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ライジン  作者: てんの翔
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覇刃の章 1

 三日間続いた予選も終わり、本日の休戦日を経て、明日から決勝大会がはじまろうとしている。

 この日の早朝、船でエンプス代表のグルダが来訪をはたしていた。それに遅れること数刻、ギルチア代表のブリニッチ・シゴクが、そして正午近くになったいま、最後の招待選手となるムマ代表、トーチャイ・ギャッソットがこの地を踏んだ。

 褐色の肌。ムサンマの選手にはめずらしく、筋肉質の体躯だ。

「やっと来たか……王室が出港を認めなかったのかと思って、ヒヤヒヤしていたぞ」

 出迎えたラリュースは言った。

 ムサンマを取り仕切るムマ王宮が、寸前になって方針をくつがえすことも考えられた。

 六〇〇年の伝統を誇るムサンマは、選手をほかの闘場に上げることには、非常に消極的だ。もし、よそで負けるようなことがあれば、それまで築いてきた権威を失墜させてしまう恐れがある。ムサンマによる興行収入が島を支えているだけに、そうならざるをえないのが現状だ。そのために、こちらもかなりの金額を提示していたが、それでも不安だった。

「試合していた、船に乗る日も」

 トーチャイ・ギャッソットは、ぶっきらぼうにそう応えた。

「はやく試合がしたい。いつだ」

「あわてるな。明日からだ」

「それまで待てない。鍛練したい、場所をくれ」

 トーチャイは、やはり無愛想に告げた。

 ラリュースは、ため息をつく。しかし、表情はどこか嬉しそうだ。

「頼もしいが、夕刻には選手紹介と開会式をかねた式典がおこなわれる」

「どうせ敵はいない」

「言ってくれるねえ」

「身体を動かしたい」

「わかったわかった、訓練所を紹介してやる」

 ラリュースがそう折れると、トーチャイは満足そうに一度だけうなずいた。

 ムマ代表、ムサンマ・セドゥルディック級五位――《狂犬》トーチャイ・ギャッソット到着。そしてこれで、八人の招待選手すべてがこの街に集結したことになる。


       *  *  *


 そのころ、八人のうちの二人と、予選から勝ち上がった一人が、暖かな日中の街を散策していた。

 メリルス代表、サーディ。

 イリュテル代表、ファーレイ。

 そして、予選から勝ち上がったシャイ・バラッド。

 さらに、莉安リアンとトッリュも加えた五人組だ。

「なあ、ダンナ……」

 海を一望できる高台だ。あたりに観光客の姿はあったが、混雑しているほどではない。

 莉安が夢中に海を眺めていた。シャイから離れたその頃合いを見計らって、サーディが口を開いた。

「彼女……」

「ん?」

 サーディは、言葉に困った。

 莉安のことで、言いたいこと……というより、伝えておかなければならないことがいっぱいあった。昨日の怪しい視線。まるで別人になってしまったような異変――。

「いや、なんでも……」

 言うことに戸惑いもある。

 そもそも、彼女は何者なのか?

 昨夜、シャイからは、粗方のことを聞かされていた。彼女は、瀏斑リュウハンで有名な鍛治師で、彼女のつくった刀を手に入れるため、瀏斑帝室が付け狙っている、と。

 矛盾だらけの話だった。

 広大な国土だけでなく、人材にも無尽蔵なあの国が、彼女のつくった一本の刀に執着するだろうか。だいたい彼女のような若い女性が、名鍛治師ということに無理がある。

 たしかに、付け狙われているのは本当のことかもしれない。それが、あの視線なのだろう。そしてその視線の主が、帝室からの刺客なのだとしたら、シャイたちが瀏斑から逃げてきたということも信じることはできる。

