最終話
最後の日が来る前にオレの光は消えてしまう。オレは薄々感じていた。
体をまともに動かすことが出来ない。体はもうほとんどシュンキのものになっている。これ以上シュンキの感情に共鳴したらオレはきっとそのまま消えてしまう。
だが、アキラの死はオレを感情的にさせた。
アキラをこんな形で失いたくなかった。せめてアキラに全て話したかった。アキラは何も分からないまま死んでしまった。
ヒカルのせいじゃない。
オレが罪の意識に囚われているとシュンキがオレを励ました。
「オレがお前を殺さなければ…」
ずっと言葉にしないようにしていたことを言ってしまった。
その時封じていた記憶が蘇り、オレ激しいめまいを感じた。
オレは意識を保とうと必死にナイフで腕を刺した。だが、痛みを感じない。何度刺しても痛みは無く、めまいはどんどんひどくなった。
意識が遠くなっていく。このままオレは消えるのだろうか。
するとユウがオレを呼びかけているのが聞こえてきた。
どうしてユウは苦しい時に来てくれるんだ。どうしてこんなことになってしまったんだ。どうしてユウなんだ。
ユウを救いたい。まだオレは生きなければいけない。
シュンキの激しい感情の波が襲って来た。シュンキが嫉妬している。シュンキもオレと同じように苦しんでいる。
オレは自分で自分の体を刺した。そうでもしないとシュンキを抑え込めない。
ユウがオレの手を止めようとした。そしてオレはその手を切りつけた。
ユウの手の傷がシュンキの首を切った瞬間の光景と重なり、オレはパニックになった。
ユウを傷つけてしまった。オレは大きな過ちを犯した。オレは…。
一瞬ヨウスケ様の顔が見えたと思ったら目の前が暗くなった。
目を開けると目の前に太陽がいた。
「危うく世界が滅亡するところだった」
太陽はオレを冷たい目で見つめていた。
「今あなたの光が消えてもらっては困るのよ。だから時が来るまで眠ってもらう。ヨウスケがいてくれてよかったわ」
「申し訳ありません」
「ただでさえ大きな罪を犯しているというのに自分の体をこんなに傷つけてどうするのよ。これ以上罪を重ねないで。偽物でもこの世界であなたは太陽の化身として存在しているのだから」
「オレには…、」
「なに?」
「使命を果たす自信がありません」
「ええ、無理よ」
太陽は冷たく言い放った。
「それでもあなたは使命を果たさないといけない。罪の意識に囚われながら苦しむの。それがあなたの罪の代償だから」
太陽はそう言うと何かに気づいたように目を細めた。
「もう少しゆっくり話したかったけど時間のようね」
「もしかして…」
「最後の時が来た。ヒカル、頼んだわよ」
誰かがオレの頬に触れている。目を開けると今にも死にそうになっているユウが目に入った。
そんな、ユウが…。
今まで感じたことのない怒りだった。これはシュンキの感情に共鳴しているのか、それともオレが感じているものなのだろうか。
オレは目に入ったベーゼを全て倒した。ユウを苦しめた奴は絶対に許さない。
ベーゼが全て消えた時にはオレは立っているのがやっとの状態になった。
ふらふらになりながらオレはユウの傷の状態を診た。このままでは死んでしまう。
やめろ、ヒカル。
オレはユウに手を伸ばすとシュンキが止めた。
これ以上命を削ったら…。
「やらせてくれ」
ユウはいつもオレを助けてくれた。だから、オレも助けたい。
オレはユウの傷を治した。傷がふさがったのを確認するとオレはその場に倒れた。
体が動かない。目はほとんど見えなくなった。だが、オレはまだやらないといけないことがある。
階段を這って上った。まだ先は長い。たどり着けるだろうか。
ユウの救いの手も振り払った。だが、ユウはオレを聖堂に運んでくれた。
夏果を失ったと聞いてオレは絶望した。オレは使命を果たせなかった。
まだ終わってないよ、ヒカル。
シュンキがオレに言った。
彼女の光は消えたわけじゃない。だから諦めるな。
本当にそうなのだろうか。オレは信じられなかった。
それに、ヒカルにはまだ果たさないといけない使命がある。
オレはユウに優しき犠牲者としての使命を与えないといけない。そんなことしたくない。それに、ユウに使命を与える力は残っていなかった。
ヒカル、時間だ。
オレは死ぬ。シュンキの光に飲み込まれる。
こんなに苦しんで、痛みに耐えてきたのにオレは存在していなかったことにされる。
死ぬのは怖くないと思っていた。だが、いざ死に直面すると怖くなってしまった。
死にたくない、消えたくない。
かすかに見えるユウの涙を見るとその想いは更に強くなった。
ユウだけは守りたかった。この運命に巻き込みたくなかった。ユウを苦しめさせたくなかった。
大事な人を誰も守れなかった。オレは最後まで弱かった。
シュンキの光が強くなり、オレの小さな光はすぐにその光の一部になった。
オレの記憶を見た夏果は目に涙を浮かべていた。
「そんな…」
「二人とも大丈夫?」
ユウは不安そうに夏果とオレの顔を交互に見た。
「それで、ヒカルは…?」
「ヒカルは…、」
夏果は拳を強く握りしめた。
「天国に行けない。ヒカルは地獄へ行く」
「ど、どうしてだよ?」
ユウが驚いたように言った。
「…オレは人殺しなんだ」
「え…?」
「オレはあの日シュンキを殺したんだ」
ユウは涙目になりながら首を横に振った。
「そんなわけないだろ?何かの間違いだ」
「本当だ」
「嘘だ、そんなの嘘だ…」
ユウの動揺した表情を見るのがつらかった。
