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ライジン  作者: てんの翔
30/66

栄華の章 3

         3


 大会初日の夜――。

 芳林酒家には、今日も用心棒の職につくシャイの姿があった。

 予選出場にあたり店主からは休んでいいと言われていたのだが、そもそも大会期間中の混雑のために雇われたこともあり、シャイは自ら働くことを志願した。

 梁明と莉安は、二階の従業員用の住み込み部屋にこもっている。シャイたち一行には、瀏斑リュウハン帝室から身を隠すという目的がある。日中ならば、たとえみつかったとしても、テメトゥースにいるかぎりは安全であろう。が、夜ならばなにをされるかわからない。とくに莉安は夜の外出を避け、部屋にいるときも、つねに梁明がつくようにしていた。

 ファーレイは、よく客としてここに入り浸っていた。今夜は、サーディとトッリュも同席している。すでに意気投合してしまったようだ。

「ねえ、あんたがサーディなんだろ?」

 三人のとなりの卓には、ゾルザードとメユーブがいた。もう一人のヨシュの姿は見えない。シャイを意識したのだろうか。

「メリルスの王者なんだってねぇ」

 興味深そうに声をかけてきたメユーブに、サーディも興味深そうに応じた。

「なんか服装が……」

 どうやら露出度の高い衣装が、サーディには刺激が強すぎるようだ。

「あら、ずいぶん純情なんだねぇ。奴隷闘者は禁欲生活をしいられるっていうけど、もったいないねえ」

「いい加減にしろ、彼に失礼だろ」

 淫靡なイタズラを、ゾルザードがたしなめる。

「そっちの坊やも、本大会への出場が決まっている招待選手なんだろ? 豪華な取り合わせじゃないか」

 メユーブは懲りずに、ファーレイにまでちょっかいを出す。

「わたしやゾルザードと、どっちが強いかねえ?」

「そちらのゾルザードさんがここの王者で、メユーブさんが七位らしいですよ」

 ファーレイが、今日来たばかりで事情にうといサーディに説明をくわえた。

「オレは、女とは闘わねえ」

「たとえばの話さ。どう? わたしと闘えないってんなら、ゾルザードと手合わせしてみるかい?」

「おい」

 ゾルザードは少し怒ったようだが、興味もあるのだろう。サーディの身体を、戦闘力でも計るかのように観察していた。

「ははは、そりゃおもしろそうだ!」

 トッリュが、そのやり取りを豪快に笑い飛ばした。緊張しかけた空気が、それで和んだ。

 ちょうどシャイが、サーディたちの卓に酒を運んできたところだった。給仕ではないのだが、あまりの混雑のために、そっちのほうまで手伝わされているのだ。

「オレが凄げえと思ってるのは、このダンナだけだぜ」

 やって来たシャイに親指を向け、サーディが言った。

 シャイは無言で持ち場に戻っていく。

「嘘だろ? だって、ヨシュにボロ負けした男だよ」

「ヨシュ・アザラック……ダンナから聞いたことがあるぜ。ヤツも、この大会に出るんだってな」

「ああ」

「強いんじゃねえのか?」

「本当に強いやつは、この大会には出られないよ。わたしやゾルザードのようにね」

「まさか? ダンナが負けた相手だろ?」

「あの男のことを買い被ってるんじゃないのかい?」

「なに言ってんだ! ラザ・グリテウスの凄さは――」

 と、熱弁をふるおうとしていたサーディの視界内で、シャイが倒れていた。

 店がざわつき、メユーブたちもそれに気づいた。どうやら、だれかに足をかけられて転んだようだ。

「おいおい、こんなところに負け犬がいるぜ!」

 サーディたちとは離れた席についていた三人組の一人だった。

 シャイは言い返すこともなく、静かに立ち上がった。

「王者だった男が、いまじゃこんなところで酒を運んでるぜ! ハハハハハッ! けっさくだっ!」

 シャイに高さを合わせるかのように、足をかけた男も立ち上がる。

「オレを覚えてるか? 大むかしの英雄さんよ」

 正直、シャイには覚えのない顔だった。

 だが、後ろで座っている仲間の一人の顔は知っていた。

 マガヌーンという男だ。シャイがナーダで王者だったころ、階順ローガ一〇位あたりを行ったり来たりしていた程度の実力だ。闘ったこともあるはずだが、そこまでは記憶にない。

