対 ヨシュ
第六試合
アーノス 対 ミリカ
第七試合
トーチャイ 対 ロワンダーダ
第八試合
グダル 対 シャイ
ついに、本大会がはじまる。
夜が明けるまえから、もう街はあわただしい気配に包まれていた。眠れなかった者も多いだろう。高揚した目覚め。興奮し、これからの熱狂に心を踊らせる午前の時間。
そして、正午すぎ――。
『東側、メリルス・リーゲ闘技場サーディカル王者! 一九八戦一九七勝一分、《剣神》サーディ!!』
高らかに名が叫ばれた。
この決勝大会の試合から、これまでの戦績もつけられるらしい。このサーディの唯一の引き分けは、もちろんシャイとの一戦だ。
メリルス人と思われる観客の群れから、大きな歓声があがった。
この大会では、公に賭はおこなわれない。闘い自体を堪能してもらうためだ。無論のこと、個人で、もしくは非登録の組織をつくってなら、やられているだろう。が、栄華連が取り仕切っているということはない。そのかわり、栄華連主導で、事前の優勝者予想投票がおこなわれていた。当たっても賞金がでるわけではなく、大会を盛り上げるための「遊び」要素だ。
その予想では、やはり地元選手の評価が高かったが、外国勢では観光客の多いメリルスの票を集めて、サーディが一番だった。
『西側、ダメル闘技場一三位! 一七戦一七勝、《北方の闘獣》チャラムドダール・ガルグウッド!!』
サーディの声援を大きく上回った。
事前予想では、優勝すると答えた者が二番目に多かった。
一番目から、ウルメダ。
ガルグウッド。
ロワンダーダ。
サーディ。
アーノス・ライドス。
ストルガデラ。
渦響。
アネルド。
トーチャイ・ギャッソット。
ヨシュ・アザラック。
ミリカ・バラッド。
グダル。
シャイ・バラッド。
ブリニッチ・シゴク。
ロド・ハーネル・エスダナル。
ファーレイ――、となる。
地元勢であり、いまもっとも注目される男の人気は、メリルスの英雄を超える。一七試合という少ない勝ち星でありながら、階順一三位まで上り詰めた。一〇倍以上もの勝ち数を積み上げているサーディにも、貫祿負けしていない。
ともに不敗同士。この第一試合が、事実上の決勝ではないかと予想する者も少なくない。
「剣では世界最強? 試してやるよ!」
侮蔑をふくんで、ガルグウッドが言った。
その手には、やや細みの剣がある。
柄や鍔の形状が独特だ。北西海国では主流となる『ラグ』という武具だ。両手でも片手でもあつかうことのできる軽い剣。
ちなみに、このラグともう一本、さらに小さく軽い短剣の両刀を使うと、ムマ島に古くから伝わるムマ式剣術『ラグナ・ハン』の武装となる。
「はじめ!」
開始の叫びと同時に、刃鳴り!
瞬間的に、二人は動いていた。
むしろ挑発したガルグウッドがうけて、サーディのほうが斬り込んでいた。
「言ってくれるな! オレを知らんのか?」
「知ってるよ、英雄なんだろ。奴隷仲間のあいだでは!」
サーディは怒りをあらわすように、相手の剣を押しやった。
均衡のとれた鍔迫り合いが、崩れた。
「命のかかった剣技ってのを、イヤというほどみせてやるよ!」
わずか体勢をよろけさせたガルグウッドに、サーディは渾身の一撃を振り下ろした。
しかし、ガルグウッドは冷静にそれを剣で受け止めた。水平に剣を当てるのではなく、絶妙に角度をずらし、威力を殺した。
シャイの『避雷丘』よりは神がかり的でないにしても、地元の選手がそれをすれば、場内を歓喜に包むには充分だった。
〈おおお!〉
轟きが闘場を支配した。
「剣でも互角じゃねえか!」
メリルス以外の観客は、大喜びだ。下馬評では、ガルグウッド有利というふうになっていたとはいえ、実際のところ、地元の人間ですら不安はあった。メリルスでは、つねに生死がかかっている。そこで英雄と呼ばれるほどの男に畏怖を抱くことはやむをえないだろう。
