15 目覚める怒り
2話目。
コドク視点スタート。
ユーナに怒られた。
ああいや、まぁ、俺が悪いんだけどね。うん。
でも、やっぱり霊脈を調整した方が、良い事が多いと思うんだ。ユーナの魔術も強くなっていたしね。危うくカナンを巻き込みかけていたけど。
そして、ユーナの魔術を受けてみて、分かった事もある。
ユーナの魔術は、魔力を、火力や破壊力に変換する事に長けている。
俺くらいになると、あんな、ただ放出するだけの魔術じゃ傷一つ付けられないが、これをもっと洗練したうえで、圧縮して一点に集中させたら、俺でも体に穴を空けられるかもしれない。
その一方で、カナンは出っ張った部分もなく、万能型であるようだ。
強いて言うなら、魔力の変換効率がいい。少ない魔力で、様々な魔術を扱える。
いずれにせよ、どう強くなっていくのかが、楽しみである。
さて、今度はカナンから「飛んでみて」とのご要望なので、今は、カナンを背に乗せ、大空を飛んでいる。
俺って、前世では高所恐怖症で、高い所は無理だったんだけど、自分に翼があるせいか、今はまったく怖くないのだ。
いやぁ、まさか自由に大空を舞う事が、こんなにも気持ちがいいなんて、知らなかった。
人間だった頃は、高い所に行くと、足が産まれたての小鹿みたいにプルプルしていたのに、なんでこんなに変わったのだろうか?鳥だからかね?
カナンは、前世の俺とは違うようで、空から見える眼下の風景に、歓声をあげて喜んでいる。
楽しんでいるのは、いいんだけどね。身を乗り出すのは、やめて欲しい。
落ちそうになるたびに、俺が空気を固定化させる魔術で体を支えているし、カナンもしっかりと俺の首の毛を掴んでいるから、大丈夫ではあるのだが。
そのたびに、俺がはらはらするんだよね。ユーナはユーナで、
「自分で飛ぶのもいいけど、誰かに乗って、まったりと眼下の風景を眺めるのも、これはこれでいいわね。」
とか言って、俺の背にちゃっかり乗っているし。俺は、タクシーでも飛行機でもないんだが…。
俺が、そんな風に微妙な気分になっている間に、町に到着である。
外に魔物がいる世界だからだろうか、町の外周には、分厚くて高い壁が築かれている。
まあ、俺基準だと、その壁でも低いのだけどね。それは仕方がない、俺は大きいからな。
俺が、空から、門と思われる所に降りると、門番らしき人達がどよめきの声をあげた。
ああ、そうだ。いつもの癖で気配を消していたんだった。多分、俺がいきなり現れたように見えたんだろう。
「え、精霊!?」
あれ?言葉が分かるのは、カナンだけだと思っていたんだが。
……ふうむ。もしかしたら、契約して俺が理解できるようになったのは、「言葉」だけではなく「意思」もなのかもしれない。
だから、言葉は理解できなくとも、同じ人間ならば意思疎通はできるという事なのだろうか?
うーん、良く分からん。まぁ、便利だからいいや、それで。
すると、カナンが俺の背に乗ったまま、門番に声をかけた。
「ん、私。」
「は?カナン様?」
「何、カナン様が帰ってきただと?なんだ、死んだのかと」
その途端、その言葉を言った人間の喉に、地面から生えた金属性の刃が、ぴたりと当てられた。
皮膚が切れたのか、流れでた血が、刃を伝う。
一瞬、誰がやったのだろうと思ったが、どうやら俺がやったらしい。
……なんというか。半ば無意識にやってしまった。
まあ、そうだな。俺の今の気持ちを言葉にして表すのなら……。
「ああ、目障りだ。ねえ、そこの小虫さん。自分から消えるか、それとも、俺に消されるか。どっちか選べ。」
今まで自分でも出した事のないような唸り声が、喉から響いた。
「不愉快なんだよ、お前。失せろ。」
言って、気が付いた。
これは、この感情は。この怒りは、俺のものなのだ。
この、目の前が真っ赤に染まっていくような視界も、頭に血が昇っていくのが分かる感覚も、全身が燃え上がるような体温も、俺のものなのだ。
そういえば、怒りとは、こんな感情だったのだ。怒ったのは、何年ぶりだろう?
ああ、駄目だ。これでは、いけない。冷静にならないと。
このままでは、食いたくもない命を奪ってしまう。無駄な殺生はいけないのだ。
ゆっくりと、深呼吸をする。沸騰した頭が、真っ赤な視界が戻っていく。
視界に映る、恐怖で震える人間を見下ろす。
俺は、もう一度言った。
「……失せろ。」
自分が出した声とは思えない程、冷たい声が出た。
その人間は、壊れた機械のようにがくがくと頷くと、真っ青な表情のまま、町の中へと走り去っていった。
俺は、周りを見渡し、一言付け加えた。
「そうそう、君たちも、言葉には気を付けようね?……あんな風になりたくなくば、な。」
真っ青な顔で頷く人間達。
すると、それを見ていたユーナが、呆れたように言った。
「あなたも、ちゃんと怒るのね。ちょっと意外だったわ。」
「…うん。俺も、自分の事ながら、少し驚いている。
でも、これ大丈夫かな……この町の連中、皆が皆こんな奴らだったら、思わず皆殺しにしかねんぞ?」
「いいんじゃないかしら?どうせ、ろくでもない連中ばかりなのだし。ねぇ、カナン?」
俺の言葉に、ユーナはなんでもないといった様子で、カナンに話を振った。
って、カナンは人間だから、さすがに止めるんじゃないか?
「……うん。こんな奴ら、別に、どうでもいい。」
いいんかい。どれだけ、この町の人間から酷い扱いを受けていたのかが、よく分かる言葉である。
って、思わず怒ってしまったが、カナンは怖くなかったのだろうか?
「カナン、怖くなかったのか?思わず怒っちゃったけど…」
「?……別に?」
……どうやら、本当に怖くないらしい。結構、殺気が出ていたと思うんだが。
すると、ユーナが呆れたように鼻で笑った。
「あなたねぇ、ついさっきまで、私に怒られてしょぼくれたり、姿に似合わない行動していたりする奴が、今更そんな事したって、恐ろしくもなんとも無いわよ。」
「うん。」
笑顔で頷くカナンを見て、俺は微妙な心境になった。信頼されているのだ、と喜んでいいのか、貫禄が無いのだ、と悲しんでいいのか…。
まあ、どちらにせよ、カナンがそれでいいなら、俺もそれでいい。カナンが笑っている。それだけで、俺もまた、嬉しいのだから。
もし、感情が欠けてしまったら…
いったい、どうなってしまうのでしょうね……?




