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ライジン  作者: てんの翔
35/66

栄華の章 8/9

         8


 孫梁明ソンリョウメイすら恐れさせる男の来訪――。

 夕刻に、一二隻の軍船がテメトゥースの海に姿を現した。港に停泊したのは、そのうちの一隻だけだった。残りの船影は、海上に漂ったままだ。

 緑海で圧倒的な戦闘力を誇る、瀏斑リュウハン海上部隊『翠虎船団』の旗艦にふさわしい威容の軍船から降りてきたのは、七人の男たちだった。

 一人が先頭に立ち、六人がそれにつき従っている。

 いずれも、緑の鎧で統一されていた。

 栄華連からの出迎えは、ゴルバ・ウィルドをはじめとした錚々たるものだった。その出迎えの待つ場所から少し手前で、先頭の男は立ち止まった。もちろん、六人もそれにならう。

イチトウボウ、おまえたちは鵺蒼ヤソウのもとへゆけ。八嵐衆は、かなりの人数がやられたと聞く……」

 一、十、亡とは、六人のうちの三人の名前のようだ。

 だれからも返事はなかったが、それぞれが承知したことは、その場の空気であきらかだった。

 先頭の男は、行進を再開した。

 栄華連の出迎えをうけるころには三人の姿がなくなっていたが、だれもそれに気づくことはできなかった。

 瀏斑代表、四門将《翠虎スイコ》の渦響カキョウ――ここに到着。


       *  *  *


 その気配を察知できたのは、ふとした拍子だった。

 混雑する大通りを、サーディは莉安リアンとトッリュとともに歩いていた。これから中央場へ行かなければならない。決勝開始までは、まだだいぶ時間はあったが、はやくしなければ、いい席が確保できないかもしれない。

「ん?」

 いますれ違った、いかにも金持ちそうな紳士が、なにかを落としたのだ。おそらく、旺州からの観光客だろう。

「落ちましたよ」

 それを拾うと、サーディはすれ違った紳士を追って振り返った。

「!?」

 そこでわかった。

 その方向から、何者かがうかがっている……。

「おお、これはすまん!」

 紳士は、サーディの声を理解すると、自分の落とした小さな布袋を受け取った。たぶん何枚もの財貨が詰まっているはずだ。

 紳士はお礼を言うと行ってしまったが、サーディは、ずっとその方角を見やっていた。

「どした、サーディ?」

 トッリュと莉安が、後ろを向いて立ち止まっていたサーディに気がついた。

「……!」

 サーディは返事もせずに、一点を睨んでいた。だれかが、こちらを監視している。自分たちをだ。

 オレか?

 トッリュ?

 いや、彼女か……!?

「おい、サーディ!」

 トッリュの強い呼びかけと同時に、気配は消えた。まるで、声に驚いて霧散してしまったかのように……。

 それとも、気のせいだったのか?

 これだけの人数が行き交う通りだ。こういう雑多な意識の群れに慣れていないサーディなら、仕方のないことか。

 大多数に観戦されて闘うことはあっても、自分が人々の波のなかに入ることは、奴隷の身分では無いに等しい。

「どしたよ、おめぇ?」

「い、いや……なんでもない」

 そう答えた直後――。

「!」

 やはり、だれかが!?

 一人ではないような……二人か、三人か、もっとそれ以上か!?

 ちがう、一人だけかもしれない……。

 いったいそれが、どんな意図をもったものなのか、サーディには見当もつかなかった。悪意のあるものか、好意的なものかさえわからない。いや、人の気配だという確信もない。

「おや、美しいお嬢さん。こんなところで立ち止まっていては危ないですよ」

 サーディが困惑しているさなか、莉安が声をかけられた。

 再び、その声を合図にしたかのように、気配はなくなった。錯覚なのだろうか。サーディは、声をかけてきた男を眼で確認した。

 もし錯覚でないのなら、この男が「気配」の仲間である可能性もある。

 男は、いましがた落とし物をした紳士よりも、数段上の紳士っぷりだった。旺州貴族の騎士を大袈裟に絵で表現すると、こういう風貌になってしまうだろう。あまりにも「それっぽすぎ」て、笑いが込み上げてきそうだった。

