8 余計な心配
2話連続投稿。
三人称視点スタート。
「……さて、次は大気に属するものの魔術を教えるよ。」
コドクは諦めたような苦笑を浮かべると、視線を前に戻しながらそう言った。
コドクは、大気中に魔力を流して込み、魔術を使ってそよ風を吹かせてみせた。
「こっちは、大地と違ってそんなに種類は無い。
ただ、風を起こすならともかく、空気を固めて固定化させたり、壁にしたりすると、結構魔力を使うから注意する事、って所かな。
自在に操れるようになれば、雨雲を発生させたり、台風なんかの自然災害も起こせたりする、強力なものになるよ。
比較的簡単で攻撃にも使える魔術は、風を圧縮したうえで、鋭くして射出する事かね?」
ユーナが呆れたようにコドクを見つめる中、カナンはこくりと頷いた。
「こう?」
風でできた刃が、放たれる。…コドクに向かって。
だが、今度はコドクも予想していたのだろう。空気を固めて固定化した壁で、その魔術を防いだ。
カナンが、不満そうに唇を尖らせた。
「むう、ずるい。」
「いや、だから俺にやるなよ。そこに魔物がいるだろうに。」
コドクが困ったように笑いながら、そう言った。
ユーナは、頭を抱えたい気分になった。自分に向かって危ない魔術が使われたというのに、怒りもしないのもそうだが、コドクが色々と規格外過ぎる事に、今更、頭が痛くなってきたのだ。
すると、コドクは、今も檻に体当たりしている魔物に目を向けた。
「なあ、カナンよ。お前、火の魔術も使えるんだろ?」
「ん。」
短く肯定するカナンに、コドクは頷いた。
「なら、その魔術を使ってみてくれ。多分、威力が上がっている筈だから。
……あ!使う相手は俺じゃなくて、あの魔物にだからな!」
慌てて言い直すコドクに、カナンは頬を膨らませた。
「……けち。」
「俺を燃やしてどうするんだよ……」
コドクが溜息を吐くと、カナンは渋々といった様子で、軽やかにコドクから飛び降り、地面に手を付けた。
すると、魔術が発動し、土の檻の隙間を埋めるようにして、魔物が入っている檻に土が付いた。
その様子に、ユーナが首を傾げた。
「あれ?火の魔術を使う訳ではないのかしら?」
コドクは少し考え込む素振りを見せると、カナンが何をしようとしているのか、分かったのだろう。「まさか…」と言いながら、カナンを凝視した。
「カナン、お前まさかあの魔物を、密閉した空間の中で焼き殺すつもりか……?」
「ん。」
コドクが若干驚きながらそう言うと、カナンは笑みを浮かべながら頷いた。
カナンは魔力を操って、檻の中に火を熾した。土で密閉された檻の中から、熱い炎で炙られた魔物の悲鳴がくぐもって聞こえてきた。
すると、その魔術の威力を感じ取ったユーナが、驚きの声をあげた。
「あ、本当だわ!前よりも、火力が上がってる……なんで?」
「そりゃ、カナンの霊脈を整えたからだな。魔力の漏れが少なくなったから、魔術の効率が良くなったのさ。
他にも、霊脈を整えると魔力の操作精度も良くなるし、体調も良くなるしね。」
コドクのその言葉に、カナンは、いきなり霊脈を調整された時の状況を思い出したのだろう。顔を真っ赤にすると、コドクを睨んだ。
「…えっち。」
「いや、本当にごめんなさい。まあ、嫌だったら、自分でできるようになった方がいいよ。色々と便利だからな。」
コドクは顔を背けると、気まずそうにそう言った。
それでも、じいっとコドクを見つめ続けるカナンを見かねて、ユーナが責めるように言った。
「コドク、あなたが悪いんだから、責任取って、何か賠償でもしなさいよ。」
「む、むう。仕方がないか……カナン、何がいい?」
コドクの問いに、カナンの目が揺れた。
カナンは迷ったように目を泳がせると、もじもじとしながら、コドクを上目づかいで見上げた。
「そ…その、ね?」
「お、おお。なんだ?」
コドクは、胸の内に広がる、自分でも訳の分からない衝動に戸惑いながらも、カナンに聞き返した。
カナンはコドクから目を逸らすと、ぽつりと呟いた。
「…霊脈。」
「……え?」
「だから、霊脈!その、毎日、やって欲しいの……」
カナンのその言葉に、思わずコドクとユーナは顔を見合わせた。
「「……ええぇぇ!!??」」
そして、二人共目を丸くし、同時に叫んだ。
ユーナが、コドクを睨み付ける。
「ど、どうするのよ!?あなたのせいで、カナンがおかしくなっちゃったじゃない!この、コドクのロリコン!」
「いや、だからなんでロリコンなんだよ。
って、痛い、痛い、つつくなこら。」
キツツキも真っ青な速度で、コドクの頭をつつくユーナに、カナンが顔を真っ赤にして叫んだ。
「ち、違うの、そうじゃないの!
これは、体が軽くなるし、魔術を使う時にもいいから、頼んだだけなの!
ちょっと気持ち良かったとか、そういうのじゃないのよ!?」
ユーナは、カナンの最後の言葉にピクリと反応すると、コドクをさらに睨み付けた。
「コ・ド・ク~~!!よくも私の友達を汚してくれたわね!!絶対に許さないんだから!」
「汚したって……俺はそんなつもりは無くてだな……」
「問答無用っ!!覚悟しなさい!」
ユーナは、そう叫ぶなり、コドクに向かって火を吐いた。
コドクはその火に対して、闇を薄く広げると、それを壁にして火を吸収してしまった。
すると、不意に、ボソッとコドクが呟いた。
「……この霊脈の調整、精霊であるユーナにやったら、どうなるんだろう?」
コドクの呟きに、ユーナは慌ててコドクと距離を取ると、わなわなと震え出した。
「な、な、ななな……!何を言っているのよ!?へ、変態!近寄らないで!!」
「いや、でもなぁ…。改めて見ると、ユーナの霊脈もちょっと荒れているんだよな。
本当に大丈夫?」
「私は結構よっ!やるなら自分で調整するわ!!」
心配そうに言うコドクに、ユーナはそっぽを向いてそう言い放った。
コドクに悪気が無いというのが、今の心配そうな様子で分かるだけに、本気で責められないユーナであった。