第8話
わたしが世界の未来を決める存在。その言葉にわたしは少し怖くなり、震える手を握った。
「他の世界を知る少女が闇より現れ、この世界の光となる。これが昔から伝わる言葉なんだ。俺たちにとって光は救いだ。だから、夏果ちゃんは俺達ソルティアの救いとなる。そして、世界を救うことを意味してる」
「でも…、ヒカルの言う通り他の世界を知る少女だけじゃ決められないんじゃない?」
「この言い伝えには続きがある。その少女は手首に傷があって、呪いを抱えているんだって」
その言葉を聞いてわたしは思わず自分の左手首を確認した。そこにはやはり無数の傷跡が残っていた。そして、腕には呪いの印がある。
「自分だなって思ってた?」
わたしは何も言えなくなってしまった。
「腕、見せてくれる?」
わたしはユウに言われるがままヒカルが巻いてくれた布を取った。
腕には真黒な五本の線が深く刻まれていた。最初の頃より大きくなっているような気がしたがわたしは特に気にしなかった。
「…これで決まりだね」
ユウがわたしの腕を観察しながら言った。
「夏果ちゃんは俺たちの光なら、みんなで守らないと」
アキラがわたしを心配そうに見た。
「手遅れになる前に黒のソルティアに見せないといけないだろう」
「オレが今やっている」
今まで黙っていたヒカルが口を開いた。
「オレが連れて行く」
「一人では危険だろう」
「そうだ。ヒカルだけじゃ危ない。俺たちも一緒に行く」
ヒカルは首を横に振った。
「大勢では目立つから駄目だ」
「どういう事だよ」
「ベーゼはもう光の存在に気づいてる。目立って動けば奴らは大群で襲ってくるだろう。それだったらオレが一人で隠れながらなんとかする。そうすれば奴らも見つけずらいだろ」
「俺はあまり賛成出来ないな」
ユウが不安そうに言った。
「ここから黒のソルティアがいるラディウスまで遠くはない。でも夏果ちゃんにとっては長旅のように感じるだろう。ヒカルの負担だって大きくなる。そんな状態でもしベーゼに襲われたらまずいんじゃないか?」
「そうだ。それに俺達はヒカルを見つけたらすぐに捕まえてラディウスまで連れて行くことになってる。そのついでに夏果ちゃんを連れて行けばいいじゃないか。そのほうが早い」
「それは出来ない。オレはお前達とは行けない」
「どうして出来ないんだよ!」
突然アキラが怒鳴った。わたしは驚きのあまり体が少し飛び上がってしまった。
「いつもお前はそうやって…」
「やめろ、アキラ」
ユウが小さな声でそう言うとそっとアキラの肩に手を置いた。アキラは不満そうな顔をしていたが黙り込んだ。
「絶対戻ってくるんだな、ヒカル?」
「…努力する」
「俺とアキラはラディウスに戻ってこのことを報告する。そうしたら今度こそお前を探し出して夏果ちゃんも救出する。それでいいだろ」
「分かった」
「ユウ、まさかお前ヒカルを逃がすつもりか?」
アキラが少し怒ったように言った。
「ヒカルは今夏果ちゃんを連れて戻ってると言っただろう。ヒカルは逃げてない、それが分かれば充分だ」
アキラはその言葉を聞くと諦めたようにため息をついた。
「分かったよ。どうなっても知らないからな」
「夏果ちゃんもそれでいいかな?」
「え?」
突然の質問にわたしは何と答えればいいか一瞬迷った。
「わ、わたしは、大丈夫だよ」
「そうか、それならよかった」
本音を言うと、わたしはみんなで一緒にラディウスまで行きたかった。しかし、そのようなことを言える雰囲気ではないような気がしたのだ。
まだたった一日しか経っていないが、わたしはあまりヒカルと上手くやっていける自信がなかった。だからこそ、ユウとアキラが一緒にいれば少し旅も楽なものになるのではないかと考えていたのだ。
しかし、わたしはそれが言えなかった。
「アキラ、包帯を持ってないか」
そんなわたしに気づくことなくユウはアキラに聞いた。
「持ってるけど」
