甘い教訓をあなたに
あ、やっぱりここにいた。
図書室の一番奥、誰も読まない専門書の影のこのテーブル、すっかり先輩の指定席になっちゃいましたね。
……うわぁ。今日も顔に似合わず、ずいぶんとファンシーな絵を。
先輩が絵本作家志望なのは知ってますけど、ぶっちゃけ、ミスマッチ過ぎますよ。
……え、邪魔するならとっとと帰れ?
そんなつれないこと言わないでくださいよ。
私は愛する先輩に会えるこの放課後を一日千秋の思いで待っていたんですよ!もちろん、嘘ですけど。
あ、そうだ先輩。
絵本作家を志すなら、赤頭巾のあらすじはもちろんご存知でしょうが、結末もご存知ですか。
……え、狩人がお腹を切り裂いてめでたしめでたし?
それは後付けされた結末ですね。大衆向けに後付けされたハッピーエンド。
狩人はいちいち腹をかっさばいたりしません。
ドタマ打ち抜いてそれでおしまい。
おばあさんも赤頭巾も、オオカミに食べられたままでトゥルーエンドです。
……何ですか、その不満そうな眼は。
だいたい一度食べられた人間が、腹から引っぱり出された所で生き返るはずがないでしょ。
オオカミですよ、オ、オ、カ、ミ。
アナコンダじゃないんですから、いちいち丸のみなんて消化に悪い食べ方するはずないじゃないですか。
頸に噛みつき息の根とめて、
腹食い破りモツ引き出して、
美味しいとこだけ貪って、
残る亡骸は朽ち果てるのみ。
狩人さんの持ち物はもちろん猟銃だけ、裁縫道具なんて要りません。
……え、それじゃあんまりにも救いがない?
童話なのに子供に聞かせられない?
はあ、あのですね、先輩。童話に必要なのは毒にも薬にもならない、甘っちょろいハッピーエンドじゃありません。
惨憺たる悲劇から抽出される苦い苦い教訓。
それこそが童話に求められる本質というものです。
赤頭巾の場合は『女の子が寄り道なんてしてはいけません』『美味しい話にはご用心』って所でしょうか。
良薬は口に苦し。
甘ったるい風邪シロップを飲んで手厚く看病するだけじゃ、『たまには風邪をひくのも悪くないな』って思う子も出てくるはずです。
毒のように苦い粉薬を飲み下し、孤独な病床で息を殺して回復を待った子なら、その苦い体験から、『二度と風邪はひきたくない。体調管理をきちんとしよう』という教訓を胸に刻むはずです。
は?風邪シロップだってちゃんと効くから良いじゃない?
苦い薬だって、オブラートに包めばいい?
童話の教訓だって、●ィズニーみたいに歌で楽しく教えればいい?
先輩は本当に甘ちゃんですねー。まあ、そんな所も愛おしいのですけども。あ、当然嘘です。
先輩、まさか人魚姫は『リ●ルマーメイド』しか知らない人じゃないですよね。
あ、流石に泡になるオチくらいは知っていましたか。でもそれでは浅いですね。
『愛する王子様を殺すぐらいなら死を選ぶ』そんなお涙ちょうだいな終わり方では、『身の程知らずは身を滅ぼす』という大事な教訓が刻まれません。
本当のオチはですね。
人間の生活に適応できなかった人魚姫は王子様に選ばれることはなく、
他国の王女と結婚することになった王子に愛想を尽かし、
王子を殺そうと迫るが、あえなくつかまり、哀れ人魚姫は火あぶりに。
●ィズニーがハッピーエンド、
泡オチがベターエンド、
しかしながらトゥルーエンドは焼き魚でした。
御後がよろしいようで。
……ありゃ、よろしくない?
そもそも現代の絵本にそんなえぐい悲劇は必要ない?
もっとあったかくて優しい話が良い?
