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ライジン  作者: てんの翔
31/66

栄華の章 4

         4


「さすがでしたね」

 控室に戻った梁明リョウメイに、ラリュースが声をかけた。

「荒削りだが、あれはまぎれもなく、あなたの技だ」

「ふふ、おもしろいことを言う」

 梁明は、笑っていた。

「おや、あなたからみれば、まだまだですか……彼は?」

「さあ、どうだろうね。これからの勝負しだいじゃないかな」

 それを聞いたラリュースは、室内を見回した。いや、見回すまでもなく、シャイがいないことには気がついていた。

「どこへ?」

「もう一つの闘場へ」

「ほう、自分とは関係のない闘いを観戦とは……余裕ですね」

「どうやら、妹さんが出ているらしい」

 ラリュースの口許が輝くように微笑んだ。

「それは楽しみが一つ増えた。私にも妹がいるのですが、やはり心配なのでしょうね。まあ、わたしの場合、血のつながりはないのですが……」

「あちらかな?」

 梁明の視線のさきに、大空を知らない汚れなき小鳥のようなの少女が、部屋を覗き見るようにしている姿があった。

 ラリュースと血のつながりがないということは、一目瞭然だった。

 ハン民族の少女。年齢は一五にも満たないだろうか。

 ラリュースが自分に勘づいたとわかると、少女はあたりを気にしながら、部屋のなかに入ってきた。

「こら、ここには入ってはいけないと言っただろ」

 怒ったというよりも、やさしく語りかけているようだった。

「ここは、試合前で殺気だっている連中であふれているんだ」

 少女は、ラリュースに隠れるようにしながら、部屋の様子をうかがっていた。だれかをさがしているようだ。

「どうしたんだい?」

 少女は、首を横に振った。

「さあ、客席に戻ろうか」

 うなずくと、少女はラリュースの手をにぎった。そのままラリュースにつれられて、少女は帰っていった。

 手をつないだ二人の……いや、少女の後ろ姿を見送った梁明は、あるおかしな感覚におそわれた。

 似ている……。

 だれに?

 いや、そんなはずはない。梁明の知る少女は、いまは都で幽閉されているはずだ。

 こんなところにいるはずはない……。


       *  *  *


 すでに、ミリカの試合は終わっていた。客席にファーレイの姿をみつけると、シャイはすぐに声をかけた。ファーレイだけは、こちらの会場に来てもらっていたのだ。

「どうだった!?」

 ファーレイは、指でそれに答えた。

 何列か前方の席に、ミリカが座っていた。

 試合を終えた他の出場者と同様に、空いていた席で見学しているようだ。決勝大会になれば、出場選手専用の特等席が最初から用意されるそうだが、予選ではそこまでされない。

「直接、本人に聞いてみてはどうですか? 兄妹なんでしょ」

 シャイは顔をしかめて、結果を催促した。

「勝ちましたよ、余裕で」

 それを聞いて、シャイは安堵のため息をついた。

天鼬テンユウさま~!」

 そこに、莉安リアンが追いついてきた。サーディといっしょにいろと言っておいたのに、来てしまったようだ。

「キミは狙われているんだ、一人で行動しちゃだめだ」

「わたくしは、天鼬さまから離れません!」

 莉安は、ぎゅっとシャイに抱きついた。

「それよりも、彼は昨日の一人だったんじゃないですか?」

 ファーレイが、そんな熱い二人を無視するかのように、声をあげた。闘場では、ナーダ聖技場のマガヌーンが勝負の真っ最中だった。

「わたしの敵は、彼のようね」

 その声に、ハッとした。

 いつのまにか、ミリカが近寄っていたのだ。

「そのようですね。あの人、いい動きしてますよ。シャイさんも、闘ったことがあるのでしょう?」

 はっきり言って、マガヌーンとの対戦は覚えていない。階順ローガからすれば、闘ったことがあるだろうと推測できるだけだ。

 しかし……。

(強い!)

