第7話
後ろを振り向くとさっきの二人組がいた。
「ずっと探してたんだぞ」
茶髪の男がゆっくり近づいてきた。瞳が青い。隣にいる白髪の男は瞳が銀色に輝いていた。この人たちもソラティアなのだろうか。
ヒカルは何も言わない。ただじっと男たちを睨んでいる。
「とにかく俺たちと一緒に来るんだ」
「それは出来ない」
ヒカルがそう言うと白髪の男がむっとした顔になった。
「何を言ってるんだ。これ以上勝手なことは許されないぞ」
茶髪の男が落ち着かれるように白髪の男の肩に手を置いた。
「ヒカル、どうして突然いなくなったのか教えてくれないか」
いなくなった?わたしは耳を疑った。何が起きているのか全く理解出来なかった。
「特に理由はない」
「理由が無いならすぐに戻れ。これ以上みんなに迷惑をかけないほうがいい」
「今戻ってる。だがお前達とは行けない」
「どうして?」
ヒカルは黙り込んだ。その時わたしは茶髪の男と目が合った。
「その子に関係があるんだね?その子は誰?」
「ただの迷子だ」
「そういう風には見えないけど」
「ユウ、もういいだろ。無理やりにでも連れていったほうがいい」
ユウと呼ばれた茶髪の男はため息をついた。
「アキラ、もう少し話を聞いてからでもいいだろう」
「どうせこいつは何も話さないだろ。ここで見逃したら俺たちも怒られるぞ」
「分かってるから」
ユウは少し困った顔をした。
「どうしたら話してくれるんだ、ヒカル」
ヒカルはしばらく何も言わなかったが、ゆっくり口を開いた。
「場所を変えたい。全部は話せないがここで話すよりはましだ」
「…そうだね。それに長い時間ここを行き止まりにするわけにはいかない」
ユウはそう言うと氷の壁に手を触れた。すると壁がどんどん解けていった。
「ユウ!何をやってるんだよ」
アキラと呼ばれた男が怒ったようにユウに詰め寄った。
「一回話を聞いて、それからどうするか決めればいいだろう」
「お前、ヒカルを見逃すつもりなんだろ?」
「そんなつもりはないよ。何となくそうしたほうがいいと思っただけだ」
ユウはそう言うとじっとわたしを見つめてきた。
「…それに、その子が気になる」
わたしは胸がざわつくのを感じた。嫌な予感がする。わたしはそっとヒカルの後ろに隠れた。
「分かったよ。でも話を聞いたらすぐにヒカルを連れて行くからな」
アキラはそう言ってヒカルを睨みつけた。
「行くぞ、ヒカル」
わたしは訳が分からないまま三人のソルティアのあとについていった。
「君、名前は?」
ユウがわたしに話しかけてきた。
「わたしは夏果」
「夏果ちゃんか。俺はユウ、あいつはアキラだ。よろしくね」
わたしは何と返事をしたらいいか分からず頭を軽く下げた。
「さっきはごめんね」
「え?」
「何だか訳が分からないっていう顔をしてたから」
「うん…、よく分からなかった」
「ヒカルから何も聞いてないの?」
「特に何も」
わたしがそう言うとユウは呆れたようにため息をついた。
「それは俺から本当に謝るよ。不安だったでしょう?」
「いや、そんなこと…」
ユウはヒカルとは正反対でわたしはどうすればいいか分からなくなった。こんな風に優しく話してくれる人がいるなんて。
「あの…、さっきの氷に壁って…?」
「ああ、それは俺が作ったやつだよ。俺は青のソルティアなんだ。ソルティアのことは聞いてるよね?」
わたしは頷いた。
「ユウは最強の水使いさ。ユウは水を自由に操れる。空気中にある水分だって扱えるんだ」
「大げさだよ、アキラ」
ユウが照れたように言った。
「でもそれが事実だ。そうじゃないとあんな氷の壁は作れない」
「ヒカルには敵わないよ」
ヒカルをチラッと見るといつもの無表情だった。照れ隠しとかをしているようには見えなかった。
「アキラは銀のソルティアなんだ。アキラの風の力はさっき見ただろ?あんな砂嵐なかなか操れる人はいない」
「あのくらい出来て当然だよ」
そんなことを話しているとアキラが小さな石造りの家の前で立ち止まった。扉の周りにはきれいな花が咲き誇り、とても明るい雰囲気を放っていた。
「ここでいいか?」
ヒカルとユウが頷いた。それを確認するとアキラはドアをノックした。
しばらくすると若い男が現れた。容姿がどこかアキラに似ているような気がした。
「あれ、珍しいな。どうしたんだよ」
「少し家に入れてくれないか、こいつらと内密に話したいことがあるんだ」
男は少し嫌そうな顔をした。
「めんどくせーな」
「頼むよ」
「いいけど。さっさと済ませてくれよ」
「ありがとう」
