第3話
「…それで、見えたのが美術室でリスカしてる夏果ちゃんだったの」
わたしはこの話を信じるべきか悩んだ。こんな物語のような話がこの世に存在するだろうか。
「それからわたしは色々な人に聞いて夏果ちゃんのことを知って、それでここに来たの」
「そ、そうだったんだ…」
「信じられないでしょ?わたしも最初は信じてなかったよ。でもね、学校でたまたま夏果ちゃんを見かけたときに、本当だったんだって思ったの」
実希の目は本気だった。
「ねえ、」
突然実希がわたしの左腕を掴んだ。
「どうしてこんなことをするの?夏果ちゃんにはお父さんやお母さんがいるでしょ?わたしなんかよりもずっとずっと幸せでしょ?それなのにどうして…」
実希は悲しそうな顔でわたしの制服の袖をまくった。わたしの左手首には無数のリスカの跡が残っていた。
「すごく痛そう…」
「慣れればこんなの全く痛くないよ」
「こんなこと、慣れちゃだめだよ」
わたしは何も言い返せなかった。
その時、授業終了のチャイムが鳴り響いた。
「…さすがにもう終わりだね」
実希が悲しそうに言った。
「さすがにこれ以上サボるわけにはいかないね」
わたしたちは美術室を出て教室に向かった。
「ねえ、実希ちゃんが見た夢のことなんだけどさ。わたしが実希ちゃんの生きる意味になるって言ったよね?」
「うん、言ったよ」
「どういうことなんだろ?なんだか予言みたいで不気味な感じがするんだけど」
「夏果ちゃんは、いつも通り生きていればいいと思うよ」
そんな会話をしているとあっという間に教室に着いてしまった。
「じゃあ夏果ちゃん、今日は楽しかった。ありがとう」
「こ、こちらこそ」
「また明日も話そうよ」
「うん、いいよ」
わたしは周りの視線が気になって仕方がなかった。すれ違う人全員がわたしを見て驚いたような顔をしているからだ。みんなわたしのことをおかしいと思ってる。
「じゃあまたね」
わたしはその視線から逃げるように教室に入ろうとした。
「待って、夏果ちゃん」
実希が何かを思い出したようにわたしを引き止めた。
「夢でね、女の人に言われたことを思い出したの。夏果ちゃんに伝えるようにって」
「なに?」
「太陽の光がその道を照らさんことを」
実希はそう言ってわたしの前から去っていった。
わたしはそれから下校時間になるまでずっと実希の最後の言葉の意味を考えていた。「太陽の光がその道を照らさんことを」と突然言われてもわたしはどのように解釈すればいいか分からなかった。ネットで検索してもピンとくる内容のものは見つからず、休み時間の度に実希を探した。しかし、いくら探しても実希を見つけることは出来なかった。
本当に実希はこの学校に存在しているのだろうか。わたしはこれまで実希の存在に全く気づくことがなかった。わたしは今まで誰とも話すことはなかったが、同級生の顔はそれなりに覚えてきていた。しかし、実希の顔を一度も見たことはなかった。
わたしは違和感を覚えながら学校を出た。実希は一体何者なのだろう。本当は存在しない人をわたしは見てしまったのではないか。もしかして幽霊だったのかもしれない。一人で何か話しているわたしを見てみんなわたしのことをおかしいと思っていたのだろう。
突然ポケットに入っていた携帯が鳴り響いた。液晶を確認するとお姉ちゃんの名前が表示されていた。
「もしもし」
「あ、夏果?学校終わった?」
「うん、ちょうど今終わったよ」
「そっか、わたしも今終わったところなの。とりあえず駅前に集合しない?」
「分かった、今から向かう」
わたしは学校帰りにお姉ちゃんと買い物に出かけるということをすっかり忘れていた。危なかった。わたしは来た道を引き返し、駅に向かった。
それにしても、今日は暑い。わたしはバックからタオルを取り出して汗を拭った。周りの人を見ても暑いという素振りは全く見られない。暑いと感じているのはわたしだけなのだろうか。わたしの体から汗が止まることなく流れる。
みんな暑くないのだろうか?わたしがおかしいのか?
すれ違う人達はそんなわたしに見向きもしない。
遠くで踏切の音が聞こえてきた。
あまりの暑さにわたしはめまいを感じ始めた。太陽が眩しい。あまりの眩しさに目がくらむ。このままではまずい。駅はもうすぐだ。駅に着いたら誰か助けを呼ばないと。誰か…。
わたしの頭の中は真っ白になり、そのまま気を失った。
目を覚ますとわたしは何もない暗い空間にうつ伏せで倒れていた。
どうしてわたしはこんな所にいるのだろう。わたしは確か…、何も思い出せない。わたしはゆっくり起き上がろうと頭を上げた。
すると、目の前に小さな光が輝くのを感じた。柔らかくて温かい光だった。
わたしはそれを掴もうと手を伸ばした。