16 化け物の業
3話目。
コドク視点スタート。
あんな騒ぎがあったせいだろうか。人が集まってきた。
すると、集まってきた人ごみの中から、こんな言葉が聞こえてきた。
「おい、あれ……カナンの奴、まだ弱い精霊と契約しているぜ。」
「うわ、本当だよ。あんなの、さっさと捨ててしまえばいいのに。」
頭の中で、ぶちん!と何かが切れる音がした。
ほうほう、言葉に気を付けろ、と言った傍からこれですか?
冷静な部分の俺が、どうやらカナンだけでなく、ユーナの悪口も、俺は許せないらしい、と言っていた。
だが、俺は二度も失敗しない男……男?いや、精霊か?まぁ、そういう奴である。今度は……
「ぎぃやぁぁああ!!」
「うぎゃぁ!?う、腕がぁぁああ!!」
…………。
うん。無理な話だったね!気が付いたら、魔術の真空刃でそいつらの腕を切り飛ばしていた。
いや、だって仕方がないと思うんだ。こういう感情って、制御するのが難しいんだよ。
ええっと。前世では、この感情をどうやって抑えていたんだっけな?
ああ、駄目だ。思い出せない。
なら、いいか。別に、殺さなければいいだけだし。
殺す事、傷付ける事が日常化していたから、俺は、命を奪う事に、一切の躊躇いや、迷いを感じなくなってしまった。
そんなものだから、見知らぬ相手の腕を切り飛ばすくらい、俺はなんとも思わない。
でも、そうだな。カナンが悪く言われるのも不愉快だが、ユーナが弱いように言われるのも、なんか嫌だ。
こう、まるで自分の事のように悔しいのは、何故なんだろうね?
前世では、例え妹と比較されても、悔しいだなんて思った事、一度も無かったのにな。
俺がそんな事を考えていると、カナンが満面の笑みを俺に向けた。
「コドク、よくやった。」
清々しい程の、満面の笑みである。どうやら、カナンも頭にきていたらしい。
俺が無言で頷くと、ユーナが戸惑ったような目を向けてきた。
「え、ええと。その、私の事でも、怒ってくれているのかしら…?」
「勿論。そりゃあ、当たり前だろう。」
俺が即答すると、ユーナは俺から目を逸らした。
「その……ありがとう。私の為に怒ってくれて。
ちょ、ちょっとよ?ちょっとだけ、嬉しいわ。」
ちらちらとこちらを見ながら、照れたように言うユーナ。
お、おお。ユーナがデレた。
あれか、これが巷でいう、ツンデレという奴か。なるほど、確かにかわいいな。
俺がそんな事を思っていると、ユーナは、キッと俺を睨んだ。
「ちょ、調子に乗らないでよね!嬉しいって言っても、ちょっとだけなんだから!」
あ、ツンツンした。恥ずかしいのか、そっぽを向いている。
ああ、かわいい。だけど。だからこそ……彼女を愛でることのできない自分の体が、悔やまれる。
二人の人間が腕を切り飛ばされて泣き喚いているというのに、ほのぼのとした雰囲気を漂わせているカナン達。
そんな異様な状況の中、ふと思い付いたように、カナンが門を見ながら呟いた。
「……むう。コドク、大きすぎ。」
「いや、仕方がないだろう。強くなっていく内に、自然と大きくなっていってしまったんだから。」
カナンの呟きに、苦笑交じりに返すコドク。
すると、カナンは、コドクに不満気な表情を向けた。
「もっと、小さくなって。」
我儘であった。しかも、無理難題の類である。
そんな、カナンの我儘に、コドクは困ったように笑った。
「おいおい、無理言うなよ。……まぁ、やってみるけどさ。」
「あ、やっぱり。無理と言っておきながら、結局やるのね……。」
ユーナが呆れる中、コドクは目を閉じると、自分の内側へと、意識を集中させた。
コドクは自分の魔力を操り、核となっている魔石に干渉し始めた。
魔石の中に含まれる魔素の構成を組み換え、魔力を圧縮し、魔石の中にある身体の情報を変えぬまま、魔石を小さくしていく。
コドクの額から、汗が滴り落ちた。
普通の魔物であったら、魔石を食らった時点で、魔石の中にある身体の情報ごと自分の魔石と融合し、肉体を進化させる。
それを、コドクは魔力の周波数や強さ、質や密度を、恐ろしく正確に、そして精密に操る事により、身体を自在に変えているのだ。
しかし、いくら魔力の扱いに長けているコドクといえど、その難しさといったら、とんでもないものである。それを、カナンの我儘に付き合ってやっているのだから、本当に呆れた奴であった。
コドクは、体の大きさと魔石の大きさが、だいたい比例している事を、経験から知っていた。そもそも、小さい身体に大きな魔石は入らないのだ。
だが、ただ魔石を圧縮するだけならまだしも、魔石の中にある身体の情報をそのままにしながら圧縮する事は、簡単な事ではない。
魔力を込めると硬化するなど、コドクの身体は様々な特性があり、それでいて複雑である。
だからこそ、これを下手にいじってしまうと、身体が崩壊する危険性をはらんでいるのだ。
コドクは魔石を圧縮し終えると、次は、魔石の中にある身体の情報の、身体の大きさを弄り始めた。
「ぐ、ぐぅぅ。」
バキッ!ボキバキッ!という、嫌な音が、コドクの体から鳴り出し、コドクが苦しげな声をあげた。
身体に仕組んでいる様々なギミックを調整し、体の大きさを小さくしていくコドク。
みるみるうちにコドクの体が小さくなっていき、丁度、大人より少し大きいくらいに落ち着いた。
コドクは脂汗を浮かべながら、疲れたように弱々しく息を吐いた。
「ふう、終わった。いやぁ、やってみれば、意外とできるものだな。」
例え、どんなに魔力の扱いに長けた者でもできないような事を、なんでもない事のように言うコドク。
それは、まさに……化け物にしかできぬ、異常で、恐ろしい程の神業であった。
自分の身体を、まるで物のように扱い、改造するのって、どんな気持ちなのでしょうか。
コドクはきっと、なんとも思っていないのでしょうね。




