砕牙の章 6
瀏斑帝都、宝京――。
西を代表する巨大都市であり、西方文化の発祥地。俗に『都』という呼び名は、この宝京を指す言葉である。
この宝京から、テメトゥース、オザグーン(サルジャーク王都)へ、そしてタトル、ナシャスに続き、メリルスの首都リーゲへと通じた道は、かつて『青の道』として、東西交流の重要な役割をはたしていた。
『すべての道はリーゲに通ず』――それは、あまりにも有名な言葉だ。
『青の道』の「青」とは、いうまでもなく瀏斑に流れる雄大な青河からきている。この宝京のすぐわきを流れる大河から、すべてははじまっているのだ。
宝京の特色として一番にあげられるのは、四方を囲む遙かなる防壁であろう。いかなる侵略にも動じない高さと強固さを兼ね備えている。
そして、その防壁のちょうど東西南北の位置に、それぞれ門がある。その四つの門こそが、四門将の砦だ。
北の翠虎門。
南の緋鹿門。
東の藍鳳門。
西の紫貘門。
北は緑海からの侵入を、南は蛮族からの侵攻を、東はリーゲ帝国からの侵略を防ぐため、西は民朝や黄銅国を干渉するために、それぞれの門は役目を分けられている。
それは宝京でも、どこに位置しているのだろうか?
その部屋には、三人の武将がつどっていた。
緑の鎧。翠虎門の守護者、渦響。
赤の鎧。緋鹿門の守護者、紅蘭。その名のおとり、ただ一人の女だ。
残りの青い鎧をまとった彼だけは、守護者ではない。藍鳳門を守るべき本当の主は、べつの場所にいる。いわば、代行の将。
名を猛群。八嵐衆最強の男。
猛群はべつとして、渦響と紅蘭の二人が顔を合わせるなど、滅多にない稀な出来事だった。四門将は完全に独立した存在であり、おたがいが協力することはまずない。むしろ敵対していることのほうが多いはずだ。
「手筈どおり、私は栄華連に発つ」
「あくまでも帝の意向に沿うというのか、渦響? おぬしらしいが、関心はせぬ」
渦響の言葉に、紅蘭が応じた。
外見の美しさからはかけ離れた、女性らしからぬ男勝りなしゃべり方をする。紅色に包まれた姿が、まるで睡蓮の化身のようだ。
「ただ四門将としての任をまっとうするというだけのこと。君は、あくまでも信じる道を進もうというのか」
「そのとおりだ。この紅蘭の命は、遥琳様とともにある」
「ならば、これが味方として会う最後かもしれんな」
緑の守護者は、静かに言った。
虎とつくには、激しさを感じない男だった。いや、それは弱そうに見えるということではない。その内部に、圧倒的な力を隠していることはわかる。
だが、猛獣ではない。飼い馴らされているという表現は悪いが、主に仕える忠実な冷酷さが存在しているのだ。
それはつまり、帝の命令を確実にこなす、暗殺者の――。
紅蘭は、一度だけゆっくりとうなずいた。
「……ところで、鵺蒼の愚か者は、懲りずにまだあれを追いかけているのか?」
少しの間をあけてから、紅蘭がもう一人の男、猛群に視線を向けた。遠慮のない口ぶりだが、鵺蒼の恐ろしさを知る者が聞けば、震え上がることだろう。
「そのようです」
猛群は、無感情に答えた。あの鵺蒼の下にいるだけあって、その名のとおり猛々しい印象をあたえる。藍色の鎧が、噴出しそうな熱を冷ましているかのようだ。
だがそれでいて、鉄のような理性も感じさせているのが不思議だった。ちょうど、鵺蒼と蝶碧のいいところをたしたような雰囲気がある。
「あのような上官をもつと苦労するであろうな。同情するぞ」
しみじみと口に出してから、紅蘭は再び渦響に向き直った。
渦響のほうから、言葉があった。
「四門将も、すでにばらばらだ。いや、もともと結束などなかったか……」
自嘲ぎみに言うと、ふ、と笑みをこぼした。
「《紫貘》も、なにを考えているやらわからない」
「あの自由人は、なにも考えてはおらん」
そう紅蘭が、揶揄を入れた。入れてから、流れるように言葉を続けた。
「この国は、いったいこれから、どこへおもむこうというのか」
「知れたことだ。わが帝の栄光のため」
渦響はそう口にすると、歩きだした。
「さらばだ、紅蘭」
続いては、猛群が背をみせていた。
「私も行きます」
「猛群。おまえには、鵺蒼よりもその色が似合っているぞ」
紅蘭の投げた声は、猛群の背中をただ通り過ぎただけだった。
「ならば、わたしは遥琳様を……」
一人残った紅蘭は、遠くをみつめるような瞳でつぶやいた。
さがさなければならない。
孔苓との約束だ。
必ず無事にさがしださなければ――。




