18 狂気の歯車
2話目。
三人称視点スタート。
一触即発。
そんな、ピリピリとした雰囲気の中、真っ先に動いたのは、コドクであった。
なんと、コドクは尾羽を伸ばすと、カナンとユーナの体を優しく包み込み、笑ったのだ。
「二人共、そんな風に怒るなよ。な?」
コドクのまさかの行動に、唖然とするカナンとユーナに、コドクはうっすらと笑った。
「別に、どこにでもいるような小虫のいう事なんて、お前達が気にする必要なんて無いって。
怒るだけ、損するだけだぞ?」
「でも、あいつ……!」
「そうよ!あの女、人の事を兵器とか、物扱いしているのよ!!」
怒りが収まらない、といった様子で言い募るカナンとユーナに、コドクは、笑ってみせた。
その笑い声は、まるで地獄の底から低く響いてくるような、ぞっとするものであった。
一番かわいそうだったのは、あの女性だ。コドクの視線は、その女性をまっすぐに貫いていたのだから。
カナンとユーナでさえ、思わず怒りがしぼんでしまう程のそれを、その女性は全身で感じ取るはめになった。
女性は、まるで背中に氷を当てられたような、背筋の凍るような酷い寒気を感じた。
そして、コドクが口を開いた。
「そうだよね。同じ、命を持ち、意思を持つ生き物を、まるで物扱いだものな。きっと、自分がされた事がないから、そんな事が言えるのだろうな?
だったら、彼女にも、体感してもらおう。―――意思も人権も、全てを無視した、物扱いというものを。」
途端、コドクの金色の瞳が、ぎらりと光った。
コドクから、一瞬だけ魔力の糸が飛び出し、その女性を貫いた。
すると、女性の目が虚ろになり、女性から、何かが剥がれるように落ちた。……それは、亀のような精霊だった。
コドクは、神宝の力でもってした強制契約を、いとも簡単に剥がしてしまったのだ。だが、自分の身体の構成すら自由に操れるコドクにとって、契約によって縛られた精霊を傷付けずに、その契約から剥がす事など、造作もない事であった。
コドクは、弱って震えるその精霊を丁寧に魔力で包むと、その周りを魔素で固めて魔力が霧散しないようにし、即興の魔力の揺り籠を作り出した。
コドクがそんな事をしている間にも、女性は虚ろな目をしたまま、まったく動かなかった。
コドクが使ったのは、闇の魔術―――それも、コドクにしか扱えぬ、悪性の魔術であった。
それは、ありとあらゆる「悪」が分かる、コドクだからこそ理解できる、闇の魔術―――魂と身体に境界を隔てた上で、身体を操る権限を剥奪するという、人道に反した魔術であった。
しかも、身体を操る権限が無いだけで、意識ははっきりとある為、自分の身体が勝手に動く様を体感させられるという、酷いものである。
そんな事をしておきながら、まったく堪えた様子もなく、カナンとユーナを背から降ろしてから、弱った精霊を介抱しているコドクへ、その精霊が弱々しく話しかけた。
『あ、あなた、は…?』
「俺か?俺は、コドク。カナンとの契約者だ。
ああ、そうそう。別に、礼はいらないぞ。これは、もののついでみたいなものだしな。
で、だ。聞きたい事があるんだが、いいか?」
コドクがそう聞くと、その精霊は頷いた。
『ええ、私に答えられるものであれば。』
「そう。じゃあ聞くけど、お前、精霊界へ帰れるのか?」
コドクの問いに、その精霊は戸惑った様子を見せた。
『え?ええ、はい。魔力さえあれば、すぐにでも帰れますが……?』
同じ精霊なのに、精霊の常識を知らないコドクを、不思議に思ったのだろう。その精霊は、コドクを、戸惑ったような目で見上げた。
コドクは、目を細めると、「そうか」と頷いた。
「なら、魔力は足りるか?足りないなら、やるけど。」
『いえ、それは大丈夫です。この、あなたの魔力の残滓があれば、精霊界へと帰る事は簡単なので。
……あの…。』
「ん?なんだ。」
首を傾げるコドクに、その精霊は少しだけ迷ったような素振りを見せ、恐る恐るといった様子で口を開いた。
『あ、あなたは、本当に精霊なのですか?その、精霊が、精霊界へと帰る方法を知らないというのは、あまりにも不自然ですので…。』
口ごもりながら、そう言う精霊に、コドクは苦笑した。
「まあ、今は精霊ではあるけど、元々は魔物だったからね。正直言うと、今回の助けた理由っていうのが、それを知りたかったからなんだよ。
だって、精霊になったっていうのに、精霊界を見た事がないっていうのも、なんだかおかしいだろう?それに、精霊界は綺麗だって聞いたから、見てみたくてさ。」
コドクがそう言うと、その精霊の目に理解の色が浮かんだ。
不意に、コドクが、誰にも聞こえぬ程の小さな声で呟いた。
「それに、もし人間界の奴らを一人残らず滅ぼして、人間界に住めなくなっても、カナンを精霊にしてから、カナンとユーナと一緒に精霊界へ行く事もできるしな。」
その、コドクの恐ろしい呟きは、誰の耳にも入る事は無かった。結局の所、コドクは、カナンとユーナが笑顔で生きていられるのならば、他の奴らなど、どうなっても構わないのだろう。
前世での酷い人生と、今世での、あの殺し合いの日々は、コドクの深い所を確実に歪めていたのである。殺した相手は食べるというルールを自分に課しているコドクだが、命を奪うこと自体に、一切の躊躇いも無いのだ。
だが、そんなコドクの狂気を止められる者は、誰もいない。
カナンは、そんなコドクをそもそも気にしていないし、むしろ頼もしく感じている節がある。
ユーナも、それをおかしいとすら思っていないし、止めるつもりも一切無いのだろう。ユーナは、人間を酷く憎んでいるのだから。
人間をなんとも思わないこの三人の組み合わせは、まるでパズルのピースがぴったりとはまるように噛み合っており、それでいて、人間にとって、最も噛み合ってはいけない最恐の組み合わせであったのだ。
一度狂いだした歯車は止まらない。
狂気と死を振りまきながら、回っていく。
自然に戻る、その時まで……。




