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ヒカリ  作者: 悠香
第1章~夏果編~
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第1話

もしあの人にあの時出会っていなかったら、わたしの人生はどうなっていただろう。でも、わたしの人生が大きく変わったことは確かだ。あの人は突然やって来て、わたしの人生を語るうえで欠かせない人になった。

でも、後にあの人は世界からいなくなってしまう。世界を救うために全てを犠牲にしたのに、存在を消されてしまう。

あの人にはとても感謝している。だから、あの人との日々をここに記す。あの人は確かにここにいたのだから。




また嫌な一日が始まった。わたしは朝の日差しから逃げるように布団に潜り込んだ。寝ている間に死んでしまえばよかったのに。

わたしにとって生きることは苦痛でしかなかった。だが、わたしはいじめを受けているわけではない。家族と上手くやっていけていないわけでもない。わたし、高須夏果はどこにでもいる普通の女子高生、のはずだ。

「夏果、ご飯出来たから降りてきなさい」

お母さんの声が階段下から聞こえてきた。

「いらな~い」

「何言ってんの?早くしないと冷めちゃうよ」

お母さんは私が死を望んでいることを全く知らないだろう。わたしが毎日寝る前にリスカをしていること、自分から車にひかれようとしていることだって知らないだろう。

わたしは重い体を動かして布団から出て部屋を出た。

「夏果、おはよう」

部屋を出るとちょうど前を通りかかったお姉ちゃんがわたしに声をかけた。

「ねえ、今日学校が終わったら暇?」

「うん、どうして?」

「お父さんをお母さんの結婚記念日がもうすぐだからプレゼントを買いたいなって思ってたの。でも何を買おうかずっと悩んでてね、買い物しながら一緒に考えてほしいの」

「うん、いいよ」

「ありがとう。じゃあ学校終わったらメールしてね」

わたしはお姉ちゃんのことが大好きだ。お互い何でも相談できる仲だと思っている。しかし、わたしはお姉ちゃんに一度も死にたいという相談をしたことはない。わたしが唯一お姉ちゃんに秘密にしていることだった。

階段を降りるとお母さんがキッチンで忙しそうにソーセージを焼いていた。

「まだ出来てないじゃん」

わたしはそう言ってまた自分の部屋に戻ろうとした。

「もうご飯よそるだけだから、座って待ってて」

わたしのお母さんは普通の主婦だ。家族のために毎日ご飯を用意して、部屋を掃除して、自分のことなんて二の次。何年も同じ服を着続けていて少しかわいそうに思うほどだ。

「夏果、最近お母さんに対する態度が悪いんじゃないか?」

お父さんもどこにでもいる普通の会社員だ。中年太りが始まっているようでお腹が大きくなり始めている。

「お父さん、ニュースをぼんやり見ながら怒られても説得力がないよ」

お姉ちゃんは大学生だ。わたしとは真逆の性格で、活発で明るくて友達も多い。ずっと友達と連絡を取っているのかしょっちゅう携帯の通知音が鳴っているのをわたしは聞いている。そして今も携帯をいじりながらわたしを擁護する言葉にわたしは全くありがたみを感じなかった。こんなことはよくあることだ。

平凡だけど平和な家族。これ以上いい家庭なんてない。それでもわたしは時々ここにいるのが苦しくなる。息苦しくて逃げ出したくなる。

「夏果、高校はどう?楽しくなってきた?」

お母さんが突然わたしに話しかけてきた。

「別に普通だよ」

「新しい友達とか出来た?」

「もう入学から二ヵ月経ってるんだぞ、いるに決まってるだろう。な、夏果?」

さっきまでずっとニュースに見とれていたお父さんが話に入ってきた。

「そうだね」

「よかったじゃない。今度その子と遊びに行ったら?」

「また今度ね」

「家に連れてきたっていいんだからね」

「はいはい」

同じような会話をもう何回もしてきた。わたしは少しうんざりしていた。

朝食を取った後、わたしは急いで自分の部屋に戻ることにした。

「夏果、最近ちょっとおかしくない?」

リビングを出るときに誰かがそう言うのが聞こえた。ああ、家族までわたしのことをおかしいと思い始めた。

わたしは急いで家を出た。家を出たら少し気が楽になった。見慣れた商店街を歩き、学校へ向かう。

わたしは時々思う。わたしは何のために生まれてきたのだろう。なぜここにいるのだろう。もし、意味もなく生きているのなら少しでも早くこの人生を終わらせたい。こんな人生はただの無駄だ。

わたしはバッグからイヤフォンを取り出した。学校までの道のりに音楽は必須だ。周りの音が聞こえなくなり、自分の世界に入れる。それでも、雑音は嫌でも聞こえてくる。

「ねえねえ、昨日のドラマ見た?」

「見た見た!最後が最高だったよね」

「あのシーンは歴史に残るね」

自分と同じ制服を着ている女子高生の会話。彼女たちが校門をくぐり、楽しそうに教室に向かう姿をわたしは見つめ続けた。彼女たちはきっと悩みなんてないだろう。ただ毎日生き続けて、毎日を無駄にしている。