はあ、その結果が脳内お花畑のゆとり世代を量産したんじゃないですか。
……へ?そんな風に知らなくてもいいバッドエンドばかり掘り返すから、夢も希望も無い悟り世代が生産された……なかなか言うじゃないですか。
わかりました。認めましょう。
他でもない大好きな先輩がおっしゃる言葉を、無下に全否定するのは、私も心苦しいですし。あ、完璧に嘘ですけど。
鞭だけでは駄目。飴も必要、確かにその通りです。
ふふふ、解っているじゃないですか。
確かに教訓だらけの説教くさい絵本なんて売れません。
甘ったるい砂糖菓子のような絵本を子どもに売りさばいて生計を立てる。
これぞ絵本作家の本懐というやつですね。
まさかそこまでお考えでしたか、御見それしましたよ。先輩。
そして、その甘いストーリーに甘いマスク(笑)の著者近影を載せた絵本で、人妻たちの財布の紐をガバガバに緩めちゃうわけですね。
子どもだけでなく、お母様方にも『養育にお金をかけるのもほどほどに』『色気づくな年考えろBBA』という教訓を授けるわけですか。
流石先輩。そこに痺れる憧れます。
……あれ?著者近影は載せない?
ナルシストみたいでいやだ?
はあぁ。先輩、いまさら何を言っているんですか。
創作活動なんかしている人間なんか、多かれ少なかれ、自分自身を切り売りしているようなものですよ?
それでご飯を食べていこうって人間が、ナルシストじゃないわけがない。
しかも絵本作家なんて、その中でも頭抜けてポエミックな仕事じゃないですか。
そんな人が『自分はナルじゃない』なんて、言われましてもねー。説得力の欠片も無いです。
そもそも先輩には、少し自信というものが足りないのですよ。
顔に似合わないそのファンシーな絵は純粋に上手いと思いますし、話だって、多少甘っちょろいのに眼をつぶれば、良くできてると思います。
……え、なんですか?
褒めてくれてうれしい?
な、何無防備に笑っちゃってるんですか!惚れますよ?惚れなおしちゃいますよ?
もう、これ以上先輩のことを好きになっちゃったらどうするんですか、まったく。
……ふえ?もう嘘はいい?
いちいちドキッとするのに疲れた?
……先輩。良いことを教えてあげます。
私は先輩に、一日3回までしか嘘をつかないって決めているんですよ。
誓ってもいいです。
今から私が言う言葉に、嘘はありません。
強面なのに絵本を描いている先輩が好きです。
長身の背中を丸めて、机にかじりついて絵本を描く先輩を、とても愛おしく思っています。
こんなに面倒くさくて、口の悪い私になんだかんだ付き合ってくれる先輩が好きです。
何度ダメだしされても諦めないひた向きさが、眩しいとさえ思います。
無防備に笑う素直な先輩が好きです。
今みたいに顔を真っ赤にしているのを見ると、思わず抱きしめたくなります。
これが、私の偽りない気持ち。
大好きです。先輩。
私が信じられませんか?
ふふふ、その不信感も私の策の内なのですよ。
先輩にもう一つ、有名な童話の教訓を教えてあげます。
オオカミ少年はご存知ですよね。
あ、安心していいですよ。
この話は先輩もご存じのとおり、嘘をつきすぎた羊飼いの少年が、オオカミに食べられて終わります。
教訓は単純明快『嘘つきは肝心な時に信じてもらえず、身を滅ぼしてしまう』、今の私みたいですね。
でも良いんです。
私は別に、有象無象の村人に信じてほしいわけじゃない。
たった一匹のオオカミさんに、私を食べてほしいだけなんです。
先輩。そうこうしている間に、ずいぶん日も暮れちゃいましたね。
今から帰り支度をしても、校門を出るころには辺りは真っ暗です。
でも私、親におつかいを頼まれてるんです。
それも、牛乳やら大根やら、私の細腕には少々荷が重いものばかり。
そのくせ両親は、今日結婚記念日で荒谷の老舗旅館にしけこんでるんですから、やってらんないですよね。
はあ、この暗い道の中、重い荷物を持ったまま帰るのは心細いなぁ。
フフフ、ねえ、先輩。
送りオオカミに、なってくれませんか。
どれだけ地の文に頼らずに話を書けるかをテーマに書きました。
ある意味全文台詞であり、全文地の文でもあります。
あと某飲料水系あざと後輩に影響されていたりいなかったり。