わたしたちは家の中に入った。男はわたしたちが家に入るのを確認すると出ていった。
家の中には小さなテーブルが一つあり、それを囲むように四人分の椅子が並べられていた。奥には調理場がある。ヒカルたちは慣れたように椅子に座った。わたしはとりあえずヒカルの隣に座ることにした。
「俺たちも時間がないから手短に済ませよう。俺たちが知りたいのはどうして突然いなくなったのか、それとどうして夏果ちゃんと一緒にいるかだ」
ヒカルは腕を組んで話し始めた。
「いなくなったわけじゃない。オレはただ放浪していた。行くあてもなく歩いていた。でも、ある日太陽がオレに道を示した。その道は闇の森に続いていた。ベーゼが住む森とも言われている場所にどうしてオレは導かれているのか最初は分からなかった。それでもオレは太陽に導かれ、森を歩いた」
アキラが何か言いたそうに口を開いたがユウがそれを止めた。
「森を歩いていたら強いベーゼの気配を感じた。だからオレは急いでその場所に向かった。そこに行くとベーゼに襲われている女を見つけた。俺は少し不思議に思った。誰も近づかない森に何故女がいるのか。ベーゼを倒した後に話しかけてもそいつはただ呆然としていた。しかもそいつは自分が何者かもまともに分かっていない女だった。何をすればいいかさえ分かっていないその女にはベーゼの呪いにかかっていた。だから助けなければいけないと思って今オレは一緒にいる」
「その女の子が夏果ちゃんてわけか…」
アキラはまだヒカルを疑いの目で見つめている。アキラはヒカルのことが嫌いなのだろうか。
「ちょっと待てヒカル、その話ってまるで…」
ユウが突然そう言うと驚いたようにわたしを見た。
「夏果ちゃんってもしかして…」
「言うな!」
わたしはヒカルがこんな大声を出したのを初めて聞いた。
「ねえ、なに?わたしが何か隠してることでもあるの?」
ユウとアキラは困ったように顔を合わせた。
「言うな。絶対だ」
「どうしてだよ。だってどう考えても夏果ちゃんは昔から伝わる言い伝えのまんまじゃないか」
ユウがそう言うとヒカルがうつむいてしまった。アキラも何かに気づいたのか目を見開いてわたしを見る。
「何、言い伝えって…」
「この様子じゃ、本当にヒカルは何も話していないようだな」
ユウが心配したように言った。
「ヒカル、教えてよ。言い伝えって何?」
「お前には関係ない」
「関係あるよ。昨日もっとここのこと教えてくれるって言ったじゃん。わたしは知りたいの」
ヒカルはゆっくり顔を上げ、じっとわたしを見た。
「この世界のことを知りすぎて自分がいた世界のことを思い出せなくなったらどうするつもりだ」
「え?」
「お前が言い伝えの人間だと決まったわけじゃない。お前はこの世界とは無関係の人間かもしれないんだぞ。この世界に深入りすればお前は無関係でも元の世界に戻れなくなるかもしれない。それでもいいっていうのか」
「そ、それは…」
わたしは元の世界に戻りたいと望んでいる…はずだ。
「でも、わたしは何も覚えてないんだよ?」
「すぐに思い出す」
わたしはどうすればいいのか分からなくなってしまった。
「でもさ、ヒカル」
ユウが口を開いた。
「ヒカルが話していることは少し矛盾している気がする」
「どういうことだ」
「俺はヒカルが夏果ちゃんに何も話さない理由が分からない。夏果ちゃんが言い伝えの人間ではないと考えているのなら、ヒカルはどうしてそこまでして全てを話さないんだ?違う人間なら話したって問題ないだろう。だってヒカルにとって夏果ちゃんは呪いにかかった不幸な女の子だ」
「…」
「それに、言い伝えのことを話したりこの世界を知ったりしても元の世界のことを思い出すことだって出来るだろう。夏果ちゃんがそう望めばね。ヒカルは怖いんじゃないか?夏果ちゃんを言い伝えの人間と認識することが」
ヒカルはしばらくの間黙り込んでしまった。そして小さな言った。
「もしオレたちがそう思ってしまったらそうなるんだ。そうしたら関係なかったはずの人が重い使命を背負うことになるかもしれない。それが嫌だったんだ」
「ヒカル…」
何となくわたしはヒカルが心配してくれているのが伝わってきた。冷たい人だと思っていたが決してそうではないようだ。それでもわたしは知りたい。
「それでも教えて。わたしはそれでも知りたいよ」
ヒカルは黙り込んでいる。意地でも話さないようだ。
「俺が教えてあげる」
ユウは少しためらうようにヒカルをチラッと見たがしっかりとわたしを見据えて言った。
「夏果ちゃんはこの世界の未来を左右する存在なんだ」