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ライジン  作者: てんの翔
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栄華の章 6

         6


 本大会へ進出できる二名が、今日決まる。

 これまでに、当初の参加人数である四〇〇人あまりから、五〇人ほどまで絞られた。そこから二人なので、一人につき四試合から五試合こなすことになる。過去二日にくらべて試合の総数は減っているが、そのぶん一人の対戦数が増えるというわけだ。

 控室に入ったシャイと梁明リョウメイに、ラリュースが近寄ってきた。もう一人、眼鏡をかけた神経質そうな老紳士――チクザトールという男を従えていた。

 彼らは、概要だけを簡単に語った。

「勇者シャイ・バラッドには、本大会へ向けての、闘規マニュを定める役目を担ってもらいたい――」

 シャイは、その説明のあとに闘場へ向かった。通路を進みながら、ラリュースたちの語った内容を心のなかで反芻する。

 これまでの予選試合は、武器系と体術系の対戦は避けていた。

 いうまでもなく、闘規が完全に決定していないからだ。だが選手が少なくなってくると、そうもいかない。そこで、シャイに白羽の矢が立った。シャイの戦闘が、武具・体術の双方をかねそろえていたからだ。

 このダメル闘技場の闘い方に、一番近い。

 入場したシャイの眼前には、すでに臨戦態勢をととのえた闘者の姿があった。拳に革の手防具がつけられていた。拳術か、もしくは蹴術を使うのだろう。

『西側、旺州はイシュテルよりの刺客! 階順ローガ八位《拳と血風の死神》! マイスラス・リーン!!』

 どうやら今日の試合から、選手紹介が入るらしい。

 はるばるファーレイの母国であるイシュテルからやって来たようだが、あそこは闘技が盛んではない。そこの八位だから、そうたいした選手ではないだろう。

(拳と血風の死神……)

