204号室にはハイスペック霊子さんが棲みついている。夏の陣
調子に乗って2作目です(*´∀`)
今年の夏は猛暑になると、アナウンサーもネット民もお通夜のようなテンションで話している。
梅雨があけて、夏本番を目前にしてすでに連日の30度超えの熱波が、こちらを干からびさせようと猛威を奮っているので気持ちはわからいでもない。
幹線道路沿いのおれが働いているコンビニも、外にでれば排気ガスとアスファルトからの照り返しで体感温度は40度を超える。外にいるだけで汗が止まらない。
路肩に申し訳程度に植えられた緑たちも、雨の恩恵にはあずかれないのに、連日の許容量を遥かに上回る二酸化炭素に辟易し、我先にと枯れようとしている。
そんな可哀想な緑たちに、おれは夏休みに入ってから毎日「もう少し頑張って(まだまだくたばるには早ェぜ)。」と、優しく声をかけながら水を撒く。ついでに打水もしたので少しは周りの気温も下がるだろう。
昼になり、陽炎の向こうから某世紀末のようなガタイのいいお兄さんやおじ様方がぞろぞろやって来た。てか昨日よりバイトさん減ってません?そしてひとりマジヤバいるよね??その人死兆星視えてませんよね!?
「……塩。」「ですよね。」
マジヤバさんが店内の左側にあるカウンター席に座り机に突っ伏したので、とりあえず頭と首の後と足の付け根にアイスノンを乗せ、塩飴を口に突っ込み常温のポカリをゆっくり飲ませ熱中症の応急措置をする。
大丈夫ですか。星が視えてたら救急車ですよ?そうですか、秘孔をついたら治りますか。おれ浣腸しかできませんがいいですか?
「翔太、ケンジ頼むわ。若いから回復早いだろ。裏借りるぞ。」
「どうぞー。ご自由に。」
親方がケンジさんの安否を確認し、他の方々を連れて外にでていった。893お断りな訳ではない。皆さんちゃんと堅気だから。ではなく、冷房の効いた店内で過ごすと午後に体調を崩しやすいそうで、駐車場の水道で水を被って涼をとるためだ。
隅には日除けがわりの大樹と、木製のベンチと机が置いてある。
うちのコンビニの秘法で涼しい風が吹くその場所は、昼は職人さんやサラリーマン、アイドルタイムは近所のじじばばに人気のスポットだ。
おれはむぁあっとする外に出て、少しだけ冷やしたペットボトルを皆さんに渡し、何か食べられそうか注文をとる。
メモをとりながら世間話をしていると、カランコロンと夏祭りでよく聞く下駄の音が耳を掠める。
視界の向こうから陽炎のなか此方に向かってくる人影が見えた。……蜃気楼じゃないだろうな。
カランコロンカランコロン
「……しょうた!」
カランコロンカランコロンぺたぺたぺたぺた
「小柳のじーさん。こんな時間から珍しい。」
親方が足音?下駄音で誰かわかったらしい。
「じーさんスか?俺は幼女の声が聴こえたンスけど。」
「しょうた!またきたよ!」
「ほら。」
「あー。孫だな。たしか……。」
「みるくちゃんですよ。」
ごフッてスカさん(仮名)がお茶を吹き出した。
わかりますよ、はじめて聞いたときはおれもびっくりしたし。アニメやいかがわしいお店で聞けば可愛い名前だけど、現実ではたいがいDQNですもんね。
「本人もすごく嫌がってるので、みくちゃんと呼んであげて下さいね。」
おれは人差し指を口に当てて内緒ねのポーズをとった。
木漏れ日がおれをけぶり、簡易キラキラエフェクトを演出する。視界の端っこで親方がよくやるわ、ってつっこんでるのは無視無視。
スカさん(仮名)が耳を赤くして頷いたのを見て、みくちゃんを御迎えするために足をむけた。
「みくちゃん、いらっしゃいませ。今年の夏もご贔屓にお願いします。」