「半分貸してくれ」
アキラはよく分からないという顔をしながらナップサックのような袋から包帯を出した。
「ヒカル、最後に包帯を巻いたのはいつだ?」
ユウがアキラから包帯を受け取りながらヒカルに聞いた。
「…覚えてない」
「新しいものに換えたほうがいい」
ユウはそっとヒカルの側に寄るとヒカルの右腕の包帯を取った。
わたしは初めて露わになったヒカルの右腕を見た時、あまりの痛々しさに思わず口を覆った。
ヒカルの右腕は何かで刺したような傷が無数にあった。少し治りかけているようにも見えたがそれでもまだ傷口から血が滲んでいた。
「そういえばずっと言い忘れていたけど、さっきはありがとう」
ユウはヒカルの傷に気にも留めず新しい包帯を巻きながら言った。
「なんのことだ」
「さっき俺とアキラが広場でベーゼと戦っていた時、助けてくれただろう」
「助けたわけじゃない」
「でも一緒に戦ってくれた。だからありがとう」
ヒカルは特に何も言わずに静かに目を閉じた。ユウはそんなヒカルを見て少し笑顔になった。
「この位の傷、自分で治せるのに馬鹿だなヒカルは…」
「夏果ちゃん、」
アキラが知らぬ間にわたしの隣にいた。ヒカルたちの会話を聞いていて全く気づかなかった。
「夏果ちゃんも簡単に包帯を巻いておいたほうがいい。呪いの傷を晒すのは良くないから」
「あ、うん」
わたしが左腕を出すとアキラは慣れた手つきで包帯を巻き始めた。
「ヒカルと一緒にいて大変だろう?」
「いや、そんなことは…」
「本当に?ヒカルって無口だし無表情で何考えてるか分からないから慣れないうちは疲れるんじゃないかと思って」
「まだ会ってから一日しか経ってないからまだよく分からなくて」
「そうなんだ。じゃあ何か不安なことはない?大丈夫?」
わたしは少し不思議な気持ちになった。今まで誰もこんな風にわたしに話しかけてくれる人なんていなかったような気がする。人とこんな風に会話をしたのはいつ振りだろう。
「夏果ちゃん?」
アキラが心配そうにわたしの顔色をうかがった。
「あ、大丈夫。大丈夫だよ」
「それならいいんだけど。でも少し心配だな」
アキラはわたしの手首まで巻いたところで少し手を止めた。
「この傷…、痛そうだな…」
「全然痛くないよ」
「痛いと思うけどな。一体誰がこんなことしたんだよ?」
わたしはその質問にすぐに答えられなかった。それは自分でやったなんてとても言えない。
突然こんな会話を一度したような錯覚に襲われた。わたしは前にも誰かに手首の傷を見られたような気がする。その時わたしは何をした?
「それは…」
「アキラ!そろそろ出発しよう」
わたしが答える前にユウがアキラに声をかけた。
「分かった」
アキラは素早く包帯を巻き終えるとじっとわたしを見つめた。
「必ず助けるよ。だからそれまで頑張ってくれ」
「う、うん」
素直にアキラはとても素敵な人だと思った。銀色の瞳に見つめられてわたしは少し胸が熱くなったのが分かった。
「じゃあヒカル、夏果ちゃん、気をつけるんだよ」
ユウがそう言うとアキラが突然ヒカルの胸ぐらを掴んだ。
「おい、アキラ!」
ユウは必死にアキラを止めようとしたが、アキラはそれを振り払いながら言った。
「俺はまだお前を信じたわけじゃないからな。俺はまだお前が逃げ出した理由に納得してない。絶対に許さないからな」
アキラは息を荒げながらヒカルを離した。ヒカルは顔色一つ変えずにただアキラを見つめている。わたしはそんなヒカルが少し怖かった。
「先に行ってるぞ」
アキラはそう言い残して出ていった。
「二人共ごめんね。アキラは悪気がないんだけど少し感情的になってしまうから…」
ユウが困ったように言った。
「オレは気にしていない」
「…そうだよな」
ユウは扉の前で一度立ち止まった。
「太陽の光がその道を照らさんことを」
ユウはそう言ってヒカルに頷くと静かに出ていった。