だがいまの攻防で、地元の客はガルグウッドの勝利を確信し、そのほかの客は、すくなくともサーディの一方的な勝利はないとみて、狂喜しているのだ。
メリルス人だけが、おもしろくない。
「どうするよ、英雄さん。おまえの支持者は遠いところをせっかくやって来たっていうのに、着いて早々、帰り支度するはめになりそうだぜ」
「うっせえ!」
サーディは袈裟に斬りつけたあと、そのまま突きを放った。
しかしそのどちらも、ことごとくかわされた。
「落ち着け、サーディ! 熱くなるな、それがヤツの作戦だ!」
導友者席から立ち上がって、トッリュが叫んだ。
「これが熱くならずにいられるか!」
サーディは、休むことなく果敢に攻撃を続ける。
「だから落ち着けって!」
「トッリュ、おまえのほうこそ落ち着け。大丈夫だ。ヤツは冷静だ」
その声に、トッリュは後ろを向いた。
本大会からは、出場選手とその導友者にも、ちゃんと座席が確保されている。最前列の良い場所だ。自分の出番まで、もしくは試合が終われば、自由にそこから観戦することができる。選手同士の間隔も配慮がなされていて、相手を意識しなくてもいい程度には離れている。
シャイと孫梁明の割り当てられた席は、東側の導友者席の、すぐ右斜め後ろだった。莉安もシャイのとなりに座っているが、これはラリュースに事情を説明して、特別に取ってもらったのだ。
「あれでか、シャイ!?」
「あれでだ」
闘場では、サーディの動きが止まっていた。
無駄に打ち込むのをやめたようだ。
「どうした? あきらめたのか?」
「おまえごときに使いたくはなかったが、見せてやるよ。本当は、ダンナと闘うまで温存しておくつもりだったんだがな」
サーディは、奇妙なかまえをとった。
刃を天空に向けた。
上段にかまえているわけではない。両腕は伸びきっている。あきらかに、天上へ剣を突き立てていた。
「なんのつもりだ?」
「『砂の飛翔』――!」
サーディの足が地から離れた。
大きな跳躍。
「上からの打ち込みか、甘い!」
ガルグウッドは、待ち受ける体勢をつくった。いや、サーディの着地点は、想像よりも、ずっとガルグウッドからは遠かった。
その遠い間合いから、今度は地と水平に跳躍した。
天空へのかまえは、めくらましか!?
ガルグウッドの喉元めがけて、剣は吸い込まれていった。
「くっ!」
ガルグウッドは上体を反らせて、紙一重でそれをかわした。
ちがう。まだサーディの攻撃は終わっていなかった。喉元への突きも、見せ技にすぎない。
再び、上空へと跳ねていた。
そうだ、最初の天空へのかまえが、ここでそのとおりにやってくる。
虚をつかれたガルグウッドは、下半身がよろけた。不覚にも、地面に片手をついてしまった。
そこへ、上からの斬り込み。
「おわりだ!」
「そうはいくか!」
ガルグウッドは、地を転がった。
背中を刃で傷つけられたが、深手にはならない。
体術を生かすために、最低限の防具しかつけていない。その最低限の防具すらなかったら、致命傷となっていただろう。
三回転してから、その勢いを借りて立ち上がった。
ガルグウッドは、左手を背中の傷口に当て、血流の具合を確かめた。
サーディもそれぐらいの猶予は、わざとあたえた。
「どうよ、オレの剣さばき」
少しおどけたように、サーディは言った。
「ダンナとの試合、いまので盛り上げようとしてたのに、こんなとこで使っちまった。まあ、結局は『うけねらい』の曲芸なんだが」
ということは、勝つための必殺技ではなかったようだ。
「て、てめえ!」
ガルグウッドは、怒りに唇を噛みしめた。今度は、サーディの術中にガルグウッドのほうがはめられた。
「ふう、驚かせやがって」
導友者席で、トッリュがため息をついていた。
「な、言ったろ」
斜め後方からそう声をかけられたが、トッリュの視線は闘場に向けられたままだった。
サーディの攻勢が続いている。
速度は、シャイの速剣にも劣っていない。
力強さは、両手を使えるぶん、こちらのほうが上だ。