みくちゃんが大好きなアニメの執事と同じポーズで、片膝をついて恭しく彼女の手をとり口上を述べる。さすがに手ちゅうは小学生には早いので、彼女が「うむ。」と鷹揚に頷いたのを見て、そのまま立ち上がり手を繋ぐ。
「あははっ!しょうた似てる~。」
喜んで頂けたようで何よりでございます。
きゃっきゃしながら駐車場の前を通り過ぎたときに、みくちゃんが何かに誘われるように顔を巡らす。
オンナの勘はすごいと言うか、みくちゃんも小学2年生にしてすでにその片鱗をみせる。
大好きなあの人の気配を感じたようで、紅潮する頬に手を充て、キラキラする瞳を向ける。
ベンチに座っている某世紀末軍団の中を、キラキラした瞳のままターゲットを探すが……いない。キラキラした瞳が猛禽類のそれにかわり、スナイパーの如く目を皿のようにして獲物を探す。視線に気づいた親方が、一瞬びくっとしてたじろぎ、苦笑いをしたあとにまた別の方向を顎でさす。
「マサ!」
「なんスかぁ!……ん?」
頭から水を浴びてた数人の内の1人が顔をあげる。
180近い身長に、ラグビー選手のようなガタイ。
おれにみくちゃんフィルターが使えたら、マサさんの周りの水滴一粒一粒をキラキラエフェクトさせて、「嬢ちゃん。春休みぶりだな。」といい声で白い歯を光らせて言うのだ。
おれの目を通すと某世紀末にしか見えないんだが。
「マサくん!」と、猪の如く突撃していく。距離にして10メートル。
「おい濡れるぞ。」
誰かから制止の声がかかるが聞こえてないだろう。猪突猛進。車も猪も急には止まれない。
どん、とぶつかる前に高い高いの要領で持ち上げられ、小さな子供にするように腕に座らされてる。
「元気だったか?牛乳は飲めるようになったか?」
「牛乳きらい。」
「ダメじゃねェか。大きくならねェぞ、乳が。そんなんじゃ嫁に貰えねェな。」
「お嫁いくもん!」「いや、やらんわ。」「おいなに言ってンだロリコン。」「変態。」
ロリコンのせいでカオスな状態に陥った場に、誰もが動きをとめるほど涼しい風が吹いた。
残念ながら、なにかに敏感な体質の方々は思わずブルッとしたあと腕を擦っている。
この涼とした空気、おれにはだいぶ馴染みがある。
旅立って2日しか経ってないのに、つい微笑みが浮かぶ。
「おかえりなさい霊子さん。温泉はどうでした?」
おれの周りでくるくると風が舞う。すごくはしゃいだ雰囲気が伝わってくる。視えないけど霊子さん可愛い。視えないけど。
「愉しかったみたいですね。……おれを昏倒させた甲斐がありましたね。」
チクりと嫌味を混ぜる。笑顔にも少し黒さをだす。今回の温泉の件は腹に据えかねているので、一言物申しておかないと気がすまない。
今度はすごく焦った空気になる。なんか洗濯中の水流のような風にかわった。
親方があわあわしてる。心霊現象はじめてじゃないですよね?あ、初めてですか。
「もう怒ってませんからいいですよ。
ところで優子さん達は?駅で置いてきたんですか?」
おれがいつもの笑顔に戻り、風がふわりと薫った。
待ち人来たる。
「翔君!御願い、助けて!!」
3日前の日付変更前、まだまだ宵の口の時間。
優子さんが焦った様子で店に飛び込んできた。
一瞬、前回再起不能にしてやったストーカーが頭をよぎったが、それにしては悲壮感がないのでGかな?と辺りをつける。
いやそれにしても。
普段のお出掛けスタイルも美しいけど、美女のすっぴんスウェットは破壊力が凄い。すこし汗ばんだ肌に、濡れた髪からいい匂いを漂わせ、周囲に魅惑の華が咲き乱れる。
こうかはばつぐんだ!