「オレはあの日シュンキを殺してベーゼになるところだった。それをシュンキが守ってくれていた。だけど、人を殺した罪が消えるわけじゃない」
「きっと…、」
夏果が涙を流しながら言った。
「シュンキはヒカルの罪を被ってヒカルの代わりに地獄へ行こうとしたんだと思う。だからヒカルの光を吸収した。でも、ヒカルに心が生まれたことでヒカルの光は微かに残っていた。シュンキはそれを望んでいたんだけどね。結局ヒカルが残ってシュンキが消えてしまった」
「オレのせいだ」
「それは違うよ、ヒカル。シュンキは消えてもいいって思ってたんだよ」
「そんなわけないだろう。オレのせいでシュンキは死んだ。シュンキは天国に行けたのに行けなかった。オレは沢山の人を苦しめた、死なせてしまった」
「これ以上自分を責めないで」
夏果はそう言ってオレの手を握った。
「みんなヒカルのことが好きだったから、大好きだったから死んでも構わないって思ったんだよ。シュンキもユウもアキラもわたしも、ヒカルのことが大好きだったの。苦しんでるヒカルを救いたかったの。だから自分の意思で今ここにいる。ヒカルもユウを救いたかったのはユウが大好きだったからでしょう?それと同じだよ」
オレは恐る恐るユウを見た。
「そう…なのか?」
「うん、そうだよ」
それを聞いてオレはその場でひざをついた。
ずっとシュンキの温もりが重圧としてのしかかっていた。自分のせいで死んでいった人達を忘れさせないようにしているようだった。きっとみんな恨んでいる。シュンキはオレが殺したことについては何も言ってくれなかったからなおさら辛かった。
だから、その重圧から解放された気分だった。
「夏果、ヒカルをどうにかして天国に行かせる方法はないのか?」
ユウがオレを立たせながら言った。
「…ない」
夏果は唇をかみしめた。
「もともとヒカルは存在が消えることで罪を清算するはずだった。でもヒカルは存在してる。存在している以上罪は償わないといけない。ヒカルの記憶を見てもしかしたら何か方法があるかもしれないって思ったけど…」
「オレは人を殺した上に使命も果たせなかった。だから天国に行けるなんて思っていない」
「わたしはヒカルを救うために神になった!なのに、これじゃ意味ない…」
ナツカは涙を流しながら言った。
「ヒカルを救いたいのに、それが出来ない…。悔しい…」
「お前はもうオレを救ってくれた。十分だ」
「ヒカルが地獄へ行くなら俺も一緒に行く」
ユウの言葉に夏果は怒った。
「そんなことしちゃだめだよ。わたしが許さない」
「でも…」
「ユウ、」
オレはユウの肩に手を置いて止めた。
「これでオレかユウが進むべきでない道へ進んだら夏果は罪を犯すことになる。そうしたらまたオレ達のように犠牲になる人が現れるかもしれない。同じことを繰り返さないためにもオレのことは気にせずに行ってくれ」
「でも…、ヒカルは何も悪くないのに…」
「ユウがいなかったらオレは何も出来ずに死んでいた。ユウが支えてくれたからオレは苦しみに耐えられた」
「ヒカル…!」
ユウは泣きながらオレを抱きしめた。
「ごめん…、本当に…。もっとこうして抱きしめたかった」
「ユウ、時間だよ」
夏果はそう言ってユウの額に触れた。するとユウは無表情になってオレから離れた。
「ユウ…」
オレの呼びかけにも反応せず、ユウは背後に現れた光の扉の中に入って消えた。
ユウは無事に天国に行けたんだ。
「ヒカル、」
夏果は光の扉があった場所とは反対の方向を指さした。
「ヒカルが行くのはあそこ」
真っ黒な扉だった。見た目だけでも恐ろしい。
「ヒカルの光はとても弱くなってるからきっとすぐに苦しみに耐えられずに消えると思う。つまりそれは…」
「オレの存在自体がなくなるということだろう」
夏果は頷いた。
「でも、絶対に忘れないから。ヒカルは確かに存在していた。世界を救った。それをちゃんとどんな形であれ残すから。たとえ忘れても思い出せるようにするから。だから…!」
「…分かった」
もう怖くない。どんな痛みも、苦しみも、生きている時のものに比べたら弱いものだ。
悔しそうに涙を流す夏果に見送られ、オレは真っ黒な扉の中に入った。
“ヒカル"は確かにここにいた。
"ヒカル”を失いたくない。わたしは急いで文字に残した。
“ヒカル”は望んだ。同じ過ちを繰り返してほしくないと。だから、これを見て思い出せるようにしないといけない。
"ヒカル"はどんな人で、何をしてきた人なのか。光が消える前に…。
全てを書き終えた時、真っ黒な扉の奥にある灼熱の炎の中で一つの小さな光が消えたのを感じた。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
とうとう「ヒカリ」は完結いたしました。
この話を書き始めてからずいぶん長い時間がかかってしまいましたが、最後まで書くことができてよかった…!
ヒカルは投稿を始めるずっと前からわたしの心の中にいて、いつかヒカルの最期を描いてみたいと思っていました。
ずっとわたしの心にいたヒカルがいなくなってしまったような感覚です。少し寂しい気がします。
でも、ヒカルはたくさんの愛に支えられて生きていて、人生そのものは辛かったと思うけど実は幸せな人なんじゃないかと。
だからきっと大丈夫だろう。
下手な文章だったと思いますが、この物語を読んで何か少しでも感じていただければ幸いです。
本当にありがとうございました。