14 懲りない奴
本日は3話連続投稿。1話目。
三人称視点スタート。
一方、カナンは、コドクのその様子を見て、半身を失ってしまったような、悲しい恐怖を感じていた。
夢の中のコドクは、あやふやで、今にも死にそうだったのだ。
もし、コドクが死んでしまったら。それを考えるだけで、カナンは身を切り裂かれるような痛みと、ぞっとするような恐怖を感じた。
このとき、カナンも、コドクがカナン達に抱いた感情を、コドクに抱いていた。
わがままを聞き入れてくれ、不器用ながらも、自分達を必死慰めようとしてくれた、兄のようなコドク。
カナンは、自分でも気付かず、コドクに手を伸ばしていた。
「い、嫌。いかないで……!」
伸ばした手は、するりとコドクをすり抜ける。
どんどん、コドクの姿が遠ざかっていく。
周りが暗くなっていき、カナンは闇に取り残された。
「待って、待ってよ!
置いていかないで、お兄ちゃん……!」
その時だった。
カナンの頭を、柔らかい何かが撫でていった。
カナンは、それが何かを知っていた。
カナンの脳裏に、慰めようと不器用に撫でる、コドクの姿が浮かび上がった。
「コドクの、羽根……。」
カナンがそう呟くと、闇に声が響いた。
『お、おお、大丈夫だ、大丈夫だから。何が悲しいのか、それとも怖いのかは分からんが、俺はここにいるぞ。
だ、だから大丈夫だ。もう何が大丈夫なのか、俺自身分からんが、多分大丈夫だ。だから泣かないでくれ。』
カナンの胸中を支配していた恐怖が、コドクのその一言で吹き飛んだ。
いかにも、あわあわと慌てて混乱しながら言っているのが、その声からありありと分かってしまうのが、コドクらしかった。
カナンの頭上から、光が差し込んでくる。カナンは、ためらいも、迷う事もせず、その光へと飛び込んでいった。
カナンは、泣きじゃくるユーナを優しく抱きしめながら、ふと思った。
コドクは何故、過去にあんな経験をしながらも、自分達に優しくする事ができるのだろう。何故、周りの人間が憎くないのだろう?
カナンは、その思いを振りきれず、迷ったあげく、コドクに聞いてみた。
「ねえ、コドク。」
「ん?なんだ?」
天に昇る朝日を、眩しそうに見つめながら、のんびりと返すコドク。
「あなたは……周りの人が、憎くないの?」
カナンのその問いに、コドクは苦笑した。
「……どうなんだろうね。昔、幼い頃は、殺したい程、全てを憎んでいた筈だったんだけど。
いつからか、そういった感情が、俺の中から消えてしまっていたんだ。多分、俺は壊れたんだろうね。生きる為には、その感情は邪魔でしかなかったから。」
そう言いながら、コドクは振り返って、カナンを見つめた。その目には、怒りも憎しみも無かった。
「昔の、死んだような前世の俺と、今の精霊の俺の性格が違うから、不思議に思ったのか?」
「……うん。」
カナンが素直に頷くと、コドクは、カナンから目線を外し、空を仰ぎ見た。
「そうだねぇ。きっと、あの殺し合いの日々が、俺の中に巣食っていた諦念や固定観念を、壊してしまったんだろうね。それどころじゃないという、生死を分けるやり取りでは、余計な事なんて考えていられないから。
皮肉だけどもね、俺はこの姿になってからの方が、ある意味ちゃんと生きていたよ。楽しかった訳でも無いし、すぐ隣に、死が迫っていたというのにね。もしかしたら、こっちの俺の方が、素の自分なのかもしれないな。
そしてな、俺は幸せにもなれた。―――お前達に、会った事でね。」
再び、金色の瞳が、カナンに向けられた。その目には、あの夢で見たコドクのような、濁ったものでは無く、ちゃんと生きていると分かる、澄んだ瞳であった。
そして、その目が、戸惑ったように、不意に逸れた。
「だ、だからさ。俺は、別に怒ってもいないし、お前達に理不尽を押し付けられたとも思っていないんだ。
な?ユーナ、お前は別に悪くないんだよ。だから泣かないでくれ。」
若干挙動不審になりながら、ユーナに必死に声をかけるコドク。
結局、慰めるのが下手なコドクに、カナンは思わずクスクスと笑ってしまった。
そんなコドクに、ユーナも毒気を抜かれたのか、溜息を吐くと、カナンの腕の中から飛び立った。
そして、何かを言おうとして……首を傾げた。
「あれ?なんだか、体が軽いわね。何故かしら?」
その言葉を聞いたコドクが、傍目にも分かるくらいに、ビクッと体を震わした。コドクの背に乗っていたカナンは、そのコドクの反応が余計に良く分かった。
コドクが、目を泳がせながら言った。
「さ、さぁ?気のせいじゃないですかね?」
コドクは、慰めるのも下手だが、隠し事をするのも下手であった。
無論、分かりやすいそのコドクの反応を、見逃すユーナでは無い。
ユーナは目を細め、コドクを訝しげに見つめた。
「ねぇ、コドク?あなた、私に何か隠し事をしていないかしら?」
「な、ななななんの事ですか?俺、何も隠していないですよ?」
コドクの、焦りまくった様子のその言葉を聞いて、カナンは思った。
(コドクって、嘘を吐く時、丁寧語になるんだ。ふ~ん…。)
そういえば、夢の中で見たコドクが喋っていた口調も、丁寧語であった事を思い出すカナン。
すると、何をされたのかが分かったユーナが、目を見開いて叫んだ。
「ああ!!もしかして、あなた、私が寝ている間に、私の霊脈を調整したでしょう!?」
ユーナのその言葉に、ぎくりとコドクが反応した。
ユーナの、元々赤い体が、羞恥と怒りで真っ赤に染まる。
コドクは、大慌てで言い訳を並べ始めた。
「い、いやさ、やっぱり心配だったんだよ。それに、安眠にも繋がるかな~って。だ、だから……
……ご、ごめんなさい。」
大きな体を縮こませるコドク。
そんな、物理的にもちょっと小さくなったコドクに、ユーナは震えながら呟いた。
「……ばか。」
「う、うん?」
「やるなら、せめて……私が起きている時にしなさいよ。
あなたが、良心でやってくれている事くらい、私にも分かっているんだからっ!」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にし、目を逸らしながら、そう呟くユーナ。
すると、コドクが首を伸ばしながら言った。
「じゃあ、今、調整しようか?」
ただ心配しているだけで、コドク自身に悪気はないのだろうが……まったく懲りていないコドクであった。
ユーナは、顔を伏せ、怒りに身を震わせた。
「こんの…!ちょっと優しくされたくらいで、調子に乗るな、この変態ロリコンコドクーーー!!!」
本日最大の魔術の火炎放射(コドクが霊脈を調整した為、威力が増している)が、コドクの顔面に炸裂した瞬間であった。
因果応報とはこの事ですね(笑)
人の嫌がる事は、やめましょう。