バイト仲間の宮くんが、目をトロンとさせて鼻の下のばして完ッ全にもってかれてる。
「どうしました?明日から温泉旅行ですよね?」
混乱のバッドステータスになった宮くんを物理で正気にもどし、検品と称してレジから追い払う。
「そうなんだけど、そうじゃなくなって。でもそうしたらお部屋がわーってなって。」
「……さすがに異世界語は理解できないです。」
「だからね、霊子さんが……」
……いきなりおれの視界がホワイトアウトした。
何も聞こえないし何も感じない。
ただ目の前でさらさら流れる川を川縁に座って眺めていた。
目を覚ましたのは次の日の夜で。
おれが見ていた川は三途の川だったのではなかろうかと冷や汗が出た。
宮くんから話を聴いたであろう母ちゃんが、必死に笑わないように堪えながら事の顛末を説明してくれた。
裏のマンションの204号室に棲みついている幽霊?こと霊子さん。よくうちのコンビニにも遊びに来るが、今回はそんな近場じゃない。
現住民の優子さんの、隣県に2泊3日の温泉旅行へ憑いて行きたい、とご所望されたらしい。まぁ以前常連さんの車に乗車?して、離れた処にも移動していたから、移動はできなくはないとは知っていたけど。いたけどね?
……温泉行きたいンだ……? 煩悩すげェな。言わないけど。
優子さんは霊子さんが視えない。
どちらかと言えば感度も悪く、霊子さんの想いを雰囲気で伝えることもできない。
なのでちょっとした事などは、物を落とす、揺らすの怪奇現象で伝えているらしい。ちょっと愉しそう。
今回も勝手に着いていくつもりだったため特に何も伝えなかったが、旅行前日に事件はおこる。
「明日行けないの!?え?お父さんが?……腰やっちゃった?……そう。ううん。……わかったわよ。旅行はキャンセルしておく。」
204号室で明日からの旅行の準備をしていたら、母から電話がきた。父がぎっくり腰になってしまったらしい。
わたしは零れた髪を耳へかけ、少しだけ気落ちし、残りは父の心配をしながら母との電話を切る。
溜め息が知らず口から吐き出される。
ストーカー被害に遭ってからはなかなか帰宅もできなかった家族との、数年ぶりの温泉旅行だったのに……。父さんの馬鹿。はりきって車の洗車なんかするからよ。なんて家族の愛情に笑えば良いのか、旅行にいけないことに泣けば良いのか……。
とりあえず旅館にキャンセルの連絡をしないと……と、持ったままだった携帯が手から抜け落ち、床を滑る。誰かに引かれるように部屋の隅まで。
この時、はじめて部屋が異様に寒く暗いことに気がついた。
「霊子さん?どうしたの?」
声はかけるものの、あちらからのレスはわたしは受信出来ない。よくわからないのでまた携帯を拾いに行こうと腰をあげた途端、部屋全体が小刻みに揺れ始めた。
「やだ。地震?」
カタカタカタカタと揺れる小物を見て、大きくなさそうねと更に携帯に近寄る。逃げる。近寄る。逃げる。……愉しくなって壁際に追い詰める。すると。
携帯がふわりと目の前の高さまで浮いた。
見事に重力と引力の法則を無視して浮いてる。
振り返れば小物達も浮いてる。
わぉ。これがポルターガイストなんだー、なんて思わずサーカスでも観てるようなテンションになった。
でも小物達が竜巻みたいにぐるぐるしはじめたので、慌ててそのまま家を出てコンビニへ向かう。
草木も眠る前のこの時間では、依代のかなちゃんは働いていないけど、翔君がなんとかしてくれるだろう。
「それでね。アンタを強引に乗っとった霊子ちゃんが一言言ったのよ!」
「おんせんいきたい。」
母大爆笑。そしてあまりの萌えっぷりに悶絶。
おれは布団のうえで暫し茫然としていた……が。
そうですか。霊子さんそんなに行きたかったですか、温泉。
いつもより強引に降霊されたおれは、ほぼ丸1日目を覚ましませんでしたが。そんなに行きたかったですか温泉。
