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ライジン  作者: てんの翔
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藍鳳の章 2

 真昼だというのに、吼戴コウタイの町は暗い色に染められた。

 通りを行き交うまばらな人影が、凍りついてしまったように動かなくなった。そして藍の群れが間近に迫ると、あわてて逃げていく。

「なんか、寒くねえか?」

 そんな町の一角。数人の男たちがたむろする家のなか――。

 昨日までは、ここに巣くっていた数は、もっと多かった。それが片手の指でたりるほどに減ってしまったとは……。

 すでに看板はないが、むかしは酒家だった一軒だ。店の主は、男たちの暴挙に耐えられなくなり、とうにどこかへ逃げ去ってしまった。残っていた酒は、男たちがわずか数日で飲み干してしまい、いまでは酒家としての役割を果たしていない。

「やっぱ、寒い……」

 そんななかにいる彼らのだれも、外の異変には、まだ気づくことはできなかった。ただ、なにか肌寒いものを感じて、そのうちの一人が、感じたままを声に出した。

「そう言われれば……」

「痛ぇよぉ」

 泣いているようなうめき声も聞こえるが、男たちの耳には届かないのだろうか、だれもそれには応じようとしない。

「痛え……」

「なんかへんだな」

『警備武擁団』の頭目は、やはりうめき声のことは黙殺して、無事な手下の言うことに耳を傾けた。

 自分たちには、外傷と呼べる深手は残っていない。

 なぜなら「刃」ではなく、蹴りだけで失神してしまったからだ。打撲は残っているが、大したものではない。不覚にも意識の飛ぶ急所を蹴られたのだ。

 しかしそれは、幸運といえるのかもしれない。

「なにかあたんですかねえ?」

〈ガタンッ〉

 そのとき、乱暴に戸が開け放たれた。

 身を寄せ集める敗北者たちが状況を理解するまえに、藍色の群れが建物内になだれ込んでいた。一瞬の間も必要とせず、藍色の兵士たちは元酒家の占拠を完了していた。

「な、な……!?」

「おまえたちに訊きたいことがある」

 酒家を占拠した兵士のなかでは『長』にあたると思われる男が、無感情に言った。

「は、菠鵜ハテイ様!」

「この町に女が来たはずだ」

「お、女……ですか!?」

 武擁団の男たちに、即答できる心の余裕などなかった。しかも、刀を抜いた数人の兵士たちによって包囲されているのだ。

「そうだ、女だ。鍛治師の女……いや、まだ目覚めていなければ、ただの女か」

 武擁団の男たちは、顔を見合わせた。

「か、鍛治師……ですか!?」

「目覚めていれば、だ」

 男たちから菠鵜と呼ばれた兵士は、右手を配下たちに向けて掲げた。それを合図に、武擁団への包囲が狭くなった。

「ここ半年か、一年のあいだだ。この町に来た女はいないか?」

「お、女なら……いますが、ずっとこの町に住んでる者しか知りません……」

 刀を突きつけられているだけに、おどおどしながら一人が答えた。

「もし女がここに来ているのだとしたら、おそらく孔仁コウジンのもとを訪れたはず。孔仁を監視しているおまえらなら、女を見ている」

「そ、それなんですが……」

「なんだ?」

「孔仁老は……ど、どこかに……」

 菠鵜の両眼が、怒りに染まった。

「救いのない役立たずのようだな!」

 苦々しく吐き捨てた。

「す、す、すみません! か、必ずみつけだします! 女も孔仁老も! ですから、お、お許しを!!」

 男たちは、頭を床に擦りつけて哀願した。

「おまえたちに頼る必要などない。だが、答えろ。町の外で、三人やられていた。だれの仕業だ?」

「お、男がやって来まして……そ、その男が……孔仁老と……」

「なんだと?」

「異国の人間でした……す、すごい技を使う男です!」

「孔仁に異国の男……か」

 なにか閃くものがあったのか、菠鵜から怒りの相が消えた。本来の冷たい瞳に、思慮の光がはしる。

「なにかあるな」

 そうつぶやいてから、配下に命じた。

「つれていけ」

 武擁団の男たちは、兵士にされるがまま、酒家から引っ立てられていく。

「この男はどうしますか?」

 片目を潰され、部屋の隅でうずくまっていた男が、兵士の一人に足で転がされてきた。

 菠鵜は、抜刀でそれに答えた。

「いらん」

 まるで、刃についた塵でもはらうかのように、長刀を振った。



 藍色の鎧を鮮やかな赤で汚した菠鵜ハテイに引き連れられた武擁団の生き残りが、町の中央通りの真ん中に陣取っていた鵺蒼ヤソウの前に突き出されたのは、それからすぐのことだ。

