とある役人の日常
即興小説トレーニング(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=220735) お題:やわらかい殺人犯 制限時間:15分
刑の執行は広場で行われる。
今日は連続殺人犯。五人の婦女を殺した凶悪な男、ジーズ・クーパー。
民衆の罵詈雑言の中を警吏に引っ張って来られる。広場の真ん中、視線の先には斬首台。黒いマスクを被った首切り役人が待っている。
どんな大胆な犯罪者だって、首切り役人の待つ広場に連れて来られると、逃げ出したくなるという。ジーズもご他聞に漏れず、寸前になって落ち着きを失くし、暴れ出した。警吏は三人がかりで押さえつける。
首切り役人は真っ黒な布に二つ目の場所に穴の開いたマスクを被っている。筋骨隆々な大男。靴には幾人もの犯罪者の血が染みついている。手には振り降ろせば首を一刀両断!大きな斧を手にしている。
もがくジーズを取り押さえ、ずた袋で目隠しをする。
斬首台にくくりつける。
首切り役人がそばに立ち、斧を振り上げる。
ダンッ!!
野次を飛ばしていた民衆でさえ、恐怖に慄き、沈黙が支配する一瞬。
実は首切り役人こそが、惡に満ちた罪深い者なのではないか?
その感想がよぎるとき。
首が転がる。
首切り役人は役目を終えて、首の離れた死体を残し、去っていく。
控室にて。
斧の刃を慎重に吹いて、鍵付の戸棚にしっかり仕舞い込む。
血にまみれた靴を脱ぎ、普段用の靴を履きかえる。
マスクを脱いで、靴と一緒に箱に仕舞い、棚の上に置く。
首切り役人のお役目は、今日はこれで終わり。
筋骨隆々の大男は、優しい顔立ちの青年である。
ほうぼうに立つ歩兵に挨拶をしながら、役所を後にし、処刑場に集まっていた民衆の帰りの人波に紛れ込む。
「あの役人は一体何者だろうね」
「きっと非道な人間で、神様から罰を与えられているからあんな役目なのさ」
好き勝手に物を言う民衆の声を耳にしながら、彼は黙って歩いて行く。
と、見物人の一人だった少女とぶつかった。
「すいません」
「いや、こちらこそすまない」
少女は彼を見上げると、ぽっと顔を赤らめ、恥ずかしそうに顔を伏せた。
彼はそれなりにハンサムであった。
「怪我はないかい?」
「いいえ、大丈夫」
さようなら、と駆けていく。
少女は友人と合流して、興奮気味に「格好良い人とぶつかっちゃった」と声を上げた。
静かな通りに入り、自分の家に着くと、彼は表情を緩ませてその戸を開けた。
「ただいま」
主人の帰りに、小さな子供が二人、駆け寄ってきた。
「おかえりなさい!パパ!」
「おう」
主人は子供二人を両腕に軽々持ち上げ、中に入って行く。
可憐な夫人がそこでは食卓の準備をしていた。
振り向いて、微笑みかける。
「ただいま、リザ」
夫人は頷く。生まれつき、声の出ない人なのだ。
主人の帰宅に合わせて、夕食は始まる。
温かい食事を囲んで、家族は勢揃い。
主人は全員が食卓についたのを見計らって、お祈り唱えた。
「すべての命と糧に感謝して、アーメン」