 シャイは内心、軽い恥ずかしさをおぼえた。自分も、大袈裟な異名がつけられるのだろうかと、覚悟した。

『東側、元ナーダ聖技場王者! 《雷狼リダジャーダ》シャイ・バラッド!!』

 意外にあっさりしていたので、安心した。

天鼬テンユウさま~~!」

 どこかで莉安リアンの声援があがった。

 日に日に観客の数は増えている。

 ひと通り見回したが、すぐにはみつけられなかった。

「はじめ!」

 みつけられたのは、審判の合図のあとだった。

「きゃー!」

 莉安の悲鳴で、シャイは敵の――《拳と血風の死神》の接近を知った。

 闘規マニュのことを考えるあまり、油断していた。

 シャイは、左に半歩、横にずれた。

 それまで顔のあった空間を、死神の拳が通り抜けてゆく。

「殴る! 殴る! 殴りつける~っ!」

 奇声を発しながら、腕を振り回してくる。

 シャイは、手にした《雷塵》を威嚇のつもりで前に突き出した。

「そんなもの恐くね~~ちゅんじゃ! 殴るぞ、おら、おら、殴るぞ~! 殴る!!」

 まったく効果はなかった。

 それもそのはずだ。刃には厚手の皮革が巻かれている。

 客が普段のダメルを知っている人間だけだったなら、こんな措置は必要ないだろう。だが、大々的に宣伝をして世界から客を呼んでいる以上、そういうわけにもいかない。

 たとえば、残虐性を楽しむとされるメリルスにしても、「剣には剣」が原則だ。不公平な条件であってはならない。

 それが世界の常識。

 丸腰の相手に武器とは、やはり納得できな人々のほうが多いだろう。そこで考えられた闘規がこういうことだ。

 武具の刃部分を皮革で覆う。

 それで不平等感をなくす。

「ちっ!」

 舌打ちしたシャイの鼻先を、死神の拳がかすった。

 本来、剣を持っていれば、相手は怖がって踏み込みが浅くなる。しかし斬れない剣ならば、恐怖も薄れようというもの。

 いっそのこと剣を捨てようとも考えたが、そうもいかない。できれば剣を使って闘ってほしい――と、ラリュースから要請されているのだ。

 この試合は、あくまでも実験だ。

 シャイは右の蹴りで距離をとろうとした。

 だが相手は腕で防御しただけで、後ろにはさがらない。むしろ、前に出てくる始末だ。

「くそ! 闘いづらいっ」

 壁に詰められた。

 導友者席のすぐ下だ。

「べつに『斬る』必要はない」

 背後頭上から、冷静な声がした。

「なんだって!?」

「斬る武器だと思わなければいい。棍のようなものだと仮定するのだ」

 梁明の助言で、シャイの腕が動いた。

《雷塵》の刀身を、相手に叩きつけた。

「恐くねぇ! 怖くねぇ!」

 死神の胴を見事に打ったが、戦闘衣のなかに防具を着込んでいるのだろう。ほとんど、きいてはいなかった。

 武器も自由だが、防具も自由な大会だ。

「これじゃ、こっちが不利じゃねえか!」

 シャイは愚痴をこぼしながら、相手の拳を避けつづける。

 闘規マニュがどうとか、皮革を巻いているとかだけでなく、相手のマイスラル・リーンとかいう男の頭がイカれていることも、厄介な要因だ。

 拳術では、顔に打撃をもらいすぎて、おかしくなってしまう闘者が多いそうだが、この男はその典型だろう。

「大丈夫だ。採点では、いまの一撃は有効打にふくまれる」

 やけに平静な声が、シャイの神経を逆撫でした。

「制限時間が過ぎるまで、オレが立っていられたらだろう!」

 シャイは叫んだ。

 この試合には、制限時間がもうけられていた。時間内で決着がつかなければ、審判三人による採点で勝敗を決することになる。

 つまりは、広く拳術や蹴術でおこなわれているやり方だ。

 シャイも、オルダーンで経験ずみだった。

「武具と身体が、ばらばらだ。一体としろ」

 なおも、梁明の声は続く。

 シャイは、右の掌を突き出した。

 梁明直伝の掌打だ。

 たしかに相手の胸に当たったはずだが、まったくきいている素振りはない。

「刀を必殺の武器と考えるな! 左の拳で牽制し、右の足で仕留める君の得意戦法と、なんら変わらない」

 どうやら、剣で牽制し、右の掌打か、右足のロブ・パーサできめろ、と言いたいようだ。剣を左拳に置き替えろ、という意味だろう。

 シャイは、乱れていた技と技とに流れる線を修正することにした。

 もちろんその表現は、自分だけの感覚を言葉にしただけにすぎない。

 左の拳、右拳、そのあとに蹴り、という打撃の流れが蹴術には基本として存在する。最初はだれでも、その組み合わせを練習するといっても過言ではない。

 そして、そこから派生する連続技を個々で開発し、より鍛練していく。

 そのなかで、選手それぞれの線が生まれる。

 人によっては、ただの技の集合体ととらえる者もいようが、それでは強くなれない。技と技とのあいだには、双方を結ぶ「線」が必要であり、線なくして連続の技とは呼べない。単発の技が続くだけだ。「線」によって、それらは『連続技』という一つの強力な武器となる。

 剣を持つことによって、シャイは剣士に戻っていた。「線」が消えていた。蹴術の技能が死んでいたのだ。この闘いは、剣を持っていても剣術ではない。

 蹴術に、剣をたしているだけだ。

 左の剣から「線」を結ぶ。

 右の蹴り。下段に放つ。

 拳術相手には足を攻める。それが常道。

 相手がひるんだ。

 頭はイカれていても、足への一撃はどうしようもあるまい。

 連打が、それによってやんだ。

 あとは、掌打をたたき込むだけ――。




         六


 あの人の快進撃は続きます。

 さきほどの試合、最初は戸惑っていたようだけど、最後は素晴らしい技の組み立てで快勝しました。

 どうやらあの人は、右手で剣を握れないよう……。

 左手の剣から繰り出された疾風のような攻撃によって、対戦者に隙ができました。

 そこに、足への攻撃が入ったのです。

 おそらく、ただ足を狙っても、かわされていたでしょう。相手も、それぐらい警戒していたはずです。

 剣から蹴り技への移行が、とても滑らかだったために、相手は避けることができなかったのでしょう。

 拳だけで闘っているのなら、普段、足への打撃をうけることはないはずです。想像を絶する痛みだったにちがいありません。

 左足を封じられた対戦者は、もうそれで拳をかまえるどころではなくなっていました。

 昨日も見せてもらった、あの掌で放つ打撃が、そんな相手に炸裂したのです!