 だが、やはり彼女の存在定義には疑問が残った。いっそ、帝の愛人だったとか、隠し子だとか言われたほうが、普通に納得することができる。

「その剣が……」

 サーディは、べつのことを口にした。

 シャイが肌身離さず持っている刀。

 名鍛治師だという彼女が打ったとされる珠玉の一本。最上級の剣士である自分だからこそわかる、この刀の凄味。

 鍛治のことを詳しく語ることはできないが、使うほうのことなら見ただけで知ることができる。

 もし、自分がこの剣を振ったとしたら……想像しただけで血がたぎり、戦慄に背筋が震える。それほどの激しさと恐ろしさをもったものだ。

「名前は、たしか《ライジン》だったよな」

「ああ」

「ダンナにぴったりじゃねえか」

 サーディの言葉に、シャイが笑みを浮かべたときだった。

「おい、気の毒なヤツらがいるぜ」

 ざわざわとした気配が、ここからの絶景を台無しにしてしまった。

 五人いた。みな、一般の人間ではない。

「なんだ、てめえら?」

 あきらかに自分たちへ発せられた不快な台詞に、サーディが敵意を込めて声をあげた。

「ほう、あんたのことは知ってるぜ。剣での闘いでは最強なんだってな」

 その一行のなかの『長』であろうと推測できる、色黒の男が言った。

「オレの名は、ガルグウッド。明日からの大会で、あんたらとあたることになるだろう男だ。よろしくな」

「で、なんでオレたちが気の毒なんだ?」

「そりゃ、決まってんだろ」

 べつの男が、下卑た笑いをまじえながら口を挟んだ。

「オレたちに負けるからだろうよ!」

 はははは、嘲笑にも似た声が響いた。

「笑わせんな。おめえらじゃ、力不足だ。なんなら、この場で相手してやろうか? オレ一人で充分だ」

 サーディは別段、ムキになっていたわけではないが、挑発の言葉を男たちに突き刺した。

「オレたち五人をか? これだから、知性のかけらもない奴隷は困る」

『奴隷』という単語をとくに強調していた。

「ダンナ、その剣かしてくれ」

 武器を携帯していなかったサーディは、それまで話題にしていたシャイの《雷塵》に視線をはしらせた。

「落ち着け」

「明日の準備運動にはちょうどいい」

 サーディは、やる気だ。

「どうしたんですか?」

 ファーレイも騒動に入ってきた。

「こいつらを、これから叩きのめしてやるんだよ!」

「まあ、まあ、熱くならないでください。五人を相手にするのは無茶ですよ」

 めずらしくファーレイは、騒ぎを沈静化しようとしている。

「止めるんじゃねえ!」

「いえ、止めてるんじゃなくて、ボクが一人やりますから、あなたは二人、シャイさんも二人やってください。それで数は合います。あ、でもいっぺんに闘うのはもったいないので、一戦一戦やりましょう」