 先っちょが優雅に丸まっている口髭が印象的だ。

「すごい人の多さですねぇ。私は、さきほどついたばかりですので、嫌になります。はやく宿へ急ぎたい」

 男はそう言うと、去っていこうという素振りで、サーディの耳元に近づいた。

「不逞の輩が、お嬢さんの様子を観察しています。ご用心を」

「え!?」

 その言葉で、錯覚でないことが証明された。

「あんたは!?」

 男は、すでに三歩ほど通り過ぎたあとだった。さらに三歩ほど進んでから、振り返った。

「私は、ロド・ハーネル・エスダナルです。また会うこともあるでしょう。そのときは、よろしくお願いしますよ」

 それだけを口にすると、男は人込みに消えていった。不審な気配も、それからわきおこることはなかった。

「おい、ありゃ、サンソルの」

「そのようだな」

 サンソル代表《ヒゲの男爵》ロド・ハーネル・エスダナル――いま到着。




         9


 ダメル中央闘技場――。

 左場、右場とは、規模がちがった。

 まさしく、テメトゥース栄華連の誇りをかけた荘厳な建造物だ。全三層にもおよぶ客席は、四万人の収容が可能だという。

『東側! オザグーン・ナーダ聖技場より、一輪の花が舞い降りた!』

 選手紹介の声は、おそらく最後尾の席まで届いていないはずだ。

『《舞姫》ミリカ・バラッド!!』

 歓声があがった。満員というわけではなかったが、この広さを考えると、上々の客入りだろう。

『西側! 同じくナーダ聖技場! ここに、同門対決が実現! 美しき花に対するは、計算された知略! 《闘場の参謀》ソクルデス・マガヌーン!!』

 この試合の注目度は、想像よりも高い。王都オザグーンからの客はもちろんのこと、ここまで両者の闘いを一度でも眼にした者は興味があるはずだ。

 舞うように剣を振るミリカ。

 かたや、ここまで危なげもなく理想どおりに闘ってきたマガヌーン。

 声援を聞けば、やはり女で、しかも美しいミリカのほうが興味を惹いているようだ。

「へえ、あの用心棒の妹ねぇ」

 客席の一角では、同じ女性闘者のメユーブも、わくわくする視線を投げかけていた。

 右どなりには、いつものようにゾルザードの姿がある。ヨシュはいないようだが、左どなりの席が空いているので、これから来る予定はあるようだ。

「ここまでの闘いぶりは、どうだったよ?」

 またべつの一角では、サーディとファーレイ、トッリュと莉安の四人がいた。すっかり仲間と化した四人組だ。

「見事なものでしたよ」

 サーディに問われて、ファーレイは淡々と答えた。その声音からは、あまり感動は伝わってこない。

「なんか、裏のある言い方だな」

「いえいえ、ボクは『熱い闘い』が好きなだけでして、剣舞を観たいわけではないのですよ」

「つまり、彼女のは『闘いじゃない』ってことか」

「まあ、そういうことです」

 そしてだれよりも、この闘いを注視している男もまた、選手の入退場口から心配げにうかがっていた。このあとに、自分の試合があることなど忘れてしまっているかのようだ。

「はじめ!」

 裂けるような掛け声とともに、試合がはじまった。

 長剣を手に、ミリカが激しく動きだす。

 防具のたぐいは、肩と胸、籠手の部分を守る最低限のものだけだった。まさしくそれだけを見れば、闘いではなく、舞だ。

 それに対するマガヌーンは、奇抜な動きにあわてることもなく、ただ身構えるだけ。こちらは、ナーダ聖技場での一般的な武装をしている。

「ミリカ、ゆさぶれ!」

 導友者席から、ホルーンが叫んだ。

 マガヌーンの導友者席には、シャイに負けたトレイザがいる。

「はっ!」

 短い掛け声とも、呼気がもれたともとれる気合の息吹を放って、ミリカが剣舞から戦闘へと移行した。

 だが、簡単に阻まれた。

 舞の続きのような剣撃を、マガヌーンは焦りの色など微塵もみせず、手にした剣で受け止める。

「堅い防御だな」

 食い入るように戦況を見守るシャイの背後から、梁明が声をかけた。

「あれでは、君の妹さんに勝ち目はない」

 その梁明の声は聞こえていないのか、シャイは闘場に眼を向けたままだ。

 そのとき、マガヌーンの強烈な一撃が、ミリカの剣を身体ごと弾き飛ばした。手放しこそしなかったが、ミリカは尻餅をつき、剣をかまえるどころではない。

「降参しろ! 勝負はついた」

 マガヌーンは、倒れるミリカに白刃を突きつけ、そう宣告した。

「くっ、だれが!」

「おまえは、バラッド家の汚名をそそぎたいのだろうが、おれはナーダ聖技場すべての屈辱を晴らすつもりだ」

 ミリカは立ち上がりざまに、迅速の突きを放った。それを予想していたかのように、マガヌーンは身体を右に回転させて、それをかわした。とどめの斬撃をくわえるために体勢を一瞬で立て直し、深く踏み込みながら、剣を天から地へ落とした。

 ナーダでは頭上からの打ちおろしは反則だが、当然ここでは適用されない。

「ミリカ、剣で防げ!」

 ホルーンの叫びは聞こえたが、ミリカはそれよりも、ちがう男の声に反応していた。

「回って、左!」

 このときミリカは、突きを避けれらた格好のままだった。剣は右手。右斜め前方からマガヌーンが打ち込んでくる。

 ミリカは、いましがたマガヌーンがやったように、その場で身体を回転させた。それまで自分が存在していたスレスレの空間を、刃がおりてゆく。

 回転しながら、剣を持つ手を左に変えていた。

 次の瞬間、ミリカの水平に放った一撃が、マガヌーンの左脇腹にきまった。

「そこまで!」

 血流は、それほどでもなかった。防具すら寸断するほどの鋭い一撃だったが、肉体に当たる直前で力を抜いたのだ。

「危なかったな。もし、あのまま剣で防ごうとしていたら、うまく受け止められても、次の一撃で負けていただろう。また、直線的な動きで避けようとしても、あの体勢からだと間に合わなかった。もっとも速い『円』の動きしかない。それも、逃げようとするだけでは駄目だ。紙一重でかわし、同時に攻撃をくわえなければ、勝機はなかった」

 梁明はそう言って、シャイの肩に手を置いた。

「いまの判断ができるようだと、このあとの試合は心配ないな」

 いまだ歓声なりやまぬなか、ミリカが退場口に戻ってきた。

「よけいなことを」

 シャイとすれ違いざま、そうつぶやいていた。


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