 素直に、そう感じた。

「みんな、あなたのおかげで実力を上げたわ。ナーダの権威を取り戻すためにね」

 声だけでなく、視線まで蔑んでいるようだった。

「あなたは、なにをやっていたの? そんなリュウハンの女なんかにうつつをぬかして! いやらしい」

 あきらかに、責めた口調だ。

「リアンは関係ないだろう」

 ミリカの反応は、肉親とは思えないほど冷めていた。

「わたしは、もう行くわ。ここにいると、弱いのがうつりそうで」

「なんだと!?」

 ミリカは、本当に去っていった。

 ちょうど闘場では、マガヌーンが勝ち名乗りをうけたところだった。


       *  *  *


 本日の二試合目。

 すでに夕刻。

 対戦者は、トレイザだった。

 元ナーダ聖技場王者と現在二位の闘い――一部の人間にとっては、注目の試合といえる。

 シャイは闘場中央に立つと、客席につい眼がいった。午前中の試合よりは客が入っている。ざわめきも多い。

「どこ見てやがる!」

 眼前で身構えていたトレイザが吠えた。

「はじめ」の合図は、一瞬前にかかっていた。

 シャイはゆっくりとした動作で、たずさえた剣を鞘から抜いた。《名砿メイコウ》が、もっとも新しく誕生させた刀を――。

 シャイは、チラッと導友者席にいる梁明に視線を投げた。

 梁明からの応答はない。

 この試合の指示は、剣のみで決着をつけること――。

『まだ、君の武具の本領を知らない』

 それが理由だった。

 シャイにしても、望むところだった。

 このところ、掌打の鍛練に明け暮れて、心置きなく剣を振ってはいなかった。いや、思い起こせば、こういう公式の試合では、メリルスでサーディと闘ったとき以来だ。

 自分が、むかしどおりにやれるのか。

 むかし以上になっているのか。

 ナーダで二位の実力者なら、いい判断基準になる。

 流儀も、あっちに合わせてやる。

 王者として闘う。

「両者、闘いなさい!」

 審判からの声が激しくあがった。

 試合をはじめずに睨み合っている二人を叱咤したのだ。

 シャイは、「動かなかった」にすぎない。

 だがトレイザのほうは、そうではないだろう。

「う……」

 トレイザの焦りが、シャイにはわかった。

 瀏斑リュウハンで、王牙オウガ鵺蒼ヤソウを知ってから、気配は「消すためにある」ものだということを学んだ。しかし、こういう試合においては、その必要はない。むしろ、王者時代よりも目立たせて放っている。

 シャイは、音もなく右足を一歩前に踏み出した。

「!」

 トレイザが、慌てて反応した。トレイザの鼻先を、水平に薙いだ刃が駆け抜けてゆく。

 シャイにとって、それは牽制にすぎなかった。

 その牽制にすぎない攻撃に怖じ気づいたのか、トレイザは後方に飛んで大きく距離をとった。

「なんだ、昨日いきがってたから、もうちょっと強いのかと思ったけどよ……こりゃ、ダンナの圧勝だな」

 客席では、サーディがそんな感想をもらしていた。

「まあ、おれにゃわからんが、おめぇがそう言うんだから、そうなんだろうなぁ」

 そのとなりで、魚を揚げた『コンザ』というムマ島の名物料理を頬張りながら、トッリュが呑気に応じていた。近隣諸国の食べ物やみやげ物の屋台も、世界大会にふさわしく、こぞって集結しているようだ。

