彼女は夜の姫君
http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=198736 お題:狡猾な私 制限時間:15分
踊れ、踊れ。
愉快に、踊れ。
くるり、くるり、金の紗を閃かせ、きらり、きらり、宝石を煌めかせ。
紅い唇、貴方の為に彩る。
夜の帳は、まだ下りたばかり。
酒宴の華は着飾った女たちのダンスである。
異国の風情は昨今の貴族たちの流行でもあった。ヴェールと長い袖の衣を纏う女性たちは、その肌を皆覆っているのに、身体の線が妙に浮き出て、何とも艶めかしい。酔いも手伝って、談笑する貴族たちの目もとろんとして妖しくなる。
一人の女性がひときわ美しかった。彼女は微笑みを乗せて彼らに手を差し伸べ、あっという間に逃げてしまう。貴族たちはそれを見て、くすくすと笑う。
一人の男は、そのでっぷりと太った腹をゆすって笑い、こう言った。
「彼女と一夜を過ごせるなら、袋いっぱいの金貨だって惜しくはない」
「なに、私はこの壺いっぱいの金貨を」
「私はこのマントに乗るだけの宝石を」
声高に、貴族たちが競い始める。
彼女は瞳に、炎の赤を映して、艶やかに微笑んだ。
やがて一人の男が彼女を連れ出すことに成功した。
男は冷やかされながら、彼女の手を引いて人気のないバルコニーに連れ出す。
室内の明かりで薄っすらと夜を見渡せるバルコニーは格好の逢引き場所だ。
「貴方は誰よりも美しい。今宵は私と共に過ごしてほしい」
真摯に、可哀相なくらい緊張して言うその男に、彼女は微笑みかける。
そして、その紅い唇を近付けて、彼のそれに重ねた。
一瞬固まった彼は、やがてその口づけを深くしたが―――ぬるりと舌が入れられ、甘い味がした次の瞬間、目眩がした。
ぐるぐると廻る視界の中、座り込む。
彼は彼女の囁きを聞いた気がした。
「ごめんなさいね、私、狡猾なのよ」
蔓のような黄金のブレスレットが彼女の腕に絡み付いているのを見ながら、彼は意識を失った。
目が覚めると男はバルコニーで一人で寝ていた。
夜が明ける手前らしい。まだ暗いが、地平線が薄らと明るい。
自分の身を確かめると、金品はすべて盗られていた。
しかし、彼はまだ夢の中にいるような気分がした。
踊り子。紅い唇。金のブレスレット。
それも、とても美しい―――
「彼女は夜の姫君だ」
彼女の踊る長い袖の衣が、鮮やかに翻るのを幻に見た。




