第5話
わたしは森の中で青年の後ろについて歩いていた。
青年はあれから何も話すことなく森の中を進んでいた。
「ねえ」
わたしは勇気を出して声を掛けた。
「わたしの服が目立つってどういうこと?」
「お前の服とオレの服は明らかに違うだろう」
確かに、膝上のスカートにブレザーにリボンという服装は青年の簡単に破れてしまいそうなボロボロの服とは正反対だった。
「そっか、そうだよね」
わたしはなんと答えればいいか分からずに黙り込んだ。
この人はなにを考えているのか全く分からない。青年は常に無表情でまるで人形のようだった。
「そういえば、名前は何?聞いてなかったよね」
「…ヒカル」
「え?」
「ヒカルだ」
「そんなんだ。よろしくね」
「…お前は」
「わたし?わたしは夏果」
わたしは自分で自分の名前を自然に名乗ったことに驚いた。そうだ、わたしの名前は夏果だ。
「自分の名前は覚えているんだな」
「そ、そうみたい」
夏果。わたしの名前は夏果。しかし、それ以上のことを思い出そうとしても出来なかった。
「ねえ、これからどこに行くの?」
「村に行く。宿があるはずだから今日はそこで休む」
「あとどのくらいで着くの?」
「もうすぐで着く」
「そっか…」
わたしは少し疲れを感じていた。休むことなく長い間歩いているからだろう。しかしヒカルは疲れた様子を見せずに歩き続けている。
やっと森の出口が見えてきた。そこでヒカルは足を止めた。
「腕をもう一度見せろ」
わたしは言われるがまま腕をヒカルに見せた。
わたしの左腕はまだ黒い傷跡が残っていた。
「この痕って消えないの?なんだか不気味なんだけど」
ヒカルは何も言わずに自分の服の袖を破いた。そしてそれをわたしの腕に巻き付けた。
「今はこれで我慢しろ。絶対に外すな」
「わ、分かった」
わたしはとにかくヒカルの言うことに従うしかなかった。
わたしたちはようやく森の外に出た。外はきれいな草原が広がり、風と共に鳴る草の音が心地よかった。
そして遠くに家がいくつか見えた。あれがヒカルの言っていた村なのだろう。もう少しだ。
「もうすぐで日が暮れる。急ぐぞ」
「え?日はまだ高いじゃない」
「日が暮れてからじゃ遅いんだ。とにかく急いで村に行く」
どういうことだろう。考える暇もなくヒカルは歩くペースを上げた。わたしは急いでヒカルについていった。
「ねえ、ヒカル、」
わたしは必死に歩きながら声をかけた。
「どうしてそんなに急ぐの?何かまずいことでもあるの?」
「またあの化け物に襲われたくなかったら速く歩くんだ」
「え、どういうこと?」
「今は説明している暇はない。宿に着いたら全て話す」
「う、うん」
ヒカルは常に周りを警戒しながら歩いていた。いつでもナイフを出せるように構えている。
気づけば太陽はもう沈みかけていた。さっきまで高かったはずだったのに、こんなにも早く日が沈むことにわたしは少し驚いた。森を出てから一時間も経っていないはずだ。
しかし、わたしたちは何とか日が沈む前に村に着くことが出来た。
村はとても寂れていた。特に整備された歩道は無く、家はどれも小さな木造の建物だった。わたしがさっきまでいた小屋のようだった。
ヒカルはその中で一番大きい二階建ての家に向かった。扉は固く閉ざされている。ヒカルはその扉をノックした。
するとドアが小さく開き、中から男が顔を出した。
「太陽の化身さんがこんなところに何の用ですか?」
「ここで一晩休みたい。部屋を一つ貸してくれ」
男は怪しそうにヒカルとわたしを睨んだ。わたしは少し怖くなって思わずヒカルの後ろに隠れた。
「まあとりあえず中に入ってください。もう日が沈みましたから」
男はそう言って扉を大きく開けた。ヒカルとわたしが中に入ると男は外を確認して扉を閉めた。
「こんな小さな田舎にご立派な戦士が来るとは驚きですよ」
「当たり前だ」
「ここは奴らの住み処に近いために太陽に見放された村ですから」
「それでも光は届いている。だから見捨てられていない」
ヒカルたちがそんな話をしている間にわたしは宿の中を見渡した。