「この屑どもが、この町の武擁団か?」

「はっ」

 菠鵜は、片膝をついて、うやうやしく頭を下げた。自ら配下をもつ菠鵜にとっても、藍の軍団をまとめる鵺蒼は絶対の存在なのだ。その身分と力量は、天と地ほどの開きがある。

 菠鵜だけではない。鵺蒼の後ろにつき従う六人の兵士――いずれも、菠鵜と同格かそれ以上の猛者とみるが、その六人と菠鵜が束になっても、鵺蒼一人に歯が立たないだろう。

「鵺蒼様、例の女の情報はありませんが、引っかかることが――」

 菠鵜は、酒家で男たちから吐かせたことを鵺蒼に報告した。

 警備武擁団を壊滅状態に追い込んだ異国の青年。その青年と、この吼戴に軟禁されていた孔仁が行動をともにしていることを。

「孔仁……するとやはり、孫梁明ソンリョウメイが裏にいるな!」

 一通り菠鵜の報告を聞き終えてから、なぜだか憎々しげに鵺蒼はその名をつぶやいた。

「あの男……こんな辺境に隠れておったか」

「以前から、孔仁と梁明の動きを注視せよと、渦響カキョウ様から命をうけていましたが、まさかその異国の男を使ってなにかを企んでいるのでしょうか?」

 その菠鵜の言葉に、鵺蒼は刺すような鋭い眼を向けた。

「渦響!? 《翠虎スイコ》の渦響が、なにゆえ、俺の配下、八嵐衆のおまえに命令をくだす!?」

「お許しください。そのことについては、私から」

 答えに窮していた菠鵜を救うかのように、鵺蒼の背後に控えていた六人のうちの一人が割って入った。

蝶碧チョウヘキ

「鵺蒼様は《名砿メイコウ》の捜索に全力を尽くしておられましたゆえ、渦響様の干渉、そのことはお耳には入れませんでした。お許しください。しかし、渦響様の指摘もごもっとも」

 そのやわらかな物腰。

 険のない穏やかな容貌。

 戦場で勇敢に命を懸ける兵士という風情ではない。声を聞いていなければ、女とみまがうほどだ。美しさのなかにも、冷たさの漂う瞳の輝きが、ただ外見だけの男でないことを物語っていた。

 謀略を得意とする軍師といったところか。

「すべて、この蝶碧の一存。菠鵜に責任はございません」

猛群モウグンも知らんのか!?」

「はい。すべて、私の一存」

「嘘をつけ! 八嵐衆の筆頭が知らんわけもあるまい」

 そう熱く疑念をぶつけてから、

「どうせおまえではなく、あの男の指示であろう」

 と、冷静さを取り戻したように、鵺蒼はつけ加えた。

「まあよい。俺の野望の邪魔にならなければな! だが、渦響は信用するな」

 鵺蒼は視線を背後の蝶碧から、眼前でぶざまに額を地面に擦りつけている武擁団の生き残りたちへ向けた。

「梁明が隠れている場所に心当たりはないのか?」

「そ、そんなところは、この町には……」

 そう発言した男は、その途中であることに思い当たったようだ。

「そういえば……山奥に、だれかが住み着いているって話を……」

 視線はそのまま、右手を軽く上げて、鵺蒼は背後で控えるうちの一人に合図をおくった。

「そこへ案内しろ」

「は、はい……!」

 武擁団の生き残り全員が、声をあげた。

 どこでも案内しますから、どうか命だけはお助けを――と、懇願しようとしたが、そんな彼らを、合図をうけた兵士が無表情に見下ろしていた。

「案内役は一人でいい」

 冷徹な鵺蒼の声が聞こえたかと思うと、見下ろす兵士が、交差させていた腕を開くように水平に振った。

 頭目の両脇にいた二人の首が飛んだ。

「ひ、ひいいぃぃぃ!!」

 顔の無くなった仲間の首から大量に噴きかかる鮮血を浴びて、頭目は正気を失った。

「あ、あ、うう……」

 あまりの恐怖のために、眼を見開き、気も狂わんばかりだ。

「むごいことをしますねぇ」

 それまで、ことの成り行きを静観していた白の少年が男に近づいた。藍の群れに埋もれて、これまで武擁団の男たちには見えていなかった。

 なぜだろう?

 いまだ血の噴き出す二体の亡骸のそばに近づいても、純白の衣装にはなんの染みもつきはしない。

 これも、精霊の力のなせるわざか。

「かまわん。ほかの町民に案内してもらうまでのことよ!」

 あくまでも残忍に吐き捨てる鵺蒼の声を聞きながら、白い異国の少年は、現実から逃避してしまった男の額に手を当てた。

 すると――。

「た、助けてくだせぇ! どこへでも案内いたしますぅぅぅ!!」

 必死に命乞いする姿は、悲惨としか形容することはできなかったが、どうやら意識は現実に戻ってきたようだ。

「なんの関係もない民衆に被害がおよぶのは、しのびありませんからね。可哀相ですけれど、案内役は彼にやってもらいましょう」

 一瞬、不満げな視線を少年に向けたが、気を取り直したように、鵺蒼は頭目に命じた。

「案内せよ」


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