……おい誰か霊子さん喚んでこい。説kky……あ、もう出発した?え?朝バイトに出勤してきたかなちゃんに全部説明させたうえで、かなちゃんも一緒に温泉連れてった?湯上がり湯けむりはおれは見れないの?あかん。なんか色々悔しくて血の涙がでそう。
かなちゃんは、最近いれた新しいバイトさんでおれの嫁候補。可愛いし、肉付きもいいし、ツンデレ仕様なところも好感度大。そして最近かなり依代スキルに磨きがかかっている。
もとはといえば多少素質があるだけで、降霊される度に半日寝込むおれの保身のために見つけた依代。それがいまでは、調子が良ければ降ろさなくても話が理解できるそうだ。但しレディースデイ前の俗に月経前症候群と呼ばれる期間は、感度がゼロになり何も感じとれなくなる。
それでも他に類をみない希少素材だからね。大事に大事に逃げられないように囲っている。
しかし、依代スキルアップの弊害も無いわけではない。
旅行から帰ってきた優子さん宅に、荷物持ちと言う呼び名でちゃっかりあがりこむ。
これは色々オッケーってことでいいんですよね?と、項に光る汗を見ながら唾を呑み込む。
先程から鎖骨から胸の谷間に流れる汗が扇情的で、ショートパンツから伸びるナマ足に万年発情期なお年頃のボクは煽られっぱなしなんですが! え?先にシャワー浴びますか? おれはいつでも準備オッ「先輩。心の声が駄々漏れです。てか口からでてます。」「ぅほぉおぉぃっ!?」
うっかり心臓も口からでるところだったよ!
「い、いつ?いつから居たの!?」
振り返り少し目線を降ろせば、不快な顔を隠そうともしないかなちゃんと目が合う。冷や汗でてきた。
「最初からですよ。一緒に帰ってきたんですから。」
最初?最初から!?最近外にいるときの存在感がどんどん薄くなってない??つーか、おれがナマ足に見とれてたのも、でれでれしたのも全部見てたってこと!?「先輩が浮気者なのは知ってますので、お気になさらず。アタシも心は別のオトコに捧げてますので。」
真っ青になってあわあわしていたら、きっちりにっこり釘も刺された。
あーもー。また好感度下がっちゃったよ。嫁の攻略難易度高すぎだろ。てか2次元のオトコに捧げた心って、気がすむまで帰ってこないだろ。
かなちゃんの弊害がこれだ。コンビニ、もしくは霊子さんが近くにいない場合、極端に存在感が希薄になる。
霊子さん寄りに依代スキルが特化したことにより、他の幽霊が憑かないように、外では目立たぬよう調整されたらしい。そこに本人の元々の素質が重なり、生きてる人にも気づかれにくくなったとぼやいていた。
「おれにしか見えない美少女もいいなぁ……。憧れの青カ「おい黙れ。キャラ壊れてんぞ。」
「ねぇいま黙れって言わな「記憶にございません。」
「2作目にしておれの「おい2作目言うな。」
丁々発止とやり合っていたら、優子さんがぶふっと吹き出した。
「青春真っ盛りの君たちへ、好感度アップのチャンスをあげようではないか。山がいい?海がいい?」
「海!」「山!」
睨み合う。
「優子さんや嫁の水着姿が見たい!ポロリもあるよ!」
「涼しい山でキャンプしたい!」
睨み合う。
「……水着なら川でも着れます。」
「海じゃなきゃ興奮しない。」
「満潮で満ちる砂浜に埋めてあげましょうか。」
ふわりと空気が動く。
「…ん?霊子さんも混ざりたい?」
「何に?」
「山か海か選びたいって。」
「ではせっかくなのでプレゼンしますか。各々準備を整えて、夜にコンビニ集合で。」
かなちゃんが嫌そうにうひーって文句を言ってたけど、そのまま笑い流して場を辞する。
だってお兄さん、かなちゃんが舌戦好きなの知ってるもんね。
好きな子のリサーチは紳士の嗜みでしてよ。
夕涼み、虫の音がリーンリーンと……まだ初夏だよ!
