第17話
ヒカルは少しふらふらとした足取りで炎の中から現れた。
「そんな傷でわたしと戦うつもりなの?」
ヒカルは何も言わない。目から血を流しているせいで顔は真っ赤に染まっていた。ソルティアの力を酷使しているのだろう。
「あなたの大好きな光はどこにもないよ?それでそんなに力使ったら自滅するんじゃない?」
女性はそう言ってにやりと笑った。
「まあそれでもいっか。わたしの手で殺したいけど勝手に死んでくれても構わないし」
ヒカルはゆっくりと手を前に出した。するとそこから炎のナイフが現れた。ヒカルはまだ戦うつもりだ。
「ヒカル…」
そんな体で戦ったら死んでしまう。わたしはヒカルのところへ行こうと立ち上がった。腕が痛い。わたしの体は思うように動かなくなってきていた。
「お前は…、そこにいろ…」
そんなわたしに気づいたヒカルがかすれた声で言った。
「今すぐ、逃げろ…」
「ヒカルを置いていけないよ…」
痛みは腕から全身に広がってきていた。わたしは痛みのあまりまたその場で倒れてしまった。
「耳障りだから誰か夏果ちゃん殺しておいて」
女性が冷たく言い放った言葉にわたしは恐怖を覚えた。
すると後ろから冷たい手がわたしの肩を掴み、ぐいっとわたしを振り向かせた。わたしの目の前にベーゼが佇んでいた。ベーゼがわたしの首を掴み、強く握りしめた。また襲ってくる苦痛にわたしは抵抗しようとしたが、体が思うように動かなかった。ここで死にたくない、殺されたくない。
突然わたしはまた苦しみから解放された。一体何が起きているのだろう。顔を上げるとベーゼの顔に炎のナイフが刺さっていた。わたしは咳き込みながら必死にベーゼから離れた。ベーゼが倒れるとまた他のベーゼがわたしに襲い掛かってきた。わたしは恐怖のあまり両手で顔を覆った。
ベーゼの叫び声が聞こえる。一向にベーゼはおそってこない。わたしはゆっくり両手を下げた。
ベーゼが炎に燃やされ全滅していた。まさかヒカルが…。わたしはとっさにヒカルのほうを振り向いた。
ヒカルは女性の攻撃を上手く避けながらわたしを助けてくれていたのだ。しかし、わたしが振り向いた時、ヒカルは口から大量に血を吐きその場に倒れてしまった。
「ヒカル!」
わたしは這いながら必死にヒカルのもとに向かった。
「ヒカル、だめだよ、死なないで!」
ヒカルがわたしの声に気づいてゆっくり目を開けた。
「どうして、わたしのために…。わたしなんかのために…」
「ベーゼに…なりたくない、殺されたくない…、そう言ったのはお前だろ…」
「言ったけど…、ヒカルが死んじゃう…」
「お前を守るのが…、オレの使命だ…」
そんな光景を見て女性が高笑いをした。
「七色の眼が死に、世界を救う光が消える。そして世界は破滅する。わたしの手によって世界が終わる!」
女性はヒカルの上に馬乗りになった。
「さあ、苦しんで死ね!」
女性はそう言うとロープをヒカルの首に巻いて締め上げた。
ヒカルが苦しそうにもがく。しかし、ボロボロになったヒカルの体では全く抵抗力がなかった。
ヒカルが死んでしまう。わたしのせいで死んでしまう。そんなの嫌だ。
その時、女性が投げ捨てたヒカルのナイフが目に入った。これで…。
女性の嬉しそうな笑い声が響いた。
「七色の眼が死んだ!あと一人…」
女性の標的がわたしに変わったのを感じた。わたしは必死にナイフに向かって這った。ヒカルのほうをチラッと見るとヒカルは目を閉じていてその顔は本当に死んでいるようだった。
ヒカルは死んでない。死ぬはずがない。わたしは自分にそう言い聞かせた。ヒカルがそんな簡単に死ぬわけがない。
「夏果ちゃんどうして逃げるの?そんなことしたって無駄だよ?」
女性は今の状況を楽しんでいるようだった。ゆっくりとわたしに近付いてくる。