急所を狙う正確さは、互角だろうか……いや、やはり《剣神》とあがめられるほどの男だ。それをも、シャイを超える。
「なあ、信じられるか?」
「なにがだね?」
不意にシャイに声をかけられて、梁明は逆に聞き返した。
「オレは、ヤツと引き分けてるんだぜ」
「そんなことを言っていたな」
「正直に、どう思う?」
「どう、とは?」
「まぐれだと思うか? 実力では、むこうのほうが上だろう?」
「そうだな」
あっさりと梁明は肯定した。
「たまたま、オレの調子がよかったのか? それとも、あっちの調子が悪かったのか? その両方か?」
「……」
梁明が答えあぐねていると、前方から声がした。眼は、闘場へ向いたままの男。
「なに言ってやがる。たしかに、おめぇの調子は最高だったが、ヤツのできも素晴らしかった! あのときは、おめぇが味方、サーディのほうが敵だったが、おめぇたちの闘いを間近で見てたんだ。まちがいねえ!」
「トッリュ……」
「それから言ってとくが、こんなもんじゃなかった! サーディの恐ろしさはよ! そして……それに付き合ったおめぇの強さも、まぎれもなく本物だよ」
シャイは、勇敢に剣を振るうサーディの姿を瞳に入れた。
「やっぱり、おめぇたち二人しかいねえ」
「?」
「優勝を争うのは、おめぇと、サーディだ」
場内が轟いた。
サーディが、最後の仕上げに入ろうとしていた。
壁際に追い詰められたガルグウッドに、迅速の突きを放った。かわすことは、いかにテメトゥース期待の星といえど困難なはずだ。
右肩を狙った。
利き腕の自由を奪えば、勝敗は決する。
しかしサーディが貫いたのは、闘技場の壁だった。
「まだまだ! 剣での負けは認めてやるが、オレは剣士じゃないんでな! ここからが本番!」
空中で自らの剣を放棄したガルグウッドは、変幻自在に巣を移動する蜘蛛のように、サーディの腕に絡みついていた。
どう身体をもっていったのか、まるで魔術のようにサーディは地を転がり、仰向けになっていた。
腕は極められたままだ。
十字固め。
「クソッ!」
剣を持ちつづけることなど、できなかった。凄まじい苦痛。力が抜けた。
「終わりだ、完全に入っている!」
勝利を確信して、ガグルウッドは言い放った。
素人はこの技を、股で肘関節を支点にして折り曲げる、とよく勘違いしているが、それでは肘が痛いだけだ。忍耐力があれば、我慢することもできる。
腕を自分のほうに引き寄せるようにして伸ばすことが正しい。そのうえで、股を支点に使う。そうすれば、肩から肘、手首にまで激痛がはしる。
常人では、それに耐えることは不可能だ。
「サーディ!」
「ぐうう……!」
サーディの右腕も悲鳴をあげていた。
「おい、審判、勝負ありだ!」
主審は、サーディの顔を覗き込んだ。
サーディからは『まいった』の声も合図もない。
「もう止めろ! 折れるぞ」
主審の判断は、凄絶な叫びによって変えられた。
「うおおおおお! まだだ!!」
サーディは、足でガルグウッドの身体を蹴りだした。もちろん、そんな体勢からでは、きくはずもない。なんとか上半身を起こそうと、じたばた動きだした。だが、ガルグウッドの両足によって、それもままならない。
「くそ、くそ、くそ!」
力が入らないはずの腕に、力を込めた。
「うおおおおおおおお!」
「なに!?」
ガルグウッドの両手から、サーディの腕がはなれた。汗ですべったというよりも、サーディの執念に気押されたかのようだ。
サーディは、反射的に立ち上がった。
ガルグウッドが、再び関節を取ろうとしていた。
「これが、オレの打撃だ!」
鋭い声とともに、サーディは足を軸に、その場で回転した。
サーディの右手甲が、強烈にガルグウッドの顎に吸い込まれた。
裏拳――『エルッズ・グルー』!
時間の流れがゆるやかに変化してしまったかのように、ガルグウッドの身体が倒れてゆく。
「そこまで!」
第一試合の勝敗は、こうして決した。