秋を匂わす虫がフライングすぎたので説教して黙らせた。
コンビニに集まりしは、おれ、かなちゃん、優子さんの他に昼間いたマサさんを含む常連さんズ。たまたまコーラを買いに来た小柳のじさまも何事かと足をとめる。レジはバイトの宮くんが立ってる。
「それでは第1回、夏休みにどこ行くか会議を始めます。」
「よろしくお願いします。」
「それでは、先攻を後輩であるわたくしが、僭越ながら努めさせていただきます。」
かなちゃん伊達眼鏡なんかかけて本当に可愛い。先攻とるってことは余程自信があるとみえる。
いやぁ実際凄かったし熱かった。5分くらいのプレゼンで、みんなの興味はいま山へ傾いている。
だがしかし!先輩も負けるわけにはいかんのだよ?
拍手を終えて立ち上がり、プレゼンに使う雑誌を手にとった……
瞬間
雑誌が手品みたいに空中で音もたてず燃え上がった。
脇を見れば驚いたり震えながら笑ってたりと、反応は十人十色。
……おれは綺麗だとよく褒められる流し目をつい、と惜しみなく優子さんへ送る。間髪いれず、すっと目を逸らされた。
「……優子さん、598円です。」
逃がさんよ。
「……やはりッ!」
観念して財布を取り出す優子さん。
昨今はペットがだした損害だって、飼い主が弁償するんだから当然でしょう。
憑きモンがしたことは、憑かれてる側が払わないとね。毎度ありがとうございます。
お金をうけとり、雑誌を爆散されたことで山へキャンプで確定した。
ついでに、一連のやり取り遠巻きに見てた小柳のじさまより、孫のみるくちゃんを連れていって欲しいとお願いされる。
「息子の嫁さん……酷くなる一方でなぁ。」
じさまの表情が曇る。
「……そうですか。もちろん構いませんよ。マサさんがボディーガードでつきますから。」
「俺もカウントされてたのか。」
「マサさんが山男なのはネタあがってますから。」
「誰だ売ったのは。」
苦笑いしながら、土日ならとあっさり了承してくれた。
「割り込んでごめんなさいね。お孫さん?さっき見かけた子かしら?
お母さんの具合が悪いの?
一緒にお泊まりするなら、地雷は知っておきたいんだけど。」
優子さんから至極まっとうな質問がとぶ。
「おぅ。すまねぇなぁ。綺麗なお嬢さん。少し長い話になるが聞いてもらえるか?」
じさまが坊主頭をぽりぽりしながら口火をきる。
「勿論ですとも。」
じさまの話を要約すると、息子の嫁さんである幸子さんは、シンデレラ症候群の類いのうつ病にかかっているらしい。
いまだにいつか白馬に乗った王子様が迎えにきてくれると、信じて疑わない恐ろしい病気だ。
この類いの病気は完治が難しい。
特効薬が本人が現実を受け入れること以外ないからな。
嫁のことを誰かにきけば、誰もが口を揃えるほど幼い頃から筋金入りのメンヘラだったという。
息子さんとの政略結婚が、家族から生贄に捧げられたと青い髭的な話にはじまり、息子さんからの愛情を疑い一方的に拒絶し、徐々に徐々にいまなお脳内のお花畑はエリアを広げるばかりだ。
娘の存在が、母としての自覚をもたせられるかと思いきや、ファンシーな名前をつけ、幼少期は物言わぬペットか縫いぐるみかお人形のように可愛がっていた。
しかしみるくちゃんが幼稚園に通いだし、言葉を話し始めると、自分の思い通りにならないことに対して娘以上のヒステリーをおこすようになる。
それからはみるくちゃんの心の成長を危惧し、長い休みにはじさまが預かっていた。
今年の春、みるくちゃんが意図せず母の心にとどめをさし、いまは入院しているという。
……正直思っていたよりも、随分重かった。
「霊子さん。今夜みくちゃんに付いてて貰えますか?」
了。と返事のかわりに、どこかで風鈴の音がした。
じじの家のあたしの部屋は、ぼんやりオレンジ色になってる。
