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105 皇帝と魔神

 森の中に入ってから、1時間は経っただろうか。皇帝は、自らが力で従えた精霊三体と、1m先も見えない霧の深い森を歩いていた。

 黙々と歩く皇帝の後ろにいる、白い豹型の精霊が、ぶるりと身を震わせた。


「嫌な空気だぜ……妙な魔力が満ちているせいで、まったく気配が察知できねぇ。」


 小さく呟くように言ったその精霊に、皇帝はちらりと目を向けた。

 途端、身を強張らせる豹の精霊。皇帝は、そんな精霊をつまらないものでも見るような目で一瞥すると、前を向いて、また黙々と歩き始めた。

 皇帝の目線から外れて、あからさまにほっとした様子を見せる豹の精霊。他の二体の精霊もそれを見ていたが、その豹の精霊を責める事は無かった。

 その後、沈黙が続く一行。そんな沈黙に耐えかねたのか、赤色の狐型の精霊が、皇帝におずおずと声をかけた。


「あ、あの!皇帝、様……」

「なんだ。」

「これ、は、罠では、ないのでしょうか?一度戻って……」

「知っている。」


 狐の精霊の言葉を、断ち切るようにそう言う皇帝。

 皇帝は、続けて言った。


「罠である事など、見た時から分かっていた。」

「え、じゃぁ、なんで……」


 呟くようにそう言う狐の精霊に、皇帝はつかつかと歩み寄ると、その精霊の耳を鷲掴みして持ち上げた。

 小さく悲鳴を上げる精霊の、その目を、皇帝はギラギラとした目で射抜きながら、言葉を吐いた。


「罠だからなんなのだ?ならば、真っ正面から食い破ればいいだけの事。

 避けて通るなど、弱者の戯言だ。」


 そう皇帝は吐き捨てると、狐の精霊を地面に投げ捨てた。

 地面に勢いよく転がる狐の精霊だが、慌てて起き上がる。いつまでも転がっていると、蹴りが飛んでくるからだ。

 皇帝は、怯える精霊達を睥睨すると、鼻を鳴らした。


「貴様ら精霊は、俺の道具だ。道具は道具らしく、ただ黙って俺に使われていればそれでいい。

 余計な口答えはいらん。貴様らは強者なのだ、そこらに転がる弱者や、弱者が使うような罠など、力で蹴散らせ。できなければ、死ね。」


 吐き捨てるようにそう言うと、皇帝は、また黙々と歩きだした。

 誰かの押し殺すようなすすり泣きだけが、森の中の霧に溶けていった。



 その時、森の中に、声が響いた。


「罠を使うのが、弱者だけとは限らないと思うんだがね。」


 皇帝が素早く剣を鞘から抜き放ち、正面に構える。

 そんな一行に、何処から聞こえるかも分からぬ、不気味な声が、続けて語りかけられる。


「罠と分かっても真っ正面からやってくるとか、それこそ愚の骨頂だと俺は思うんだが。

 まぁ、お前が真っ正面から来ると分かってたから、ここで待っていたんだけど。」

「誰だ?姿を現せ、臆病者が。」


 皇帝が落ち着き払った声でそう言うと、その声は、愉悦の含んだ声で嗤った。


「臆病者なのは否定しないよ。でも、俺はこの臆病さで生き残ってきた。

 来なよ、力でしか奪うこと知らぬ愚か者。お前には、一度、言わなくちゃならないと思っていたんだ。」


 その声がそう言い終わった途端、皇帝の周りの霧がサァーっと晴れ、皇帝の正面にジルナが現れた。

 ジルナは、皇帝に微笑みかけると、いきなり皇帝の目の前に現れるように、一歩でその距離を詰めると、そのまま殴り飛ばした。

 ジルナに殴られて吹き飛んだ皇帝が、木に激突する。皇帝と衝突した木が、悲鳴のような軋む音を上げながら、ゆっくりと折れて倒れた。

 ジルナは、牙を剥き出しにしながら、笑って言った。


「だから、一言、言わせて貰う。

 ―――よくも、カナンとルナンを悲しませてくれたな。ただで死ねるとは、思うなよ。」


 ジルナのその言葉に、皇帝は、木の破片を払い飛ばしながら、起き上がった。


「悲しむ?そんな筈がないだろう。俺は強者。強い力の元にいれば、不幸になることなど無い。」


 皇帝がそう言うと、ジルナの後ろに隠れて回りこんでいた、茶色の蜥蜴型の精霊が、ジルナに襲いかかった。

 が、蜥蜴の精霊が、ジルナに飛び掛かった途端、真横から真っ黒な闇に叩き付けられ、精霊は血を吐きながら勢いよく吹き飛ばされた。


「あなた達、精霊の相手は、この私がするのです。」


 ジルナの足元の影から這い出るように出てきたシズクが、恐ろしい笑みを浮かべながらそう言った。

 ジルナが、皇帝に鋭い爪を向け、冷たい瞳で言った。


「さて、始めよう。

 誰が強者か、思い知らせてやるよ。」


 ジルナのその言葉に、皇帝は剣の切っ先をジルナに向け、答えた。


「戯言をほざくな。この俺こそ、強者だ!」


 皇帝は、まっすぐ前に跳躍するように、ジルナに向かって飛び出しながら、その勢いを乗せて剣を振る。

 ジルナは、その場から動く事もなく、その剣を爪で弾き、もう片方の腕を振るって、皇帝を切り裂こうした。

 皇帝に、風を切り裂くような鋭い音と共に、真っ黒な爪が迫る。皇帝は、咄嗟に身を逸らす事で、その一撃を避けた。

 そのまま起き上がる勢いで、皇帝は剣を振るうが、あっさりと爪で受け止められてしまった。


「随分と、斬れない剣だな。なまくらか?それとも、お前が弱いだけ?」

「……っ!図に、乗るな!!」


 ジルナの挑発に、皇帝は剣を滑らせるようにして爪と接触したまま、剣を横薙ぎに振るった。

 擦れ合う剣と爪が、火花を散らす。ジルナの首目掛けて剣が迫ってくるが、ジルナは焦った様子もなく、皇帝を蹴り飛ばした。

 再び背後の木と激突する皇帝。皇帝が、「かはっ」と血を吐いた。

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