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遺言執行

即興小説トレーニングから転載(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=276607)

お題:小説の別れ 制限時間:15分

 彼女が死んでから二十四時間エンドレスで茫然としていたようなものだが、今ほど茫然、自失している状態はないだろう。

 火の粉が吹き上げ、黒い煙を巻きながら赤い炎が空を突く勢いで燃え上がっている。

 ガラガラと大きな音を立てて柱が真っ黒に燃え落ちる。

 茫然自失状態の男と共に、それを眺めていたきちんとした身なりの男が、男の肩をぽんぽんと叩く。


「なんというか、まあ・・・郊外ですから、燃え移る心配はありませんし」


 妙な慰め方をするのもその通り。

 この男、遺書を保管する業者である。病気の妻は彼に遺書を託し、そして、遺書を夫に公開した。まさかそれがこうなるとは思うまい。

 遺書には小説の如く、次のように書かれていた。


 "あなたが私を愛しているのは知っています。

 あなたがしつこく私を思い続けようと、その痕跡を探し続けるであろうことも分かっています。

 そしてあなたが、思いつめた挙句、狂科学者のような実験をし始めかねないと、その危惧もあながち間違いではないと思います。

 よって、私は、あなたが心に閉じ籠らないように、私とあなたの思い出の詰まった我が家を、爆破しようと思います。

 どうか、あなた、私にとらわれず生き続けて下さい。

 あなたの心が、いつか悲しみから解放されますように。"


 豪快過ぎるだろ。

 夫が茫然自失の中で抱いた感想である。


 ご丁寧に、家から出て遺書を読むよう、事前に妻から言づけを受けていた。遺書を保管していた業者がその遺書を夫に読ませた瞬間、家は轟音を立てて爆破、燃え盛る炎にどうしようもなかった。

 体の弱い妻を労わって、郊外の空気のいい場所に家を建てた。

 貴重な毎日だった。

 美しく、しかし豪胆な妻と、一緒に笑ったり、時に喧嘩したり。

 しかし、最後に一番驚かされた。


 男は思う。

 いくら彼女がどう思おうと、彼は悲しみから逃れられない。

 しかし、遺書に書いてあることは、すべて当たっていた。自分は家に閉じこもり、日々を思い返しながら鬱々と過ごしていた。家を訪ねてくる人も、すべて断っていた。

 とはいえ。

 この世の中に、これほど自分のことを理解してくれる人がいたということに、何故か清々しい気持ちにならざるを得ない。


「・・・一応共同資産のはずなんだけど」

「その分の埋め合わせができる金銭の相続に関しても、書類を預かっていますが」


 目を見張る。業者は分厚い書類を鞄から取り出していた。

 ふっと溜め息を吐いて、呆れたように燃え盛る我が家を見上げる。


「・・・その金で、旅にでも出ようかな」

「それもよろしいのではないですか。何故なら彼女の遺言は」


 "人生をどうか楽しんで!"


 だった。酷い女だ。

 彼女はもういない。

 小説に書かれるような、美しい日々は終わったのだ。

妙な漢字変換の間違いが多かったのでちょこちょこ直しました。

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