天鼬テンユウさまに勝てる人なんていませんわ!」

 逆のとなりでは、莉安が熱く声援をおくっていた。

「いやぁ……まあ……」

 その熱心さには、サーディもいささか引き気味だ。

「お、やってるやってる! ここ、いいかい?」

 そんなサーディたちに、女の声がかかった。

 サーディは一瞬、警戒したが、すぐにそれがメユーブだとわかると、たわめた力を抜いた。シャイから、莉安の護衛をまかされているのだ。

「どうぞ、ご自由に」

 サーディの返事を聞くと、メユーブは莉安のとなりに腰をおろした。

「あんたも、おいでよ!」

 そう呼びかけられてやって来たのは、サーディの予想に反して、見知らぬ銀髪の男だった。昨夜の、ここの王者だというゾルザードではない。

「あんた、魔性の女だな」

 色々な男を手玉にとっているように映ったのだろう。サーディは正直に思ったことを口にした。

「紹介しとくよ。こいつが、ヨシュさ」

「へえ」

 声だけなら気のない返事に聞こえるが、サーディの眼つきは変わっていた。

「この首輪の御仁が、メリルス代表のサーディさんさ」

 ヨシュのほうにも紹介した。

 サーディは睨みにも似た視線をあびせていたが、ヨシュには興味のないことなのか、すぐに闘場へ瞳は向いた。

 勝負は進展していなかった。

 あれから距離をとったまま、両者とも動いていない。

「なんだい、ぬるい試合だねぇ」

「ふん、闘者といっても、所詮、女だね。ダンナの凄さがわからないなんて」

「なんだって!」

 むきになるメユーブを無視して、サーディはヨシュに声をかけた。

「あんたは、どう見る?」

 まるで、試すように。

「さあね。あんまり、他人の闘いには興味ないんだ。ゾルザードなら、べつだがね」

「ゾルザード? 酒場で会ったけど、そんなに強えのか? ダンナと、どっちだよ。あんたむかし、ダンナに勝ってるんだろ?」

 ヨシュは、そんなことくらべるまでもない、と言いたげに、一瞬だけ笑みを浮かべた。

「なんだよ! ダンナは、あんたと闘うために、各地を放浪してたんだぜ! まるっきり、眼中にないみたいじゃねえか」

「そんなことはないさ。光栄だと思ってる」

 その言い方が、さらにサーディを怒らせた。

「ちっ! てめえのような、男の心意気がわからねえヤツは、ダンナが相手をするまでもねえ! オレで充分だ」

 サーディは、怒りのあまり立ち上がっていた。

 許せなかった。シャイが軽く見られるということは、そのシャイを最大の敵だと信じている自分すらも馬鹿にされているように感じたのだ。

「やめねえか」

「とめるな、トッリュ!」

 ヨシュにつっかかろうとしたが、そのあいだに座っていた莉安が立ち上がったことで、サーディの機先は制された。

 歓声こそわかなかったが、試合が終了したようだ。

「勝ちました!」

「なんだい……やっぱり、ぬるかったねぇ」

 闘場を見れば、トレイザの首筋に刃を突きつけたシャイの姿があった。

「ま、相手もしょぼかったから仕方ないか」

 ため息まじりに、メユーブが感想をもらした。

「所詮、ナーダだねぇ」

「わかんねえヤツらだなあ! あいつが弱いんじゃねえ! ダンナが強すぎるんだ」

「はいはい、わかったよ。いくよ、ヨシュ」

 サーディの言葉を適当にあしらうと、メユーブは期待外れの憂鬱さを残して、さっさと席をあとにした。無言で、ヨシュも続く。

「くそっ! なにがダメルだ! テメトゥースだ! いまに吠えヅラかくなよっ! オレとダンナで、すごい勝負をみせてやるぜっ!」

 サーディの叫びは、虚しく二人の背中を通りすぎるだけだった。

「熱くなるな、サーディ。それが、おめぇの弱点だ。ほれ、お嬢さんも驚いてるじゃねえか」

 そこでサーディは、莉安の耳元で大声を出してしまったことを後悔した。

「わ、悪りぃ! すまなかった、リアンさん……リアンさん?」

 大声に驚いたわけではないようだ。

「どうかしたのか?」

 ずっと、闘場のほうを見ていた。

 だが、すでにシャイは退場している。次の試合もはじまっていない。選手がこれから出てくるところだ。莉安は、だれもいない闘場を見ていた。

 見ている……!?

 どこを?

「リアンさん! おい!」

 莉安は、どこも見ていなかった。

 視線は宙を漂っている。

 どこにも、焦点は合わさっていない。

 惚けたような、自我が欠けたような、魂が抜かれたような……。

「大丈夫か!?」

 思わずサーディは、肩をゆすった。

「あ、あ……」

 正気を取り戻したのか、莉安の声が、かすかにもれた。

「どうしたんだよ、どこか悪いのか!?」

「あなた……」

「どうした?」

「だれ……ですか」

 サーディは、軽く混乱した。

「あ、いや……サーディだよ、ダンナの親友の……」

 言ってる途中で、そういうことではないことが本能でわかった。

 ちがう、これは……。

「リアンさん!?」

 サーディは強く呼びかけた。

「あ……わ、わたくし……」

 呼びかけがきいたのか、莉安はサーディの顔を普通に見返していた。

「どうしたのですか?」

 逆に心配されてしまった。

「はは……いや、なんでもないよ」

 サーディは笑顔で答えた。

 心に引っかかるものを残していたが……。

「おい、サーディ」

 どうやら、トッリュも気づいたらしい。

 二人は、いまでは何事もなかったように席についた莉安をさぐるようにみつめ、そしておたがいの視線を交差させた。

 あの短い時間だけだったが……。

 ちがった。

 あれは、彼女ではなかった。

 ……べつのだれかだった。




         四


 わたしには、あの人の「迷い」が手に取るようにわかります。

 闘いながら葛藤している。

 なにかの「不安」と闘っている。

 それはなに?

 剣……。

 あの刀を振るうことに、なにか違和感があるのでしょうか?

 本来ならこんな相手は、あの人の敵ではないでしょう。

 登場し、対峙した時点で、格のちがいはあきらかでした。開始直後の、最初の攻防で勝敗は予想できました。

 しかし、そうはならない。

 なぜ?

 あの人は、こんな相手と闘っているのではありません。もっと大きな……「迷い」という名の、自分自身ではどうしようもない、べつのものと闘っているのです。

 一振り一振りに、怨念のような重いものが絡みついている。これでは、たとえあの人の強さをもってしても、きまらない。

 曇った攻撃で倒せるほど、そこまで相手は弱くない。

 あの人が、剣を打ち込む。

 やはり、よけられた。

 また、打つ。

 また、よけられる。

 そんな攻防が、長時間続きました。

 がんばってほしい!

 この勝負に──、ではありません。

 あの人の「迷い」との闘いに。

 声援をおくりたい。

 まわりの飽きた観客が、許せなかった。

 わたしなら、この試合こそ……あの人にこそ、声援をおくる。

 わたしの声は、もう完全に死んでしまったのでしょうか?

 まだ生きているのなら……。

 !

 膠着状態がこれからも続くと思ったけれど、そのとき、あの人の瞳が変わりました。

 やる気です。

「迷い」を、一瞬だけかもしれませんが、断つつもりです。

 刀を握る手の熱さが、わたしにも伝わってきます。

 胸が高鳴る。

 まるで稲妻のように風を裂いた銀の光は、夢のなかでもがくわたしを責めるかのように、鮮烈な軌跡を描きました。

 相手の首筋に吸い込まれてゆく!

 寸前で制止させなければ、相手は確実にこの世のものではなくなっていたでしょう。

 わたしは、知らずに立ち上がっていた。

 これが、興奮……!?

 わたしは雷のような剣撃に、心を奪われてしまいました。


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