5 不器用な慰め
コドク視点スタートです。
さて、カナンと契約した俺であるが、一つ問題が浮上した。
「……大きい。」
「そうなのよね。こんな大きい巨躯、町に入るかしら?」
そう。例え帰ったとしても、俺が大きすぎて色々不便との事だった。
だが、それに関しては、問題ない。
俺は、カナンの影に足を付けると、そのまま影と同化し、影の中へとするりと入り込んだ。
「「え?」」
目を丸くし、綺麗にはもる二人。
『そんなに、驚く事か?ただ、影の中に入っただけじゃないか。』
影の中で、不思議そうに首を傾げながら言った俺だが、言ってから気が付いた。
そういえば、普通の生き物は、影の中に入り込んだりはしないね。俺は精霊だけど。
俺が相手にしていた魔物は、影どころか闇を作って、その中に入って、奇襲や闇討ちしてくる奴なんてザラにいたから、すっかり忘れていた。
俺がそんな事を思っていると、カナンはしげしげと自分の影を見つめ、ぽそりと呟いた。
「…合わない?」
いや、何がだよ。
カナンは、無口なうえ、言葉が足りないから、その言葉の意味を理解するのが困難である。
ただ、これには例外があるようで。
「そうね。……あんな大きい体を、どうやってこの影の中に入れたのかしら。」
「うん。」
どうやら、ユーナはカナンの言葉を理解できるようである。これが、友情パワーとかいう奴か……
前世でも友達なんていなかったから、俺には達する事のできない境地にあるのだろう。
カナンが結界の穴を通り、帰路についていると、コドクが影から器用に頭だけを出し、カナンに問いかけた。
「なあ、カナンよ。お前、こんな時間に外をうろついて大丈夫なのか?」
「……私は、大丈夫。」
「「私は」?何か、引っかかる言い方だな。」
コドクが不思議そうにそう言うと、カナンは少し悲しそうに、目を伏せた。
「皆、必要としていない。」
カナンがそう言うと、コドクは困ったようにユーナを見た。カナンの言葉が足りなくて、何を言っているのか、コドクには分からないのだ。
ユーナは、そのコドクの無言の訴えに、言い辛そうに、口ごもりながら言った。
「その、ね。私のせいで、弱い精霊としか契約できなかったでしょう?
だから、カナンは親から冷たく扱われているの。だから、誰も心配してくれないのよ。」
不意に、ユーナの目に、強い憎しみが滲み出た。
「人間って、酷い生き物よね。神様を裏切って神宝を盗んだ挙句、それを悪用して、精霊界から無理矢理精霊を降ろして、強制的に契約しているのよ。
その神宝は、人間の一番偉い人達が持っているみたいだけど、それの模造品が人間界に大量に出回ったせいで、精霊界から力の弱い精霊が降ろされて、人間界で消えてしまう精霊がいっぱいいるのよ。」
怒りに震えながら、そう言うユーナに、コドクが目を細めながら呟いた。
「そして、お前も、その被害者な訳だ。」
「……ええ、そうよ。私も、カナンがいなかったら、今頃、こうしてここに存在する事すらできなかったでしょうね。
その神宝で契約できる精霊は一人までだから、弱い精霊だと、そのまま契約もせずに捨てられるの。
人間界は、精霊界より魔力濃度が薄いから、力の無い下位精霊は、存在を保てないのよ。だから、消えてしまう。」
ユーナは、宙を睨み付けると、悔しげに言葉を押し出した。
「私に、力があれば……!何度もそう思ったわ!
精霊界にいた、たくさんの私の友達も、人間の手によって殺された!
今も、カナンの手助けすら、私にはできないのよ!
私は、私にはっ……!見ている事しか、できなかった……!」
そう言って、涙を流し始めたユーナに、カナンが心配そうに、頭を撫でた。
そんな二人に、不意に柔らかい影が差した。
驚いて二人が上を見上げると、そこには、いつの間にか影から出たコドクが、二人を翼で包み込むようにして、見下ろしていた。
ふわふわで、濡れたように光を反射する羽が、カナンとユーナの頬をくすぐる。
コドクは、まるで闇夜に浮かぶ満月のような目を細めると、静かに呟いた。
「俺には、カナンの親代わりになる事も、ユーナの失った友達の代わりになる事もできないが……
それでも、話し相手や、相談役になる事くらいは、できる筈だ。
俺のできる事だったら、できるだけ力になってやる。だから、泣かないでくれ。」
コドクのその言葉を聞きながら、ふと、カナンは気が付いた。
コドクは、自分の柔らかい翼で二人を撫でる事で、コドクなりに慰めようとしているのだ。
カナン達を傷付けない為なのか、鋭い爪の生えた指を、握りこむようにして内側に曲げている。
よく見ると、コドクの目線も、あちらこちらへと向いていて、どこか迷っているような、そんな目であったのだ。
それは、まるで、泣いている赤子を前に、どうやってあやせば良いか分からなくて、あたふたしている人みたいであった。
それに気が付いてしまうと、さっきまでの恐怖を覚える真っ黒で大きな巨躯と、今の、恐ろしいイメージに合わない、その様子の違いの可笑しさに、カナンは笑いをこらえる事ができなかった。
口元を手で覆い、お腹を抱えるようにして震えているカナンに、コドクが戸惑ったように言った。
「え、ええと。俺、何か笑うような事、したか?」
カナンは、無言で首を横に振った。
カナンの中にあった、コドクに対する恐怖が、少しずつ薄れていく。
ユーナも、同じ事を思ったのだろう。不意に吹き出すと、可笑しそうに笑いながら、コドクに言った。
「ふふ、何、それ。あなた、全然似合ってないわね。」
「わ、悪かったな、似合わなくて。これでも、俺なりに考えたんだぞ。」
「そう、なら、せめて戸惑ったようなその仕草はやめなさいよ。見た目が恐ろしい分、ギャップが凄くて、笑いしか誘えないわよ?
ああ、そうだわ。力になってくれるのなら、さっきみたいな魔術の使い方を教えてよ。いいんでしょう?」
ユーナが、ちょっとばつが悪そうに、そっぽを向きながらそう言うと、コドクは頷いて言った。
「勿論。俺の知っている事なら。」
来週も、2話投稿予定。