満月を捕まえたい
即興小説トレーニング(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=255719)転載
お題:黄色い言い訳 制限時間:15分
月を捕まえに行こうと思ったんだ。
黄色くて、まあるくて、輝かしい姿が、黒々でろでろ揺らめく川面に映っていたんだ。
杯に酒を満たして、満月を映し、月を飲み干すなんて風流な話があるじゃないか。
まあ、それと似たようなものさ。
月に向かって川に飛び込んだ。
夜の川は存外真っ暗だ。満月の光を反射させて、淡い光で満ちているのかと思っていた。
得体の知れない黒い影など、そばを通ってぎょっとさせる。
冷たくて、暗くて、手には気持ち悪い藻が絡むんだ。
だが、透明で、先の方まで見通せる。
そのまま川に沿って、泳いで行ったんだ。
月を探す冒険だ。
川を下って行くうちに、川は深くなっていった。
僕はそのうち水棲トカゲのように悠々、鮮やかに泳ぐようになっていた。
その川は不思議で、川下にいくたびに水が澄んでくる。
あんな変な川はないと思うよ。
やがて、深くて、最も水の澄んだ、流れの停滞した場所に出た。
すいすい泳いでいるとさまざまな魚が泳いでいる。
川面の向こうの真っ暗な空には、満月が白目を剥いているみたいに光って睨んでいる。
あっこれは僕は光ってやらねばならないのだ!
そんなことを思った途端、僕の腹はホタルのように光っていた。
自分でも気が付かなかったけれど、僕はいつの間にか、大きなトカゲになっていたのだ。
水は光を少しずつ含み、貯め、乱反射させた。
岩場のごつごつした水底が見えてきた。
エメラルド色の藻がゆらゆら揺れて、こぽこぽと湧水の出る砂地を照らす。
僕はあっと声を上げそうになった。
川底に、女が黒い髪を揺らめかせて、座っていた。
透明で青い瞳をしていて、肌は月の光を受けて光る。
目を瞬かせて、湖に微弱な波を起こす。
憂いを貯め込んだ瞳をうつろに天井に向けて、僕の姿を目で追う。
とても美しい女だった。
それを見ていると、なんだか胸が苦しくなって、もがきたくなった。
忘れたことを、胸を引き裂いて取り出したいかのような衝動だ。
あんな切ない思いは初めてだ。
どうしようもない思いに、僕はいてもたってもいられず、その場をぐるぐると泳ぎ回る。
すると、女が泣いたんだ。
水中だから泣いているのが分かるのもおかしんだが、涙がほろり、零れて、水中に溶け込んだのが分かったんだ。
――――そんな夢を見た。
黄色い満月も、水中も、トカゲも、どうも幻想的すぎて、深層心理を映す夢の意味をはかりかねている。
あの女の涙が忘れられないのだ。
発想がワンパターンです。
「水底より」の別視点のような話になりました。
水と水の中にいる女が私の発想にはまとわりついているようです。