覇刃の章 二
華やかな式典がはじまりました。
開会式と選手紹介をかねたものです。
三日前にも式はありましたが、いまのように盛大ではありませでしたし、世界各国から招待した八名の闘者は、まだいませんでした。
中央場は、満員に近い賑わいです。
選手の入場順が、そのまま対戦表のかわりになるということで、関心が高くなったようです。
当初は抽選で決められることになっていましたが、それでは戦力の偏りができてしまうという理由で、一回戦では招待選手の八名同士があたらないようにし、ダメルの選手と予選から勝ち上がった二人が、それを迎え撃つ形となりました。
「おおお!」
轟きが、足先から伝わってきました。一人目の選手が入場してきたのです。
メリルス代表の奴隷闘者、サーディ。剣を使わせたら世界最強ではないか、とお兄さまは評していました。
《剣神》――そう呼ばれているそうです。
そして、その偉大なる戦士に対抗するのは……。
「頼むぜ、ガルグウッド!」
姿をみせるなり、すごい声援が鳴り響きました。わたしも、何度か試合を観たことがあります。いま、このテメトゥースで、もっとも注目されているのではないでしょうか。
王者ゾルザードを倒せるのは、彼しかいないと言う者も多いようです。
でも、わたしはどこか好きになれません。
きっと、人を見下したような眼が原因でしょう。
「なんだ、ありゃ!?」
次の闘者が入場してきました。
みなさん、どこか奇異なものでも見るようです。
サンソル代表、ロド・ハーネル・エスダナル。まるで、お伽話に出てくる『騎士さま』のよう。髭が、とても印象的です。
とても強そうとはいえないけれど、なんだか親しみがあります。《ヒゲの男爵》……やっぱり強そうじゃないあだ名です。
「よ、曲者!」
おヒゲさんと闘うのは、階順一七位のストルガデラです。いろいろなことをやってくるので、彼との対戦は、みな嫌がるそうです。そのなかには、反則まがいのこともふくまれるとか……。
五人目の選手の登場には、あまり反応はありませんでした。
ギルチア代表、ブリニッチ・シゴク。
お兄さまが呼び寄せたという、屈指の槍使い。
《一角豹》――その一突きは、確実に相手を貫くという。
「おまえの剣さばき、みせてくれっ!」
二二位のアネルドです。
今回のダメル勢では、唯一の武器系選手といえるでしょう。もちろんガルグウッドをはじめとして、ほかの彼らも武器は使います。しかしアネルドのように、それだけで闘うわけではありません。
元ナシャス剣術の闘者だったらしいのですが、ナシャスでは職業として格闘技が成立していませんから、このテメトゥースに流れ着いたそうです。
「あれが……」
まわりから、畏怖するものを目の当たりにしたときのような、驚嘆のため息がもれていました。
瀏斑代表、四門将軍の一人――《翠虎》の渦響。よくは知りませんが、とても恐ろしい力の持ち主だという噂です。
まるで、緑の悪魔のような……。
次いで、一一位――階順でいうならば、ダメル勢では最強の《白銀の軍馬》ウルメダが入場してきました。
客席からの声援も、明るいものへと戻っています。
やはり彼にたいする期待は大きいのでしょう。
「子供か……? おい、どうなってんだ!?」
そんな驚きの声がおこったのも無理はありません。ウルメダのあとに姿を見せた戦士の姿は、わたしとかわらないぐらいの少年ではないですか。
ファーレイ……あ、そういえば、お兄さまのご友人と同じ名……出場するという話は知っていましたが、まさかこんな少年?
ちがう、子供のはずはない。たしか、留学時代のご学友だと聞いています。ということは、年齢は想像以上に高いはず。
いったい、あんな小さな身体で闘えるのでしょうか!?
「手加減してやれよ!」
どこか揶揄するような声が飛んだのは、次のヨシュが出てきたからです。
じつは今回のダメル勢では、もっともお兄さまが期待している闘者なのです。しかし多くの観客は、そう思っていないでしょう。
かつては《白鮫》と呼ばれ、将来を期待された方でしたが、最近ではふるわず、人気もだいぶ落ちているようです。でも、ダメル予選で見せたあの常軌を逸した『武器砕き』。
現在の《砕牙》という異名そのままの滅茶苦茶な……しかし凄まじい闘いが、わたしの胸から離れません。
きっと、それはわたしだけではないでしょう。彼にはみな、期待とそれに相反するあきらめの思いが同居しているはずです。
闘いにムラがありすぎる。
明日の闘いは、どちらに転ぶのか。
でも対戦相手が、あの少年のような人だとすると……。
できれば、もっと正統派の方と闘ってもらいたかった。それが本音です。
一転して、緊張が場内を包みました。
オルダーン代表、アーノス・ライドス。
《炎鷲を継ぐもの》――蹴術で、いま一番注目されている若手だということです。なによりも、彼を育て上げた《炎鷲》ラオン・デイザー……闘う姿は知りませんが、その名前なら何度か耳にしています。
伝説の蹴術王――。
「よっ! 舞姫!」
その最高峰の技とぶつかるのは、予選ですっかり人気者になったミリカ・バラッドさん。まるで踊っているかのような剣さばき――お兄さまの剣よりも、軽やかに舞っているさまを見たのは初めてでした。
彼女への好奇をふくんだ声援から、もっと硬い……そう、危険な凶器を前にしたようなざわめきへと、反応が変わっていました。
ムマ代表、トーチャイ・ギャッソット。
《狂犬》と呼ばれる褐色の戦士。
鋭利な眼光。けっして飼い馴らせない、反逆の象徴とでも表現しましょうか。
「ロワンダーダ! ダメルの凄さを見せつけてくれっ!」
一九位のロワンダーダは『六殺』という特殊な武具を使う、ダメル一の変則的な闘者です。
《狂犬》といえど、苦戦をするでしょう。
しかし……トーチャイ・ギャッソットは、お兄さま自らが呼び寄せたのだといいます。いったい、どんな試合に……。
一五人目の戦士は、エンプス代表――《獅子殺し》グダルという男。そうです、あの人の最初の対戦者となるのです。
大きな身体……でも、ボスクより大きくはない。でも確実に、こちらのほうが強いでしょう。獅子を素手で撲殺したことがあるという触れ込みは、真実かもしれません。
その気迫に満ちた顔つきを見てしまうと、わたしの心に一抹の不安がよぎりました。
信じてよいのでしょうか?
あの人の力を……。
最後の一人、シャイ・バラッドを――。
一六人は闘場を何周かすると、中央に集結しました。
わたしのすぐとなり……貴賓席の中央で、お父さまが立ち上がりました。
「一六の勇者よ、世界をその手に!」
それが、開会の宣言です。
その声に応える戦士たちのうちなる声が、わたしには聞こえたような気がしました。
『世界を、この手に――!』
この一六人のなかに、わたしをここから……無限の鳥籠から飛び立たせてくれる人がいるのでしょうか。
それは、あの人?
それとも……。