 胸に渾身の一撃をうけた対戦者は、かろうじて立ってはいられましたが、その衝撃のあまり、息ができなくなったようでした。

 とどめの右足が宙に舞ったのは、その直後でした。

 相手の意識が、落下するようになくなっていくのがわかりました。

 一番最初の……広場で闘ったときのような芸術的な足技が、側頭部を美しくとらえたのです。

 やはり、あの人の試合は、わたしの心をえぐります。

 本日二試合目の、いまおこなわれている闘いは、かなり異質なものになっているようです。

 相手は、タトルの『リフステル』という競技の選手だということです。

 リフステルは、殴ったり蹴ったりする打撃が禁止されている。体当たりで相手を倒したり、投げ技で地面に叩きつけたりするのです。

 関節や絞め技もあり、地に両肩をつければ勝ちになるという競技です。ですから相手はさきほどから、しきりに体当たりを狙ってきます。その意図がわかっているあの人は、それをうまくかわしていく。

 でも、どうやら様子を見ていると、こういう対戦者と闘うのは初めてのよう。かなりの戸惑いが感じられます。

 あ!

 体当たりに合わせて、膝を放ちました。

 顔面から鈍い音が……。

 しかし……しかし、相手はそれにもひるむことなく、あの人の胴体にしがみついてしまいました。

 まずい!

 こうなっては、相手の思うがまま。

 負けてしまう……。

 いえ、そうあきらめかけたときでした。

 対戦者の足だけが、眠りについたように崩れていました。

 あの人も、少し困惑したように見下ろしています。膝の一撃が、想像以上にきいたのでしょうが、それを打った本人にも手応え……いえ、足応えはあまりなかったのでしょう。

 朦朧とした表情で、なんとか立ち上がったタトルの対戦者でしたが、こうなっては、あの人の勝ちは揺るぎません。

 まず、左の剣で右脇腹を叩きました。腕で防御されましたが、この対戦者はさきほどの方とはちがい、たいした防具はつけていません。斬れない剣とはいえ、それだけで衝撃は相当なものでしょう。

 それに剣はあくまでも、次なる攻撃の布石なのです。

 自らの窮地を察した対戦者は、腕で顔付近を固め、極端な前屈みの体勢になりました。打撃を警戒するがための防御姿勢です。

 あの人は、腕の上からでもかまわずに、掌での打撃を連続で放ちます。左の剣は、容赦なく右の脇腹へ。

 右掌を数発出したあと、左の剣。

 その流れをしばらく続けます。

 顔面はしっかりと防御しているので、意識を飛ばすことはできないでしょうが、右脇腹への攻撃は、相手にとってたまらないはずです。

 武具で叩かれるのです。

 顔面を守るために、腕は外せません。

 ときおり、右の蹴り技も入れています。

 上・中・下、どこにくるかは、防御に徹する相手にはわからないでしょう。

 右からは、剣。

 中央からは掌。

 左側からは、足。

 そんな、されるがままの状態に、長時間耐えられるわけがありません。

 緊張の糸が切れたように、対戦者は防御をときました。

 審判の「そこまで!」の声が聞こえたのは、ほぼそれと同時でした。

 戦意喪失です。

 審判によって手を上げられたあの人への拍手は、ありませんでした。

 みな、武器を持ったあの人が、卑怯者に見えてしまったようです。

 わたしは、そうは思わない。

 もしあのとき、膝の入りが不充分だったなら、やられていたのはあの人のほうです。

 体当たりがきまり、地面に叩きつけられ、寝技で一方的に負けていたことでしょう。

 そうなれば、逆にむこうが卑怯に映ることもある。

 異種の闘いとは、そういうもの。

 試合を一度はじめたのなら、どちらが有利不利かは関係ないこと。

 闘規マニュに納得がいかないのなら、やらなければいい。

 え?

 わたしが、そんなことを語るの?

 わたしに、なにがわかるというの?

 所詮は、男の人の世界……。

 お兄さまも、あの人も、わたしとはべつの領域で生きている。

 わたしは……。


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