12 伝わる気持ち
コドク視点スタート。
死なないで。
カナンは、俺にそう言った。
……本当に、夢で何を見たのだろう。
夢の中で、俺が死んだのだろうか?だとしても、「あなたは、独りじゃない」と言った意味が分からない。
まぁ、どちらにせよ、それは無用な心配である事は確かなのだが。
だから、俺は、カナンのその言葉に、笑って返してみせた。
「ははははっ!
俺が、死ぬ?無い無い、それはあり得ないな。」
カナンの心配を、笑い飛ばす俺に、カナンは驚いたような、唖然とした目を向けた。
俺は、カナンのその目を真っ直ぐに見つめる。
「俺を、誰だと思っているんだ?
俺がどれだけの死線をくぐり抜け、どれだけの死闘を繰り返したと思っている?俺は、それを全て勝ち残り、生き残った蠱毒の精霊だぞ?
そんな俺が、死ぬ?はっ、まさか。
例え誰かに、死ねと言われても、俺は死なないよ。昔ならいざ知らず、今の俺には、生きる目的ができたんだ。
誰が死んでやるものか。お前達を残して、死ぬ事なんか、絶対にしてやらないよ。」
もっと、言い方というものがあったのかも知れないけれど、これが、俺の心からの本音であった。
だから。
「心配するな。お前を置いてどこかに行くなんて事は、絶対にあり得ないから。」
伝われ、この気持ち。俺は、お前達に会えた事で、幸せになったのだから。死ぬ理由など、これっぽっちも無いのだから。
カナンの大きく開いた目から、涙が溢れ出た。
その綺麗な、キラキラとした涙は、カナンの顎を伝い、俺の指へと滴り落ちてゆく。
暖かい陽の光が反射して、その涙はまるで宝石のようであった。
カナンの顔に、ゆっくりと笑顔が戻っていく。
「……うん。」
はにかみながらそう言ったカナンは、とても綺麗に見えた。
次に目を覚ましたのは、ユーナだった。
ユーナは、目を覚ますや否や、俺を睨み付けた。
「なんで、なんで……っ!」
涙をボロボロと零しながら、怒りを滲ませた声でそう言うユーナ。
ま、まさか……ばれたのか、こっそりと霊脈を調整した事が!?
だ、だが、そんな事で、そんなに怒らなくてもいいと思うんだ。俺も、善意でやった事だし。……うん、ごめんなさい、許して。
俺が、そんな風に、内心で戦々恐々としていると、カナンが叫んだ。
「なんで、あなたは、何も言わないのよ!!」
あ、違うっぽい。良かった、ばれてない。……いや、良くないよ。全然話が見えてこないじゃねえか。
「え、えーと。何を言わないって?」
俺がそう聞くと、ユーナは、キッと俺を睨んだ。
「だって、だって、あなた、いつも罵倒されてたじゃない!!
何よ、死ねって!
なんなのよ、世界に存在してはいけない存在って!!
なんで、あなたは、そんな酷い事を言われているのに、なんにも反論しないのよっ……。」
……驚いた。
何故、ユーナが俺の過去……それも、前世の事を?
まさか、夢で見たのか?でも、何故。
困惑する俺にも構わず、ユーナは続けて俺に言葉を叩き付けた。
「私、あなたを羨んでた。……ううん、嫉妬していた。
私よりずっと強くて、私の知らない事を知っていて、魔術もいっぱい使えて…
誰に比較された訳でも無いのに、勝手にあなたに辛く当たっていたわ。
でも、でも、あなたは……」
ユーナの声が、段々とすぼまっていく。
「私よりも、酷かったじゃない。皆から比較されて、後ろ指さされて笑われて……れ、劣化人間って……!
それなのに、なんで何も言わないのよ。私だったら、耐えられないわ。理不尽じゃない。
わ、私、あなたの事、知らなかったの。こんな事があったなんて、知らなかったのよ。」
ユーナの涙が、俺の頭に落ちる。
「ごめんなさい、コドク。理不尽に当たったりして。私、私…」
俺は、溜息を吐いた。多分、ユーナ自身、何を言っているのか、分からなくなってしまっているのではないだろうか?
それでも、気持ちは伝わった。
「あのな、ユーナ。あれは、確かに理不尽だったんだろう。だけどね、その事で、お前が気に病む事なんて、何も無いんだよ。そもそも、お前に同情して貰えるような、立派な人間じゃなかったんだよ、俺。
お前は、努力しようとしたじゃないか。ちゃんと、強くなろうとしたじゃないか。それに比べて、俺はどうだ。全てを諦めて、努力すらしなかったんだ。只々無意味に生きていた、それだけだったんだよ。」
「でも、でも……!コドクは、わるぐないじゃない、ぐずっ」
ユーナの嗚咽が、酷くなってきた。
カナンの言葉からして、きっとカナンも同じ夢を見たのだろう。
まったく、良い子過ぎだろう、この娘達。
こんな、どうしようもない人間なんかに、同情する必要は無いのに。心配する必要も、無いのに。
「……幸せ者だなぁ、俺。」
思わず、そんな言葉が、俺の口からぽろっと零れた。
確かに、前世では不幸すぎるくらい不幸だったと思う。だけど、それを同情してくれる。そんな人がいるだけで、俺はどこか救われたような気持ちになれるのだ。
俺は、微笑みながら呟いた。
「ありがとう、二人共。」
カナンは無言で、俺の首に抱きついた。ユーナは、しゃくりあげながら言った。
「なんで、なんでよぉ……なんで、あなたがお礼をいうのよ……私は、あなたに責められてもおかしくないのに…
ふえぇぇん……」
遂に声を上げて泣き出してしまったユーナに、カナンがユーナを胸に寄せ、抱きしめた。
そうか、こうやって慰めるのか。でも、俺がやったら、結局傷付けてしまいそうだ。
そんな事を、なんとなく思った俺であった。




