3 ユーナの決意
一人称視点。
主人公の名前がまだ無い……。
なんか、小鳥の目の色が変わった。
決意を秘めたような、強い光を浮かべた目で俺を見てくる。
……うむ、これでいかに俺が危険であるかが分かった筈だ。だから、敵対とか止めて、帰ってくれると嬉しいのだが。
ただでさえ、これが人為的に起こされたもので、今後、なんらかの形で面倒事が降りかかってくる身としては、ちょっとした面倒事も避けたいのだ。
だから、こう、なんか立ち向かうような雰囲気は止めて欲しい。これでは、まるで俺が敵みたい……って、この話を聞いたらそうなるか。
俺がそんな事を考えていると、小鳥は少し震えながら(明らかに怯えている)口を開いた。
「ね、ねえ、あなた?名前、無いんでしょ?」
「うん?確かに、今はもう無いけど……それが?」
「(今は?)い、いやぁ、不便じゃない?名前が無いのって?
だ、だから、私の友達が考えてくれるから、名前を貰ってはいかがかしら?」
何やら、あたふたとしながら、必死にそう言う小鳥。
なんか、小鳥の後ろで、女の子が小鳥を見ながら目を丸くしているけど、いいのだろうか?
ふむ、しかし、名前か。
今や前世の頃の名前を思い出せない身としては、確かに、無いと不便ではあろう。だが、それは人間だったらの話だ。もう人間じゃないみたいだし、そこまで執着するものでもない気がするのだ。
というか、そんな事を考えている内に、何やら女の子が小鳥に訴えている。
小鳥が、「大丈夫よ、私に任せて!」と言っているが、名前を考えるのはお前じゃないだろうが。
……いや、待て。何か引っかかる。
名前を付けるのに、自分で付ければ良いものを、なんでこいつは、わざわざ女の子が付ける、と言ったんだ?
女の子の言葉は、小鳥には理解できていて、俺には理解できないのは、俺の英語の理解能力の無さじゃなくて、そこらへんに理由があるのではないだろうか。……いや、別に、俺の英語の成績の悪さから目を逸らしたくてそう思っている訳ではない。ないったらないのだ。
そう思って見れば、何やら女の子と小鳥の間に、一本の糸というか、何か繋がりのようなものが見える。
う~ん。ちょっと遠回しに聞いてみようか。
「なあ、そこのお前。」
「うひゃぁ!な、何!?」
「ああいや、ちょっと気になった事があって。
名前があると便利、と言っているという事は、お前にも名前があるという事だよな?」
「え?ええ。あるわよ。ユーナっていう名前がね。」
「へえ。……いい名前だな。誰に付けて貰ったんだ?」
俺がそう言うと、小鳥―――ユーナは、どこか誇らしげに胸を張って答えた。
「勿論、私の友達のカナンよ!」
「ふむふむ。その、お前の後ろにいる女の子だよな?」
「ええ、そうよ!人間にしては、とっても良い子なんだから!」
どうやら、本当に仲がいいらしい。ユーナが自慢するようにそう言うと、後ろにいた女の子―――カナンも、俺にお辞儀してきた。
「そうかそうか。名前を貰えば、カナンの言葉も理解できるようになるのかね?」
「そうよ。契約って言って、特別な繋がりを持つ事ができるの。
私とカナンは、契約しているから、言葉が通じるようになったのよね。」
俺が一人事を呟くようにしてそう言うと、ユーナが頷きながらそう言った。
だが、なるほど。ユーナが、何をしたいのかが、だいたい分かったぞ。
どうやら、ユーナは、俺をなんとかしてカナンと契約させたいらしい。
何を企んでいるのかは分からんが、契約の事を避けて、名前の事を前面に出して言ってきた事を鑑みるに、何やら後ろめたい事か、俺に不利になる事でもあるのかもしれない。
怯えていたのは、その事がばれて、俺の怒りを買う事が怖かったからなのだろう。俺と、自分達の力の差ぐらいは、相手も分かっている筈だ。
…まあ、だからと言って報復する、という訳でもないのだが。
もう、むやみやたらに殺すのも、疲れる事もこりごりである。
これからは、ずっと寝て暮らしたい、というのが俺の本望だ。……まあ、そんな願いも叶いそうに無いが。
ならば、どちらの方が楽か、という事だろう。
もし、ここで契約しないとするならば、確かに、今の面倒事から避ける事はできるだろうが、いずれ、この蠱毒を企てた奴と、無知で、かつ一人で相手取らなければならないのだ。
だが、カナンと契約するならば、少なくともこの世界の情報を知ることができる。言葉も分かるようになるみたいだし、ユーナを見る限り、そんな気にするようなデメリットも無い気がする。
それに、もしカナンの人間としての地位が高ければ、儲けものだ。蠱毒を企てた奴も、早々俺に干渉できないだろうし、色々楽ができるかもしれない。
そこまで考えてから、俺はユーナに言葉をかけた。
「なるほどね。で、なんでそこまでして、俺とカナンって子を契約させたいんだ?
別に怒ったりしないから、言ってみなさい。」
俺がそう言うと、ユーナは、びくりと身を震わせた。
ユーナは、恐る恐るといった様子で、俺を見上げる。
「その……本当に、怒らない?」
「ああ。怒ったりしないよ。」
ユーナは、躊躇うように唸ると、俺を強い視線で見上げた。
「分かったわ。でも、例えあなたにとって腹が立つ事でも、カナンには手を出さないで。お願い……!」
そう言われると、俺が悪役みたいになってしまうのだが。というか、俺には、女の子を虐めて喜ぶ趣味など無い。
…まあ、いいか。それだけ、ユーナにとって、カナンは大切な存在なのだろう。
カナンの方もハラハラしているのか、心配するようにユーナを見ているし、さっさと頷こう。
前世では、こんな風に、大切な人というのがいなかったから、ちょっと羨ましい。この二人は、俺より幸せ者である。
来週も、2話連続投稿予定。