「その顔じゃ、覚えてないようだな。ま、当然か……オレはまだ階順にも入ってないような前座闘者だったからな」

「シャイよ、久しぶりだな。このルッデが、いまのナーダ王者だ」

 マガヌーンが言った。

「おれは、四位にまで上がった。このトレイザも、二位の実力者だ」

 もう一人の紹介もおこなった。

「で、オレになにか用か? ないなら、仕事に戻らせてもらう」

 あくまでも素っ気ないシャイの態度に、ルッデの表情から怒りが染みだした。

「みたぜ! てめえも、この大会に出るみたいだな、え!? オレたちナーダの権威を地に落としておいて、どのツラ下げてまだ現役やってんだ、おう!?」

 酒の力もあるのだろうが、ルッデはすごんでみせた。

「やめとけよ、ルッデ! こんなオイボレ、オレたちの敵じゃねえよ」

 トレイザという男も、けしかけるように挑発する。マガヌーンだけは冷静さをたもっているようだが、止める気はないらしい。

「あいつら――」

 みかねたサーディが行こうとしたが、メユーブに手を取られた。

「いいじゃないか。おもしろそうだよ、このままのほうが」

 しかし彼らの次の言葉で、メユーブの目尻もつり上がる。

「まったく、てめえが負けたぐらいで、オレたちナーダが弱いと思われちゃかなわんな! こんな『見世物』のダメルごときが、オレたちを招待しないなんてよっ!」

 まるで、店内にいるすべての人間に聞かせるように、ルッデは声を大にして言った。

「ちょいと、聞き捨てならないね! 見世物ってのは、わたしらに喧嘩売ってんのかい」

 よほど癇に触ったのだろう。メユーブは、ためらいもせずにからんでいった。

「女は、すっこんでろ!」

 その駄目押しの一言で、さらに血をたぎらせる。

「おもしろい! 女がどれほどのもんか、わからせてやるよっ」

「はっ、怪我するぜ! オレはナーダの王者だ! わかったか、オレに勝てるヤツなんて、ここにはいねえんだよっ!」

 そこで、店内に失笑がおこった。

「ナーダ王者だってよ」

「弱すぎて、招待もされなかったんだろ」

「なんだと!?」

 ルッデは、威嚇の睨みを客たちに向けた。

「ここじゃ常識なんだよ、ナーダは腰抜けだってね」

「てめえ!」

 メユーブの失言に、トレイザの右拳が動いた。ナーダの闘者ということは、拳術などの体術系選手という可能性はない。階順ローガ二位といっても、剣を持ってなんぼのものだ。

 ならば素人の拳が、この女に当たるわけがない。

「なに!?」

 まるで、すり抜けるがごとく、トレイザの右はメユーブの身体からそれていた。

 次は、メユーブの番だ。

『女王様』と対をなす、もう一つの通り名《麗拳リシャーナ》――。

 まさしく華麗に敵を射抜く拳の群れが、トレイザに襲いかかった。

 左の一発は腕で防御できたが、二発目の右はこめかみをかすり、三発目の左は顎に入った。

 四発目は、連続で左。

 だが、これは不発。頬をかすめただけだ。

 いや、それは罠だ!

