11 あなたは独りじゃない
コドク視点スタート。
さて、魔物も処理した事だし、町へと帰りましょう……となったのだが。
あの、二人共?なんで、さも当然といった様子で俺に乗っているのかな?
しかも、ユーナに至っては、俺の頭の上で熟睡しているという。眠りたいのは俺なんだが…
まったく。ささやかな仕返しとして、こっそりと霊脈を調整してやろう。どうだ、これでぐっすりと眠れる筈だ。
俺の目には、もう町らしきものが遠くに見えてきている。というか、どんだけ遠くの場所に来ていたんだよ、この二人。
しかし、そうだとすると、気になる。なぜ、こんな遠くに行ってまで、俺の所へ来たのだろうか?
「なあ、カナンよ。」
「……むにゃ?」
おい、むにゃってなんだ、むにゃって。かわいい……じゃなくて、お前まで寝ようとしていやがったな?
まったく、この娘二人は、無防備すぎないか?俺、一応、男(多分)なんだが。
俺は、思わず溜息を吐いた。
「……まあ、いいや。
で、カナン。お前、なんでわざわざ結界を越えてまで、遠い俺の所へ来たんだ?」
俺がそう聞くと、カナンは眠そうに目を擦った。
「ううん……呼ばれた……気がした、から?」
「はい?なんだ、そりゃあ。そんな理由で、魔物がいると分かっている所に来たのか?」
俺がそう言うも、返事が返って来ない。
もしやと思って、首を回して背を見ると、そこには、俺の毛をしっかりと握りながら、毛並みに埋もれるようにして眠るカナンの姿が。
その、安心しきった表情の、無防備な寝顔に、俺は思わず苦笑した。
弱い精霊と契約した、というだけで、親から冷たい仕打ちを受けたこの子は、どんな気持ちだったのだろうか。
両親から向けられていた、不変な筈の愛情が、たった一つの事でころっと変わり、全てが偽りだったと知ったこの子は、今までどんな気分で日常を過ごしてきたのだろう。
それは、辛かった筈だ。とても、不安だった筈だ。守って貰える筈の、その両親から、その存在を否定される苦しみは、俺がよく知っている。あの、はらわたが溶けていくような不安と、突然足元が消えてしまったような、ぐらぐらとした浮遊感…。
あの感情を、この子も味わったのか。
あの絶望感を、この子は身に受けたのか。
俺は、思わず呟いた。
「カナンは、強いな。本当に、偉いよ。」
俺は、あの時、全てを諦める事で、心の平穏を保った。
だけど、この子は違う。
俺と違って、独りでは無かったとはいえ、よくぞここまで普通でいられたものだ。きっと、ユーナと一緒に二人で支え合いながら、今まで生きてきたのだろう。
それでも、だからこそ。カナンも、ユーナも、きっと、「安心できる自分の居場所」というものが、欲しかったに違いない。だからもし、俺がその居場所となれるのなら、喜んでこの身を貸そう。
生きているのか、死んでいるのか、それすら分からないような人間になるのは、俺一人で十分だ。この子達には、そんなものとは無縁に生きてもらいたい。
なに、この可愛い寝顔が見られるのなら、例え布団代わりでも構わない。それで、この子達が安眠できるというなら、安いものだ。
夜が、完全に明けてきた。
暖かい陽の光が、優しく照らす。
俺は、それを、目を細めながら見た。
暖かい陽は、カナンとユーナだけではなく、俺にも注がれている。
その事が何故だか、この世界は俺も受け入れてくれている……そう言われているように感じて、俺は思わず目を閉じた。
ほんの少し。ちょっとだけ、胸が温かくなった。
町まで、あともう少しという所だった。
眠っていたカナンが、急にぐずり始めた。
涙を流しながら、必死に、俺の毛を掴んでいる。
……正直に言おう。どうすればいいのか、分からない。
あやすにしろ、慰めるにしろ、した事もされた事も無いので、どうすればいいのか、さっぱり分からないのだ。
とりあえず、尾羽で頭を撫ででみる。
「ぐすっ……」
「お、おお、大丈夫だ、大丈夫だから。何が悲しいのか、それとも怖いのかは分からんが、俺はここにいるぞ。
だ、だから大丈夫だ。もう何が大丈夫なのか、俺自身分からんが、多分大丈夫だ。だから泣かないでくれ。」
声もかけてみるが、泣き止む様子は無し。
ど、どどどどうすれば?
こと戦闘においては問題無い俺ではあるが、こういうのは専門外である。俺が泣きたい。
おお、そうだ!こういうのは、同じ女の子であるユーナに任せればいいのでは!?
そう思って、頭の上に意識を向けると。
「ひっく、ぐすん……」
ユーナまで泣いていた。ユーナの足の爪が、俺の頭に食い込んでちょっと痛い。
「え、え、えええ?お前も?これ、どうすればいいんだ俺。」
「ううっ、コドクの、ばかぁ…!」
「何故か罵倒されたんだけど。いや、寝言だろうけどさ。っていうか、どんな夢を見ているんだ二人共。
え、起こした方がいいのかね。わ、分からんぞ。え、ええと、小説なんかでは、こういう時は、ええと……」
どうしていいのか分からず、あたふたしていると、カナンが目を覚ました。
泣き腫らしたような、真っ赤な目で、俺を見つめるカナン。
「こど、く……?」
その声が、あまりにも悲しげで寂しげで……思わず俺は、カナンに手を伸ばした。
「おお、そうだよ、俺だ。どうした?悲しい夢でも見たのか?」
鋭い爪の生えている指先が、カナンに触れそうになり、すんでの所で止める。危ない危ない。
だが、俺のその指に、カナンが縋り付いた。
「お、おい。危ないぞ、カナン。」
「……コドク。」
下手に動くと、爪でカナンを傷付けてしまう可能性がある為、固まったままそう言う俺に、カナンは俺の目を真っ直ぐに見つめた。
カナンの、綺麗な茶色の瞳が、俺の目を真っ向から貫く。
カナンは、その目に強い光を浮かべた。
「コドク。あなたは、独りじゃない。」
「あ、ああ。」
いったい、何の話なのか、さっぱり分からないまま頷く俺。
まあ、確かに一人じゃないな。カナンや、ユーナがいるし。
俺がそんな事を思っていると、カナンは、目を閉じ、俺の指に額を押し付けた。
「だから、だか、ら……
お願い、死なないで……」
その、悲壮感溢れる、必死そうなカナンの言葉に、思わず俺は、息を飲んだ。
独りと一人。同じようで、違う言葉。




