第14話
ヒカルは何事も無かったかのようにまた山を下り始めた。わたしはそんなヒカルの後ろ姿を見つめながら先ほどのヒカルの言葉のことを考えていた。
まず、あれは本当にヒカルが言っていたのだろうか。まるで他の誰かがヒカルを通して話しているかのようだった。だとすればあれは誰だったのだろう。
自分の光を見つけて。ヒカルはそう言った。その光は自分の内にだけ秘められているから自分で探し出せ、というようなことも言っていた。
色々なことを考えているうちにわたしの頭の中はぐちゃぐちゃになっていった。もう訳が分からない。
ただ、ヒカルはそのことは全て忘れろと言った。しかし、あまりにも印象的で忘れられるはずがなかった。
「もうすぐで終わる」
突然ヒカルがわたしに言った。
「え、何が?」
「この谷を抜けるってことだ」
「ほんとう?」
確かにこれまでずっと坂道を下っているような感覚だったが、今は平面を歩いている。山を下りきったということだ。たった二日間の道のりだったがわたしはそれ以上に感じていた。
わたしは左腕に痛みを感じ始めていた。わたしは腕を抑えながら痛みに耐えていた。
ヒカルはそんなわたしを見て言った。
「痛むなら楓の葉を食べろ。痛みが和らぐ」
「そ、そうだね」
わたしはポケットから楓の葉を一枚取って口に入れた。口に広がる甘い味がわたしの心を落ち着かせた。
ヒカルが突然歩みを止めた。そして手袋を取るとわたしに渡した。
「これで自分の手が見えなくなる」
「で、でもヒカルのものだし…」
「問題ない。これで自分の手の状態を忘れられるだろう」
ヒカルがそう言うのでわたしはヒカルの手袋をはめた。確かに手袋で見えなくすることで少しでも自分の不気味な手を忘れることができた。
呪いのことを考えれば腕は痛くなり、そのことを忘れれば痛みは消えた。それなら呪いのことを考えないように他のことで頭をいっぱいにしよう。
「この谷を抜けたらすぐに町がある。今日はそこで休む」
「分かった」
もう少しで休める。わたしは次の町がどんな場所なのかを想像しながらヒカルのあとについていった。
「次はどんな町なの?」
「湖の町だ」
「そうなんだ、きれいな所なの?」
「…そうだな。大きな湖を囲むように町が出来ている」
「そっか…。きっときれいなんだろうね」
そんなことを話しているうちにわたしたちは森を抜けた。そしてその先には石造りで出来た建物が立ち並んでいた。
「…ここが湖の町?」
「そうだ」
「湖が見えないけど」
「ちゃんと町の中心にある」
ヒカルはそう言って町の中に入っていった。
湖の町は今まで訪れた町の中で一番賑わっていた。ちょうどお昼時なのか肉や果物などの食べ物がたくさん並んでいる。
ヒカルは干物のような魚とオレンジを買っていた。
「とりあえず宿に行くぞ」
「…うん」
まただ。わたしはまた視線を感じていた。人が多い場所に行くといつもこの気持ちになる。周りの視線が怖くて仕方なかった。
わたしは必死に楓の葉を食べて気持ちを落ち着かせようとした。それでも不安な気持ちは消えない。どうして?
焦っていると誰かがわたしの肩に手を置いた。
「落ち着け」
ヒカルがわたしをじっと見つめている。わたしは目を大きく見開きながら腕を強く組んで震えていた。
「う、うん…」
「急いで宿に行く」
ヒカルはわたしの肩を抱きながら足早に歩き始めた。
わたしは震えながらもヒカルに対して何か違和感を感じていた。どういう違和感か分からないが何か違うものを感じた。
ヒカルに支えられながらわたしはなんとか宿に着いた。ヒカルは手短に手続きを済ませるとわたしを部屋に連れて行ってくれた。
部屋に着くとわたしはすぐにベッドに倒れこんだ。久しぶりに心地よいベッドに入れて少し嬉しくなった。
「ここで休んでろ。食事はテーブルに置いておく」
ヒカルはそう言って部屋を出ようとした。
「どこ行くの?」
わたしは少し焦って引き止めた。一人でここにいたくない。
「少し見回りをしてくる。すぐに戻る」
ヒカルは足早に部屋を出てしまった。
どうしたのだろう。今までヒカルはこんな風にわたしを置いていくことなんてなかった。
腕が痛む。まずい。わたしは焦ってポケットに手を入れた。楓の葉が無い。もう全て食べ終わってしまったのだろうか。
その時カッターが手に触れた。そういえばこんなものがあったんだっけ。
わたしはそっとカッターを取り出した。これで気持ちを落ち着かせられるのでは?今までそうしていたように。
いつも左手首を切っていたが今回は右手首にしよう。わたしは思いっきり手首を切った。
その時、また過去の記憶がよみがえった。