 とどめの右が、的確にトレイザの顔面を砕い――いや、その腕をだれかにつかまれていた。

「!」

 初弾から、間髪をいれずに放たれた迅速の拳舞。常人ならば、見切ることはできまい。現にトレイザは、なにもできなかった。最初の一発は防御できたが、それはたまたま腕に当たっただけだ。

 しかしこの男は、確実に見切っていた。

「元王者として、こいつらの非礼は詫びておく。だけどな、ナーダが腰抜けってのは、聞き捨てならないな」

 それは、わざとメユーブの言い方に似せたのだろうか。シャイはそう口にすると、メユーブの麗拳を解放した。

「フン、これはなにがなんでも、ヨシュに返り討ちにしてもらわなきゃなんないね」

 シャイは、薄い笑みでそれに応えた。

「熱くなりすぎだ、メユーブ」

 まだ納得できそうにないメユーブの肩に、いつのまにか近づいていたゾルザードが手を置いた。

 シャイには、サーディが守るように寄り添っていた。

「ダンナ、なにもこいつらの味方することねえんじゃねえか?」

 いつでも喧嘩をはじめられるように軽く身構えているのだが、いったいだれが敵になるのか、いま一つ判断しきれないらしい。

「ふざけるな! こんなツラ汚し、味方なんかじゃねえっ」

 助けられたはずのトレイザが吠えた。騒動の火をつけたルッデも敵意むき出しで、シャイを睨んでいる。

「なんなら、こいつらも、あの姉ちゃんたちも、やってやろうか? よろこんで手をかすぜ」

「おまえも熱くなるな」

 シャイは、冷静にそう告げた。

「はっははは! 酒の余興には、ちょうどいいぞい!」

 やはり豪快な笑いが、この場を和ませた。トッリュの声で、店内の緊張が瞬時にほぐれていた。

 そのとなりに座ったままでいたファーレイの表情も、満面のよろこびにひたっている。

「いやあ、いまのが《麗拳リシャーナ》メユーブ・モノリュトの技ですかぁ! シャイさんと、正式な場で闘ってもらいたいですねえ!」

 そんな無邪気な人間がいることに興醒めしたのか、ルッデたち三人は、チッと舌打ちを残して店を出ていった。


       *  *  *


 大会二日目。

「今日は、二試合だそうだ」

「ああ」

 シャイと梁明は、すでに控室で待機していた。昨日の広場とはちがう。『左場』と称されるこの大会のために増設された闘技場だ。

 これからの予選試合は、この左場と旧ダメル闘技場である『右場』でおこなわれることになると、昨夕、主催者側から説明があった。今日と明日で、左場から一人、右場から一人――本大会への残り二つの切符を手にする者が決定する。

 そして最強をめざす一六人の戦士のみが、『中央場』で闘うことが許されるのだ。

「どうした?」

 控室を見回すシャイの姿に、梁明が声をかけた。かなりの人数が詰め込まれている。窮屈だった。

 昨日から勝ち上がった人数は、二〇〇人ほどになる。それを左右の会場で分けることになるから、午後からの闘者を抜いても五〇人近くはいることになる。

「なんでもない……」

 シャイは、つぶやくようにそう答えた。

 妹のミリカはいなかった。午後からという可能性もあるが、おそらくは「あっち」の会場なのだろう。昨日は、この左場で試合をおこなっていたから、今日もこっちだと勝手に決めつけていた。

「彼らは、知り合いかね?」

 梁明が眼を向けるそのさきには、ルッデとトレイザが睨みをきかせていた。どうでもいい彼らとはいっしょになれたようだ。しかも、一番話のわかりそうなマガヌーンは、あっちときている。

「まあ、ね……」

 そこへ、係員の男がやって来た。

「シャイ・バラッドさん、準備をしてください!」

「さっそくか」

 シャイは、椅子から立ち上がった。

「ま、せいぜい恥はかくなよ!」

 ルッデの嫌味を背中にうけて、シャイは闘場へ向かった。

 長い通路を抜けると、まぶしい陽射しが眼を刺した。

 昨日も立った地だが、ずっと華やかに感じるのは気のせいか?