教室に着いてもわたしはイヤフォンを取ることはない。どうせ誰にも声をかけられないのだから。

この教室にいる人たちはみんなわたしがおかしいことを知っている。だから誰もわたしに話しかけない。いつからわたしはおかしい人間になったのだろうか。多分、きっかけは小学生の時だ。誰かがわたしに言った。「夏果ちゃんって、おかしいよね」と。それからわたしは自分はおかしいのだと気づいた。高須夏果はおかしい人間だ。

わたしの席は窓側の一番後ろの席だった。そのおかげでわたしは授業中ずっと外を見ている。先生の話を聞いたことないし、板書だってしたことはない。外の景色だって大して綺麗というわけではない。しかし、わたしは授業中一切前を向かない。先生の顔を誰も覚えていないほどに。先生はそんなわたしを一度も注意したことがない。見て見ぬふりをしている。先生もわたしのことおかしいと思っているのだろう。

昼休みになると、わたしは真っ先に南館にある美術室に向かう。教室が主にある北館から一番遠い美術室なら確実に誰も来ることはないからだ。

束の間の静寂にわたしは心が休まるのを感じた。ずっとこのままここにいたい。一人になりたい。ここから逃げ出したい。

わたしはブレザーのポケットに忍ばせていたカッターを取り出した。そして、左手首をそっと切り付ける。切った部分からうっすらと血がにじんだ。

ああ、また死ぬことが出来なかった。

次は確実に切ろう。もっと深く…。

「あの、」

突然誰かがわたしの後ろから声をかけた。自分の世界に入っていたのでわたしは少し飛び上がってしまった。

「あの、ちょっといいですか?」

小柄で可愛らしい女の子だった。髪をポニーテールで結び、両手に携帯を大事そうに握りしめている。見慣れない顔だったが、リボンの色で同級生であることに気づいた。

「なに?」

わたしはカッターを隠しながら言った。

「今、何してたの?」

「いや、何もしてないけど」

「じゃあ、少しお話しよう」

その子は笑顔になってわたしの隣に座った。

「ちょっと…」

わたしは逃げるために立ち上がろうとした。

「ダメ!逃げないで、お願い」

「なんでよ、」

「あなたとずっと話してみたいと思ってたの」

「わたしと?」

「うん」

「…人違いじゃなくて?」

「人違いじゃないよ、わたしは高須夏果さんと話したいの」

わたしはその子が言っていることが理解出来なかった。今までわたしと話したい人なんていなかった。その子が初めてだ。

「どうしてわたしなの?」

「それは…」

その子は何かをためらうかのように携帯を強く握りしめた。

「あのね、わたし…」

「もういいよ」

わたしはうんざりしたように言った。

「あ、ごめんね、でもわたし本当にあなたと話したいの」

「それは分かったから、落ち着いて」

わたしはその時、その子の異変に気づいた。右ひざに大きな痣があり、よく見ると携帯も壊れているようだ。しかも、その携帯は時代遅れのような形をしていて古いものであるようだった。

「何かあったの?」

「え?」

「ひざ怪我してるし、携帯が壊れてるから」

「あ、これは階段で転んだからだよ」

その子の動きはどこか挙動不審だった。わたしに目を合わせずに目を泳がせている。

「それならいいけど」

「あ、自己紹介してなかったね。わたし実希」

実希と名乗った女の子は目を合わせずににっこりと笑った。

わたしは実希とどのように接すればいいか全く分からなかった。

「えっと…」

わたしは必死に話題を考えた。

「夏果ちゃんて、どうしていつも一人でいるの?」

「え?」

「夏果ちゃんいつも一人でいるからすごいなって思ってたの」

「どうしてって…」

実希の目は真剣だった。実希が初めてわたしと目を合わせた。

「一人って寂しくないの?辛くないの?」

「わたしはむしろ一人でいるほうが好きだから。一人でいたほうが好きなことが出来て楽しいじゃん」

「そうなんだ…」

実希は少し悲しそうな顔をした。

「どうしてそんなことわたしに聞くの?」

「一人でいるから夏果ちゃんはいじめられていると思っていたから」

「え、わたしが?」

わたしは耳を疑った。わたしがいじめを受けている?そんなはずはない。

「わたしはいじめられてなんかいない。さっきから何なの?突然やって来て何かと思えば、失礼なことばっか言ってくるし」

「ごめんなさい、そんなつもりはなかったの。てっきり夏果ちゃんもわたしと同じなのかと思ったから」

「どこが同じなの?」

「わたし、いじめられてるからずっと一人なの」

その時、予鈴が教室に鳴り響いた。





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