 瞳を輝かせて、ファーレイは提案した。

「そりゃ、いいな! どうするよ、おまえたち、それでいいか?」

 サーディも、それに乗り気だった。

 シャイは、なかば呆れた顔だ。

「チッ、なめたことを! オレたちダメルの力を思い知らせてやるぜっ」

 男たちは、ガルグウッドをはじめとして、明日からの大会に出場が決まっている五人だった。

 二二位のアネルド。

 一九位のロワンダーダ。

 一七位のストルガデラ。

 一一位のウルメダ。

 ガルグウッドは、一三位だ。

 格でいえば、ウルメダのほうが上のはずだが、この一団のなかでは、この褐色の男が一番の実力者のようだった。

「じゃあ、オレが最初にやってやるよ」

 顔だちから判断するならば、北西海国の出身だろう。

 サーディよりも、さらに若い。

 だが、貫祿では負けていなかった。

 武器は持っていない。それでも臆するところがないということは、体術系の闘者だということだ。

「やっぱり、剣はいい。オレが、剣だけの男じゃねえってことを証明してやるぜ! オレの打撃を見て、ビビるなよ」

 自信ありげに、サーディは言ってのけた。

 身構える二人――。

 と、そこにいた者のうち、莉安とトッリュ以外は察知していた。

 しかしそれを承知で、ガルグウッドは右の蹴りを放っていた。サーディは左腕でそれを防御すると、右拳を突き出す。

 ガルグウッドの肩口に命中したが、浅い。

「おい、気づいてないのか!?」

 シャイが鋭く、二人に叫んだ。

「チッ! だれの邪魔だ!?」

 舌打ちして、ガルグウッドは後方にさがった。サーディも同じように距離をとる。

 ガルグウッドには仲間の四人が、サーディにはシャイが寄り添った。ファーレイは、トッリュと莉安についている。

「なんだ、ガルグウッド……いまの殺気は!? まるで、凍えるようだったぞ……」

 四人のうち、ロワンダーダが、そう口を開いた。

「囲まれてるな!」

 ガルグウッドに言われるまでもなく、シャイとサーディも勘づいていた。

「だ、だが……姿はないぞ!?」

 焦りの色を浮かべて、アネルドは言った。

 たしかに、この高台にそんな人影はない。

 観光客と思われる数人はいたが、この騒動のため、逃げるように一同からは離れていった。

「三人だ」

 シャイは、つぶやくように言った。

 ガルグウッドたち五人は、シャイのその落ち着きようと、つぶやいた言葉に、軽い驚愕の念を抱いたようだ。

 彼らには姿はおろか、はっきりとした気配すらわかっていない。ただ、鬼獣のような殺気が迫ってきたという事実しかわからなかった。

「すげえな、ダンナ」

 サーディにも、そこまでは察知できなかったようだ。

「いや、これのおかげだ」

 そう言ってシャイは、手にした《雷塵》をかかげてみせた。

「……?」

「オレの実力じゃない」

 首をかしげたサーディにそう応えると、シャイはファーレイに視線を投げかけた。いや、ファーレイというよりも、そのファーレイに守られている莉安に向けたのだろうか。

 莉安の様子を気にかけている?

「大丈夫ですよ」

 応えたのは、ファーレイだった。

 その「大丈夫」は、莉安の身は自分が守る――という意味合いのものには、サーディには聞こえなかった。

 剣と莉安……。

 サーディの脳裏に、二つが重なった。

 まさか……!?

「姿を消している三人。おまえたち、四門将とかいうやつか?」

 シャイが、なにもないはずの空間に向かって声を発した。

〈くくく……俺たちのことがわかるとは、なかなかやるな。さすがは『覇王の刃』の所有者に選ばれただけのことはある〉

 声は、嘘のように虚空から返ってきた。

〈だが、頭は弱いようだな。四門将軍が、おまえのような下衆を相手にするわけがなかろう〉

 べつの声が、そう続けた。

「ヤソウの配下か?」

〈ちがう〉

「じゃあ、カキョウか?」

 声は、沈黙で答えた。

「ヤツも、オレたちを狙ってるのか?」

 やはり、沈黙。

「おい、ダンナ、この声の連中、リュウハンからの追手なのか!?」

「サーディ、おまえは右へ飛べ。六歩さきにいる」

「ダンナは!?」

「オレは左だ」

 そして、ファーレイに目配せした直後、シャイは動いた。

 遅れて、サーディも。

「ドラルファーよ、怒りをあらわせ!」

 ファーレイが唱えると、炎が、ある一点で巻きおこった!

「なんだ、ありゃ!」

 この世のものではない現象を横目に見ながら、サーディは指示どおり歩数をはかった。

 四、五、六歩!

 渾身の蹴りを放った。

 その蹴りよりも数瞬前、左に走ったシャイは《雷塵》を抜き放ち、なにもない空間を両断していた。

 だが三者とも、手応えはなかった。

〈くくく……甘い、甘い〉

〈おい、トウ。そろそろ遊びは終わりだ。俺たちには使命がある〉

〈そうせかすな、ボウ

〈そうはいかん。藍鳳隊のことなど、どうでもよいが、渦響様の命令は絶対だ〉

〈……わかった〉

イチも行くぞ〉

〈うむ〉

 それで、声は消えた。

 もう聞こえることはなかった。

「いなくなった……のか?」

「ああ」

 刃を鞘に戻し、シャイは答えた。

「おい、なんなんだよ、いまのは!?」

 ガルグウッドたちから、どこか責めるような声があがった。

「おまえらには、無関係のことだ。気にせず忘れてくれ」

 そのシャイの台詞に納得した様子はなかったが、事の危うさを彼らなりに感じ取ったのだろう。それ以上、詮索しようとはしなかった。

「よくわからんが、明日の試合では容赦しないぞ! オレたちにあたらないことを願っとくんだな」

 最後に強気な発言を残して、五人は去っていた。

「ダンナ、その剣……彼女がおかしくなったのは……」

 サーディは、ためらいながら、そう口にした。

「……」

 シャイは、無言で莉安をみつめた。

天鼬テンユウさま!」

 感動をともなった明るい声がした。

 安堵のため息が、シャイからもれていた。          

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