 二つに区切られていないからか……闘者として上がるからなのか……。

 客席は、まだ午前中ということもあって、まばらだ。すぐに莉安の手を振る姿が視界に入った。

「いいか、この試合、剣を使うも使わぬも自由だが、とどめは掌打だ」

 それだけの指示を残して、梁明だけは、最前列の導友者席に進んだ。西東それぞれに一つずつ出っ張っている席がそうだ。そこだけは、闘場から上がれる造りになっている。

 すでに、相手も登場していた。

 通常ならば、このあとに闘者紹介などをおこなうものだが、そんな時間的余裕はないようだ。すぐに審判が「はじめ」を宣告した。

 シャイは開始早々、面を食らった。

 客席のほうを悠長に眺めている場合ではなかった。敵の観察をおこたった。

 飛んできた武具は、鉄の塊だった。

 ごつい腕。

 それにつかまれている太い鎖。

 相手の武器は、鉄球鎖だ。

「こんなのありかよ!」

 なんとか最初の一撃をかわしたシャイは、そう愚痴をこぼした。

 チラッと梁明のほうを見るが、師匠からの指示はない。ただ無表情にみつめ返してきただけだ。

「飛び道具は、禁止じゃなかったのか!?」

 べつに独り言のつもりだったのだが、それを抗議ととったのだろう。審判から、すぐに反論があった。

「鎖が手に残っているから、反則ではない!」

 鉄球が顔面を直撃しそうだったから、抜くしかなかった。

《雷塵》を――。

「おお!」

 客席から、どよめきがおこった。

 細身の刀身で、鉄の塊を弾いたのだ。

 この試合、剣を使えなかったら大変なことになっていた。

 シャイは、鉄球を弾かれたことで体勢を崩しかけた男めがけて、攻撃を開始した。

 流星のような突き。

 鉄球鎖の男は、危機一髪で地面を転がる。

 立て直したときには、刀剣を地面に突き刺し、素手で踏み込んでくるシャイの姿に、愕然とした。

 強烈な衝撃が、胸部を襲った!

「ぐおっ」

 男は、片膝をついた。

 シャイのほうは勝負ありとみたのか、動きを止めている。

「ま、まだだ!」

 鉄球鎖の男は、地を憎むように踏みしめて立ち上がった。




         三


 わたしには、わかりました。

 あの人は、なにかを計っている。

 昨日の広場には、お兄さまにつれられていったのだけど、お兄さまの言うとおり、わたしは一度観ただけで、この人の闘いから眼がはなせなくなってしまったのです。

 今日は、わたしの意志でやって来ました。広場ではありません。新しくできたばかりの『左場』と呼ばれる闘技場です。

 やはり来てよかった。

 さきほどこの人は、掌で相手の巨漢のことを殴りました。殴ったというよりは、ふれた、と表現したほうがいいのかもしれません。

 胸にふれた掌で、巨漢の男は、苦しみに膝をついた。

 でも、すぐに立ち上がる。

 そこから、奇妙な闘いが続いています。

 あの人は、地面に刺した剣を拾おうとはしません。素手のまま、鉄球を振り回す巨漢の男に挑んでいる。まるで神話に出てくる、巨人と闘う英雄のよう。

 あの人は巨漢に近づき、やはり掌でふれたかと思うと、すぐに距離をとります。しかし相手はそのたびに膝をつきますが、また立ち上がってしまう。

 あの攻撃では、巨漢を倒すことはできないのでしょうか?

 いえ、あの人は、なにかを計っている。

 なにを読んでいるの!?

 呼吸……。

 そう、あの人は呼吸を合わせている。

 なぜだか、わたしにはそれがわかる。

 どうしてでしょう、あの人の息づかいが聞こえているような気がするのは、錯覚でしょうか?

 一、二、三――。

 くる!

 巨漢が、鉄球を渾身の一振りで放ちました。

 そのときには、もうあの人は懐に飛び込んでいた。空振りした鉄球が、虚しく空中を泳いでゆきます。

 闘場の砂が、凄まじい踏み込みに乱雑な舞いをみせる。

 あの人の右掌が、巨漢の胸にふれた。ふれた瞬間に、巨漢の男は、嘘のように後方へ飛ばされていました。

 時が止まってしまったかのように、わたしの瞳は、その光景をとらえつづけていました。


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