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1 疲れ眠る蠱毒の勝者

一人称視点。

 俺が、俺として目覚めたのは、いつ頃だっただろうか。

 とある生物は、地面に寝転がり、夜空に浮かぶ満月を見上げながら、そんな事を思っていた。


 気が付いた時には、ただただ殺し合って、食い合っていた。

 驚く暇も、戸惑う猶予すらも、俺には与えられていなかったのだ。

 あの争いの無い日本と違い、ここは血と肉、狂気と恐怖で溢れかえっていた。

 周りにいるのは異形の生き物ばかりで、言葉を話す者も、人の姿をしている者も、一つとしていなかった。

 それらが皆、殺し合い、喰らい合っているのだ。

 無論、俺もその対象であったのは、言うまでもない。

 訳も分からぬまま、ただ生き残る為に、いくつもの命を奪い、言葉で表せない程の酷い味のする肉を食らった。



 酷い怠さと、砂を噛むような虚しさが胸から込み上げてきて、思わず、俺は溜息を吐いた。

 ここは、日本ではない。それだけは確かだ。

 というか、あんなアメーバ状の巨大な生物や、首がいくつもある化け物なんかが日本にいたら、とっくの昔にニュースで取り上げられている筈だ。

 ……まあ、「じゃあここは何処なんだ」と言われても、俺にもさっぱり分からないのだが。


 日本での最後の記憶は、横断歩道を渡っている所だった。それ以降の記憶は、思い出そうとしても思い出せない。

 と、いう事は、多分、俺は死んだのだろう。

 どんな車に轢かれたのかはさっぱり分からないが、今、俺の姿が人間じゃないのだから、そう思うしかない。

 よくネット小説なんかである、『転生』ものの小説があるが、今の状況を見る限り、そう思って差し支えないと思う。

 なんだかあやふやだが、仕方がない。自分ですら、今の状況が分からない事だらけなのだ。

 しかも酷い事に、その記憶ですら、「俺」という部分がすっぽりと抜け落ちている始末。

 名前はおろか、姿形すら思い出せない。

 女性用のトイレに入った記憶は無いから、きっと男性であった筈。……ああ、お腹を壊してトイレに駆けこんだ記憶まで思い出した。

 …やめよう、嫌な記憶を思い出すのは。ただでさえ、怠くて怠くてたまらないのだから。


 とにかく、今はゆっくりと眠りたい。

 周りに生き物の気配がない事は、分かっている。

 あの殺し合いは、もう終わった。いや、終わらせた。

 勿論、俺が全てを殺し、食ったのだ。生き残るには、そうする他無かったのだから。

 ゆっくりと、瞼をおろす。

 やっと、やっとだ。やっと、休む事ができる。

 俺は、全身にのしかかる怠さによる眠気に逆らわず、そのまま深い眠りへと落ちていった。




 その生き物の眠りを妨げたのは、二つの小さな気配だった。

 殺し合いの果てに、鋭くなってしまった感覚を研ぎ澄ませると、一つは力の無い個体、もう一つは小さいが、力の密度は高い個体である事が分かった。

 それらが、こちらへと真っ直ぐに向かってくるのだ。


(人が気持ち良く寝ている所を、邪魔しおってからに……まあ、人じゃないけど。)


 寝ている間に、断っていた自分の気配が漏れていたのだろう。

 そこまで考えて、思わずその生き物は苦笑した。


(気配だとか、力だとか……人だった頃には、そんなものを感じ取る事すら不可能だったのにな。)


 口にする事すら叶わない呟きを心の中で漏らし、その生き物は意識的に、気配を完全に断った。

 幾度との戦いによって培われたのか、その生き物は、気配などで、その個体がどのくらい強いかが分かるようになっていた。


 その小さな気配の持ち主達は、自分より弱い個体だというのは、その生き物にもとっくに分かっていた。

 だけど、眠ったおかげでいくらか怠さが取れているとはいえ、もう、無意味な殺し合いはこりごりである。

 その生き物は、気配を断ったまま、静かに移動した。




 薄暗く、静かな森の中で、俺は腰を落ち着けた。

 ここなら、遠くからでも見えまい。

 とにかく、顔を合わせたら、即殺し合いとか、もうこりごりである。死ぬかと思った事なんて何度もあるし、あまりの不味さに吐きそうになった事も何回もある。

 この体は前世と違ってとても頑丈らしく、深い傷を負っても、クソ不味い生肉を食っても、死ぬ事は無かったが、代わりに何度も発狂しかけた。

 前世に、心を殺す事に慣れていなかったら、もう精神が死んでいただろう。

 そんなとりとめもない事を考えながら、さあ二度寝といこうか、と思った俺は、ある事に気が付いて愕然とした。

 あの二つの気配が、まだこっちへと向かっているのだ。


(あ、あれ?気配は完全に消した筈。なのに、なんで……あ。)


 俺は、その理由に気が付き、思わず頭を抱えた。

 今は、夜が明けているのか、どんどん明るくなっていっている。

 俺があの気配に気が付いたのは、丁度、太陽が出始めたあたり。

 と、いう事は、俺が移動したのも、完全な闇夜ではなく、太陽が顔を出し始め、明るくなってきていた頃なのだ。

 そして、俺は、でかい。

 ああいや、あの二つの気配の持ち主に比べたら、という話だが、この森の木の高さから比べてもそう言えるのだ。

 っていうか、首を伸ばしたら森から頭が出るんですけど。


(……。)


 そりゃあ、気付かれる訳である。

 いくら気配を断っていても、姿が見えていれば、そして目立っていれば、意味が無い。

 俺は、思わず空を仰いだ。

 朝日が出始め、黒かった空は、いつの間にか赤く色を変えていた。


(もう、どうにでもなれ……)


 俺は、精神にまで重く圧し掛かる疲れに、色々と面倒になり、その疲れと諦めの意思を吐き出すように、深い溜息を吐いた。

来週も、2話投稿予定。

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