いつもひとりで寝てるから暗いのは怖くない。
でも今夜はばばと寝ればよかった。
あたしは悪くない。あたしは悪くない。あたしは悪くない。
大きなタオルに頭までくるまり、いつものじゅもんをとなえる。うとうとしてると、あの日のことが頭のなかいっりきたりする。
みんなの泣き顔。お父さんの背中。お母さんの恐い顔。
ばさっと反対をむいてまたじゅもんをとなえる。
あたしは悪くない。あたしは悪くない……。
目をこすって涙をふく。あたしは悪くない。だから泣かない。
とつぜん、お部屋の明かりがちかちかした。
ふわっと温かい空気があたしをつつんでくれる。
なにも考えられなくって、まるで温かいプールの中にいるみたい。
もうずっと前に、お母さんと一緒に寝たときみたいに、すごく安心する。
幸せだった頃の想い出が、たくさんたくさんでてくる夢を見た。あたしは嬉しくって、お母さんに甘えながらいっぱい泣いた。
「2作目も短編なのに1万文字突破しそうなんで、だいぶ端折りますけど。」
「おい2 作目言うな。」
昨日とだいたい同じ時間に、昨日と同じメンバーがコンビニに揃っている。
それぞれ霊子さんから召集がかかったとのこと。マサさんは夢枕に立たれたらしい。前回でだいぶ味しめてるな霊子さん。
かなちゃんがバイトの制服を着て腕を組んでたので、胸が強調……じゃなくて、接客業だからね。片手ずつ握ってあげた。片眉はあげたけど、直ぐに意図を理解してくれたので、握った手を離す。
そのまま姿勢を正しすぅっと息を吸い込んで、
「メンヘラママにみるく改名したい、と授業参観で公開処刑。」と、のたまった。
「わかりやすい。」「身も蓋もないな。」「それは酷い。」
「みくちゃんのバフ(防御)をあげても、母親のデバフ(攻撃力低下)が「かなちゃん日本語で。」……母親の状態は逢わないとわからないって。」
かなちゃんが肩をすくめて、これで終わりと息を吐く。
「入院してる病院の近くにキャンプ場があれば、一石二鳥なんだけどねぇ。」優子さんが頬に片手を添えて、溜め息をつく。
「あるぞい。」
「さすがご都合主義。」
「そしたら合間をみてつくもんに頼むって霊子さんが……つくもん?」
「九十九では。」「ポ○モンの仲間かと思った。」
「……って九十九神!?」
みなが一斉にかなちゃんを見る。
霊子さん、温泉地でレアスキルを獲得したらしい。
幽霊ってレベルアップするんだ……すでに結構チートだと思うんたけど……。
「お母さんが204号室の住人なら缶詰めでいじるけど、離れてるし、お布施くれな……ひゃぅ」
かなちゃんが誤訳をしたところで、強制的に選手交替になった。
うーん。お布施か?幽霊ならお供えだろ。それより密室に缶詰めでどこを弄るんだよ……。
「かながさいきんよごれてきた。」
「完全におれのせいですけど、澄んだ眼で言わないで下さい。罪悪感がすごいんで。」
「みくのははおやはたぶんねがふかいから、しょうきにもどすのにじかんがかかる。」
「あっちのつくもんにまかせる。」
「ちからはかす。」
「……めんどう。」「台無しです霊子さん。」
小柳のじさまははじめて見るご神託に、涙ぐんで手を擦り合わせて拝んでるけど。なんか言「なんまんだぶなんまんだぶ……」って、成仏させる気か!そこは「ありがたや~ありがたや~」だ!素人め!
ん?それも違うか?
もうすぐ夏本番。おれ達の暑くて仄暗い夏はこれからはじまる。
「先輩なに締めてるんですか。」
「え?丁度よくない?」
「キャンプに行ってすらないですよ?」
「だってキャンプ行ったら2万文字超えそうなんだもん。次回でよくない?」
「そうですね。ではまた次回。しーゆー♪」
「ポロリもあるよ!……霊子さんッ、ちょ、いま降霊はッ……らめぇッ!」
終われなくってすみません。ありがとうございました!