88 人殺しと罪
離れているとはいえ、戦場の雰囲気に気圧されたのか。プルプルの後ろにいた女性が、不意にブルリと震えた。
そんな女性に、プルプルは振り返りながら問いかけた。
「怖い?」
「い、いいえ!そう言う訳では……」
それでもまだ、若干震えている女性に、プルプルは申し訳無さそうに言った。
「怖い、よね。あんなに大勢の、殺意を持った人間が押し寄せてくるんだし、何より…」
いったん言葉を切って、プルプルは言った。
「これから行うのは、人殺しだから。」
プルプルのその言葉に、女性は、思わず唾を飲み込んだ。
すると、別の男性―――元々兵士だったが、魔物に方腕を奪われて退役していた―――が、声を上げた。
「プルプル様。しかし、これは、町を守るための戦いです。」
「確かに、そうだね。だけどね、今から行うのは、君たちにとっては同族殺しであり、人殺しである事は変わりないんだよ。
これは、誰かの未来を奪う、本当はやってはいけない事。だって、敵兵である彼らにだって、家族がいて、そして未来があるんだから。」
プルプルはそう言うと、一つ跳ねて、ここにいる五人を(プルプルに目は無いが)見渡した。
「それでも、プルプル達はその罪を犯さなくてはならない。プルプルだって、町の皆の未来を奪われたくないし、ここに集まった皆だって、そう。
だから、皆ちゃんと覚えておいてね。今から行うのは、正義でも必要悪でもない、悪いことなんだって。
命を奪うことを、誰かの未来を奪うことを、良い事だと思ってはいけないよ。」
真剣な声音でプルプルはそう言った。だが、そう言うや、プルプルは申し訳なさそうに、弱々しく震えた。
「ごめんね、皆にこんな罪を背負わせて。本当は、プルプル一人でやるつもりだったんだ。
もし、その罪に耐えられないのなら、今から抜けてもいいよ。プルプルのせいにしてもいい。」
プルプルがそう言うと、さっきの男性が、目に強い光を浮かべながら、残った片腕で胸を叩いた。
「プルプル様、俺は元々兵士です。人も、殺したことがあります。そんな罪人の私が、その罪に耐えられぬ訳がありません。
俺には、戦う事しか能がありませんでした。だから、兵士でなくなって、腐っていた俺に、この話を持ちかけてくださったプルプル様には感謝しているんです。
確かに、人殺しは悪い事なのでしょう。しかし、それをプルプル様お一人に押し付け、この町でのうのうと生きるつもりはありません。」
すると、震えていた女性も、決意を秘めた目で、プルプルに言った。
「そ、そうです!確かに、私は、人を殺したことはないけれど……でも、覚悟はもうできています!
プルプル様、あなたはもう、この町の、立派な住民の一人です!あなたがその罪を背負うというのなら、私も一緒に背負います!」
他の三人も、それに同調し、頷いていた。
皆、自らが何を行うのかを自覚し、そして覚悟を決めてこの場にいた。
五人の持っている杖、『巨木人の杖』のデメリットも知った上で、皆、この場にいるのだ。プルプルは、町の皆から、それだけ愛されていた。
「……これが、絆、というものなのか。」
「愛されている、という事です。」
いつの間にかやって来ていた牛鬼とシェレアが、そう呟いた。
感動か、歓喜か、身体から大輪の花を咲かせたプルプルが、ピョン、と飛び跳ねた。
「そうだね。プルプル、嬉しいよ。
うん、だから、頑張らなくちゃ!皆の絆を守るためにも、未来を守るためにも!
皆お願い、力を貸して!」
プルプルのその言葉に、五人の人々は、杖を掲げ持って、同時に声を上げた。
そんな、プルプル達の様子を、コドクとシズク、星花の三人は、町の外壁にある見張りの為の塔で眺めていた。
小鳥の姿のコドクに合わせたのか、シズクも紫色の蛇の姿で、コドクに寄り添っている。
ふと、星花が、ぽつりと呟いた。
「人を殺すのは……罪なのでしょうか。」
星花は、一度、ルリィドユアー国で、大量の人々を虐殺した事があった。だからだろうか、星花は、プルプルの言った言葉に、思わず反応していた。
コドクは、その呟きに、振り返りもせずに答えた。
「別に、罪でもなんでもないだろう。理由も無く、いくつもの命を奪うのはどうかとは思うけど、どの道、行き着く答えは『弱肉強食』だよ。
強い者が奪い、弱い者は奪われる。それは、この世の真理だ。」
そこまで言うと、コドクは、ふ、と笑った。
「まぁ、だからといって、あのユエイブワル帝国の皇帝のようになっていたら、お笑いだけどな。
あれは、求めるものを間違えた。本当に求めているものは違うのに、強さだけに盲目的に固執したばかりに、あれは欲しいものを失った。
力は、ただの力に過ぎない。使い方を間違えれば、使う者も、その周りも巻き込んで破滅へと導く。」
「ユエイブワル帝国、滅ぶのですか?」
「滅ぶだろうね。今のままだったら、間違いなく。」
しばらくの間、二人はそう言って静かに笑いあった。
すると、コドクが振り向いて、星花を見た。
「プルプルも、間違ってはいないよ。そもそも、この世に正解などありはしない。
人間は、群れて、『社会』という名の檻の中で暮らす生き物だ。社会の中で生きる以上、ルールが必要になってくる。ま、それが、法律って奴だな。
人が人を殺していけない、というのは、要は仲間同士で殺しあってはいけないよ、っていう事と同じなんだろ。もしくは、人間という種を絶やさぬ為の本能かな?
人殺しを罪とするかどうかは、その人の自覚次第だ。ただ、まぁ、誰かの未来を奪うんだ。その責任は、背負わなくちゃならないだろうね。」
コドクの穏やかな声に、星花は神妙な様子で呟いた。
「奪われた者の、未来を?」
「そうだ。生き物は、命を食らわねば生きていけない。
だからこそ、奪った分だけ、生きなくてはならない。いつか、死という終わりが来るまでね。
それが、生きるものの義務なんだろうさ。」
そう言って締めくくったコドクに、シズクが巻きついた。
口から素早く出入りする舌がコドクを舐め、シュルルル……と鳴く。まるでそれは、舌なめずりをしているようだった。
「ならば、私はジルナを食べるのです。」
「おいこら、何故そうなった。締め付けるな、口を近づけるな、痛いいた」
コドクの声がくぐもって聞こえてくるのを、さり気なく目を逸らして聞かなかった事にしてから、星花は再び視線をプルプルに向けた。
いまだに大輪の花を咲かせるプルプルに、星花は、何か言おうと口を開いたが、その口から言葉が出ることは無かった。
その代わりではないだろうが……星花は、淡い笑みを浮かべた。
その笑みは、どこか、寂しげなものだった。