四角のテーブルがいくつかあり、それぞれに四人ずつ男たちが座っていた。全員わたしを睨んでいるように感じた。
わたしはどこかおかしいのだろうか。男たちの視線がわたしは怖かった。
「おい」
突然ヒカルに声をかけられてわたしは我に返った。
「行くぞ」
ヒカルはパンとスープと飲み物を載せたトレイを持って近くにあった階段を上がった。わたしは急いでヒカルのあとについていった。
階段を上がるとすぐに部屋はあった。月明りに照らされた部屋にはベッドは一つしかなく、小さな窓の近くに椅子が置かれていた。
ヒカルは顎でベッドを指した。わたしがベッドの端に座るとヒカルはトレイをわたしに差し出した。
「夕飯だ、食べろ」
「ヒカルの分は?」
「オレはいらない」
わたしは一瞬食事を受け取ることをためらった。自分だけ食べてもいいのだろうか。しかし、スープから漂う匂いにわたしは耐えられなかった。わたしは膝の上にトレイを置き、スープを一口飲んだ。
「…美味しい」
「そうか」
ヒカルは椅子に座って外を眺めていた。月明りに照らされたヒカルは少し薄くて消えかかっているように錯覚した。肌がとても白いからだろうか。
「お前はどこから来たんだ?」
「うーん、覚えてない。でも、ここではないどこか。それは確実」
「本当にここの世界のことは分からないのか」
「うん…、分からない」
ヒカルは何かを考えているのか目を細め、ゆっくりと腕を組んだ。わたしが食事を終えるのを確認すると語り始めた。
「ここは太陽が月と長い戦いをしている世界だ。太陽は世界を守るために戦い、月は世界を奪うために戦う。その戦いに勝つために生まれたのがオレ達ソラティアだ。ソラティアは太陽に選ばれた戦士だ。そして太陽から一つの力を授かり、その力は瞳に宿る。赤は火、青は水、黄は雷、緑は植物、金は治癒、銀は風、黒は呪いを意味している。その力を使ってオレ達は太陽という名の神のためにベーゼと戦っているんだ。ベーゼは月に忠誠を誓い、世界を奪おうと企んでいる」
「ね、ねえ。ベーゼって何?」
「お前を襲った化け物のことだ。ベーゼは悪の根源、世界を奪うためなら何でもする。この世界の人間を襲い、ベーゼにしてしまう。そうすることで世界を支配しようとしている。オレがもう少しお前を見つけるのが遅かったらお前はベーゼになるところだった」
「そうだったんだ…」
「だが、まだ終わったわけじゃない。お前の腕の傷跡、それはベーゼの呪いだ。その呪いを解かないとお前もいずれベーゼになる」
「え、そんなのやだよ」
わたしは想像しただけでも気分が悪くなった。あの人間のようで人間では無い姿になりたくない。
「どうしたらその呪いが解けるの?」
「黒の呪いの力が必要だ。黒は呪いを吸い取ってくれる」
「ヒカルは出来ないの?」
「オレがその力を使うことは禁じられている。だから無理だ」
「じゃあ、どうすればいいの?」
「これからオレがお前をラディウスに連れていく。そこに黒のソラティアがいる」
「ラディウスって?」
「この世界で一番大きな都市だ。」
「そっか…。わたし、助かるの?」
「分からない、だが出来る限りのことはする」
わたしは不安になった。まるで難病の宣告をされたような気分だった。
「ここからラディウスまでの道のりは長い。だからもう休め」
ヒカルはそう言って近くに置かれていたろうそくの火を消した。
「待って、まだ聞きたいことが…」
「また話す。だから今日はもう寝ろ」
ヒカルはこれ以上何も話してくれそうになかった。わたしは仕方なくベッドで横になった。
わたしはこれからどうなるのだろう。先が見えない不安にわたしは耐えられるのだろうか。
ヒカルは相変わらず外を見ている。最初は違和感があった七色の瞳にわたしは少しずつ見慣れてきていた。
「ねえ、」
わたしは勇気を出してヒカルに声をかけた。
「さっきソラティアは太陽から一つの力を授かるって言ったよね?でもヒカルは七つ全部持ってる。それはどうして?」
ヒカルはしばらく何も言わなかった。しかし、少し困っているように見えた。
「それはオレが話すことじゃない」