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89 虐殺の戦場

ゴールデンウィークスペシャル。

四話連続投稿です。

 戦争が始まったのは、コドクがシズクから解放された時だった。

 ユエイブワル帝国の兵達が、雪崩のようにして、雪の残る平原を駆けてくる。

 獣の群れのように、それは戦法も何もない、統率のとれているものではなかったが、数がある為に、迫力は凄いものだった。

 帝国兵の後方には、少しだけ身綺麗な集団があった。

 それは、精霊を隷従させた、魔術を使う後衛部隊だ。これも一目では数えきれないくらいにいたが、前衛にいる兵よりは圧倒的に少なかった。

 それも当然である。この草原の向こうに広がる森、そこに張られていた罠は、その後方部隊を集中的に狙っていたのだから。


 雄叫びを上げながら迫ってくる軍を、まるで路肩の小石でも見ているような目で見ていたコドクが、ふと呟いた。


「どうやら、プルプルの方も仕掛けるみたいだな。」


 コドクがそう言うや否や、地面の中から巨大な魔力が膨れ上がる。

 と、地面を突き破るようにして、巨大な何かが姿を現した。

 それは、幾重もの絡み付く蔦と、樹木でできた巨人であった。

 首はない。代わりに、その姿は町を覆う壁よりも高く、足一本ですら、大人十人が手を繋いで輪になったとしても、その中に収まらぬ程に太い。

 ただ、ひたすらに巨大。ユエイブワル帝国兵達が、思わず足を止めてしまう程に。

 そして、それで終わりでは無かった。

 次々と、地面を突き破り、出てくる巨人。その平原に、計五体の巨木人が揃った。

 それを見たコドクが、苦笑気味に呟いた。


「今思ったんだけどさ。これ、過剰戦力じゃないか?」



 そこから始まったのは、まさに蹂躙劇だった。

 逃げ惑うユエイブワル帝国兵を、巨木人が歩くだけで踏み潰していく。

 うっすらと雪で真っ白かった平原は、瞬く間に真っ赤に染まっていった。

 巨木人に、魔法を放つ者もいたが、表面に這っている蔦をいくらか吹き飛ばすだけとなり、魔法を放った者も、平原の赤い染みと化してしまった。

 まだ、一時間も経っていないだろう。なのに、ユエイブワル帝国兵はほぼ大半を森へと追いやられ、残った者も、最初にいた総数の十分の一にも満たなかった。

 だが、実力主義のユエイブワル帝国だからか。五体の巨木人をすり抜け、馬を駆ってくる者が一人いた。

 目を血走らせながら、持った馬上槍を構え、その男は雄叫びを上げながらプルプル達の所へと突っ込んでくる。


 プルプルが身構えた時、その男の進路を何者かが遮った。

 巨大な両刃斧と、馬上槍が、キイィィン!という音と共に、火花を散らしてぶつかり合う。

 僅かなこう着状態の後、男の方が力負けしたのか、馬が嘶きながら後退した。

 馬に乗った男が叫んだ。


「何者だ!」

「俺の名は、牛鬼。」


 短くそう答えて、牛鬼は身の丈以上の両刃斧を振るった。……肩に、怯えた様子のシェレアを乗せたまま。

 それを見た男の額に、青筋が浮かんだ。


「貴様、舐めているのか!」

「……舐めてなどいない。そも、シェレアには、指一本も触れさせる気はない。」


 牛鬼は、シェレアの乗っていない方の片手で、両刃斧を男に突き付けた。


「お前相手に、両手もいらん。片手で十分だ。」


 牛鬼の言葉に、男は裂帛の気合と共に槍を突き出した。

 空気を斬り裂くような、重い音と共に突き出される槍を、牛鬼は片手で持っている両刃斧を軽々と操って、石突で槍を弾いた。

 槍を弾かれ、体勢を崩す男に、牛鬼は弾いた流れのままに両刃斧を振るった。

 振るいながら、持ち手を滑らせる事によって両刃斧の間合いが変化し、男の首を薙ぐ軌道で刃が迫ってくる。


「オオオオオッ!!」


 男は叫びながら、ギリギリで柄を盾にする事によって斧の一撃を防いだが、その一撃は片手で振るわれたとは思えない程に重く、男はそのまま馬の上から弾き飛ばされた。

 けたたましい音を立てながら雪の残る平原を滑る男。

 男は槍を地面に突き立て、吹き飛ばされた勢いを止めた。

 と、前を見た男に影が差す。

 背筋に氷塊が這うような寒気が走り、男は何も考えずにそのまま横に飛んだ。

 ドオンッ!!という何かが爆発するような音と共に、土塊が弾け飛ぶ。男がさっきまでいた場所に、巨大な斧の刃が刺さっていた。

 その刃が、ゆっくりと持ち上がる。

 牛鬼は、両刃斧を振り上げると、物凄い勢いで斧を片手で振り下ろした。

 咄嗟に槍を掲げ持つ男だが、勢いの付いた斧は、紙を切るように槍を切り裂き、男を真っ二つに両断した。




 さっきまで真っ白だった平原は、血と肉によって、真っ赤な色へと変貌していた。

 登ってきた朝日が、更にそれを赤く染め上げる。吹いてきた風が、濃厚な血の匂いを運んできた。

 その匂いを嗅いでしまったシェレアが、青かった顔を更に青くして、口元を手で覆った。

 その場にいる人間全てが、顔を青くしていた。振るってしまった、振るわれた暴力の、その惨状を目の当たりにして、薄ら寒いものを感じていた。

 全身を覆う寒気に、震えるシェレアに、牛鬼が心配そうな色を滲ませ、声をかけた。


「シェレア。大丈夫か?」


 シェレアは、ただ無言で首を振った。声が、出なかった。

 覚悟の上だった。だけど、それを目の当たりにした時、その力に、シェレアは恐怖を抑える事ができなかった。

 人を一人殺しても、目の前で沢山の人が虐殺されていっても、牛鬼は顔色一つ変えなかった。魔界で生まれ育った牛鬼にとって、命の奪い合いは慣れたものだったが、シェレアは違うのだ。

 その事に、シェレアは途方もない寂しさを覚えた。この恐怖だけは、この感情だけは、牛鬼とは分かり合えないのだ、と。


 雪が、静かに降りだした。

 真っ赤なその色を、覆い隠すかのように。

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