2 仕組まれた蠱毒
2話連続投稿です。
三人称視点で始まります。
薄暗い森の中、逃げる事を諦めたその生き物は、こちらへと向かってくる二つの気配を待っていた。
もうこうなったら、相手が自分を見て逃げてくれるのを願うだけだ、とその生き物は思っていた。
暗い木々の合間から、その気配の持ち主が姿を現した時、思わずその生き物は目を見開き、その姿をまじまじと見つめた。
それは、人だったのだ。
小学生くらいの歳の子だろうか、肩から肩甲骨あたりまでの長さがある赤い髪の持ち主の、小さな女の子である。
「―――っ?」
女の子が、驚いたように何かを呟いた。
だが、その生き物には、何を言っているのか、さっぱり分からなかった。
その言葉は、明らかに日本語では無かったのだ。
前世で、英語と古文の教科の成績が、ぎりぎり2だったその生き物に、外国の言葉を訳す能力などあろう筈もない。
その生き物が、女の子をずっと見つめていると、女の子が怯えたように後ずさった。
そして、何やら全身燃え盛っている小鳥が、その生き物の目の前に飛び出てきたのだ。
「私の友達に、手を出すな!」
その小鳥がそんな事を言うものだから、その生き物は更に驚いた。
それは、言葉では無かった。まるで、心の中に響いてくるような……そんな感覚だった。
ともかく、その生き物は感動した。
今まで、言葉を交わすどころか、理性も何もない生き物ばかり相手にしていたから、知性のある生き物に会えて嬉しかったのである。
俺が、あまりの驚きと嬉しさに涙を流していると、小鳥が戸惑ったような声をあげた。
「え、何?なんで泣いているのよ?」
「ああ…今まで、目を合わせたら、すぐに襲いかかってくるような奴ばっかり相手していた中で、言葉が通じる相手がいたから、感動しているんだよ……」
なんとなく、小鳥がやっているような方法で話してみると、言葉が通じているのが分かった。
ああ、相手が目を合わせるだけで、攻撃してくるような奴じゃなくて本当に良かった。
と、そこまで考え、ふと、思う。
今までが普通じゃ無かっただけで、これが普通なんじゃね?
どれだけ、あの殺し合いの日々の状況に毒されていたんだよ、俺…。
俺が密かに溜息を吐いていると、小鳥が不意に首を傾げた。
「あれ?あなた、図体がでかいから魔物かと思ったら、精霊じゃない。
なんであなた程の力を持った精霊が、人間界に降りているのよ?」
「……はい?」
ちょっと待て、なんだって?
魔物?精霊?人間界?
「説明を要求する。
魔物……は、まあ予想付くけど、精霊って何?」
俺が小鳥にそう言うと、今度は小鳥が呆気にとられたような顔になった。
「え?精霊は、精霊よ。あなただって精霊でしょう?
だってあなた、瞳の色が金色じゃない。魔物だったら、瞳は赤色よ?」
そこまで小鳥にそう言われて、思い出した。
そういえば、殺し合った相手の目の色は、全員赤色だった筈。
なるほど、と納得した俺は、もう一つ質問を重ねる事にした。
「じゃあ、人間界ってのは?」
「あなた、本当に分からないの?まあ、いいわ。
人間界は、魔界、精霊界、神界の最下層にある世界よ。
神界が最上層で、精霊界、魔界、人間界の順にどんどん下がっていくわ。
神界は、神様が住んでいる世界ね。何でも、瞳が綺麗な青色らしいわ。」
説明するのが楽しいのか、声を弾ませて喋り出す小鳥。
だが、この説明から察するに、この小鳥は神様とやらに会った事は無さそうだ。
まあ、ここで突っ込むと話がややこしくなりそうだから、何も言わないけど。
「それでね、精霊界が、私達精霊のいる世界よ。あなたは知らないかもしれないけど、人間界や魔界よりも、とっても綺麗な世界なんだからね!
で、魔界なのだけれども、この世界が一番酷いの!ごちゃごちゃしているし、汚いし、住んでいる魔物は殺して食う事しか考えていないし!
……ただ、たまに精霊をも超える魔物がいるから、侮れないのよね。
で、人間界が、今私達がいる世界よ。主に住んでいるのは人間ね。」
「……へぇ。なるほど、人間界、ね。
…なぁ、お前。蠱毒って、知っているか?」
とある思い付きから、それを確かめる為にそう切り出すと、小鳥は首を傾げた。
「コドク?何、それ。」
「蠱毒っていうのは、呪いの一種でね。毒を持った生き物……まあ、蛇やムカデなんかを壺の中に閉じ込めて、共食いをさせる訳だ。」
「ふぅん……で?」
「それで、その中で生き残った生き物を、神霊として祀り、その毒を使ったり、呪いの触媒に使ったりするんだとさ。
で、ここからが重要な話でね。
俺が逃げていた時に気が付いたんだけど……ここ、見えない壁のようなものが四方に張り巡らされているんだよね。」
俺がそう言うと、小鳥は何故か胸を張るような仕草をした。
「それは、結界よ。魔物を閉じ込めておく為のね!だから、ひびが入っていたとはいえ、入るのにちょっと苦労し……え?ちょっと待ってよ!じゃ、じゃあ、ここにいる筈の魔物は……!?」
どうやら、相手も気が付いたみたいだ。
俺は、小鳥のその問いに、鋭い爪の付いた指で、自分を指しながら答えた。
「俺の、腹の中だな。
要するに。」
これは、人為的に起こされた、大規模な蠱毒だったという訳である。
その精霊の話を聞いた小鳥―――ユーナは、その話の内容と、そこから考察できる精霊の正体に真っ青になった。
もし、その精霊の言っている事が正しければ、人間が何かを企んでいた事になる。
ユーナにとって、人間とは碌な事をしない、生きているだけで有害な生き物だと思っていた。
ユーナの傍で怯えている友達の女の子こそ、悪い人間では無いが、大人は何をするか分からない。
と、そこである事をユーナは思い付いた。
もし失敗すれば、この精霊を悪い人間の手に渡る事になってしまうし、その前に自分達がこの精霊の怒りを買って殺される危険性がある。
ただ、成功すれば、この友人の悩みを解決する事ができるかも知れないのだ。
ユーナは、決意を胸に秘め、その精霊の金色の目を真っ向から見つめた。