「七色の眼は死んだ。太陽がいないこの時間に助けなんかも来ない。夏果ちゃんは一人なの。もう諦めなよ」
わたしは必死に女性の言葉を聞かないようにした。この人の言うことを信じてはいけない。
わたしはナイフを掴んだ。
「夏果ちゃんもおとなしくわたしに殺されてよ」
わたしは振り向きざまに思いっきりナイフを振り上げた。
「なっ…」
女性が持っていたロープが真っ二つに切れていた。女性の手が怒りで震えた。
「何してくれるのよ。許さないんだから」
女性の背後で何かが動くのが見えた。わたしは一瞬目を疑ったが希望が見えた気がした。女性は背を向けているせいで気づいていない。
わたしは後ずさりをしながら必死に女性から離れた。
「わたしに抵抗するなんて無駄だよ?まだそれが分からないの?」
「無駄なんかじゃ、ない」
「無駄だよ。こんな状況で生き残れるわけないじゃない」
「ヒカルが…、助けてくれる」
女性はわたしの言葉を聞いてまた笑った。
「七色の眼は死んだって言ってるでしょう?」
「死んでない!」
わたしはヒカルに向かってナイフを投げた。女性は驚いたようにそのナイフの行方を目で追った。
ヒカルは走りながらナイフを受け取り、そのまま女性の心臓にナイフを突き刺した。
「ど、どうして…」
女性は目を見開き、混乱しているようだった。
「お前は、確かに死んでいた…はず…。いや、死んでる…?」
ヒカルは何も言わずにナイフを抜くと女性の顔を掴んだ。すると女性の全身に電流のようなものが流れた。
女性が大きな叫び声をあげた。
「わたしを殺したところで、夏果ちゃんはもう助からない!呪いが夏果ちゃんを殺す!もう何もかも間にあわないんだから!」
女性は叫び声をあげながら電流と共に消えていった。
ヒカルは力を使い果たしたようにその場に倒れた。
「ひ、ヒカル…?」
わたしはヒカルの側に行こうとした。しかし、左手が勝手に動き始め体が違う方向に進んだ。どこへ向かっているのだろう?
わたしの体はゆっくりと確実にとある場所に向かっていた。わたしが落としたカッターの場所だ。
「やめて、やめて…」
わたしは必死に左手を抑えようとしたが、わたしの左手は別の意志があるように動いていた。
わたしの左手がカッターを掴んだ。そしてそれをゆっくりわたしの首に近付けはじめた。わたしは焦って右手で左手を抑えた。
「嫌だ!死にたくない!」
わたしは泣き叫んだ。ヒカルが助けてくれた、命を懸けて救ってくれたこの命をこんな形で終わらせたくない。
初めて心の底から生きたいと思った。何度も死にそうになって、その度にヒカルが助けてくれた。ヒカルの想いを無駄にしたくない。
ヒカルのためにもわたしは生きたい。
「わたしは生きたい!こんなところで死にたくない!」
突然何かがわたしの手を掴んだ。わたしはその正体に気づくと涙がまた溢れ出た。
「ヒカル…」
ヒカルがまたわたしを助けてくれた。
ヒカルはわたしからカッターを奪い取った。するとわたしの左手は力が抜けたようにパタンと落ちた。
「行くぞ…、まだ、間にあう…」
「本当に…?」
「お前は今、呪いと闘ってる…。呪いに打ち勝ってる、だから、お前は助かる」
「うん…」
ヒカルはわたしを抱え上げようとした。しかし、もうわたしを抱えて歩く力がヒカルには残っていなかった。
「ヒカル、もういいよ…」
わたしは自分の視界が霞んできていることに気づいた。自分はやっぱり死んでしまうのだろうか。
「もう、大丈夫だよ…。わたし、今、すごく嬉しいから…」
まぶたが重い。今にも目を閉じてしまいそうだ。ヒカルの声が遠くに聞こえる。
わたしは結局自分の存在意義を見つけることが出来なかった。それが唯一の心残りだろうか。
いや、見つけたかもしれない。
視界から消えていくヒカルの顔を目に焼き付けながらわたしはそんなことを考えていた。