金色のオルゴール
即興小説トレーニング(http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=231473)から転載 お題:腐った罰 制限時間:15分
ある工房に、腕のいい、若いオルゴール職人がいた。
寡黙で優しい職人は、日々黙々と精を出し、次々にオルゴールを作り出した。
時には小鳥が出てくる仕掛けがついているものや、細かい音階をも表現した、既存のオルゴールにとらわれない人をあっといわせるようなオルゴールを作ってみせるので、工房一の若手職人として嘱望されていた。
どんなに美しいオルゴールを作ってみせても、職人は謙虚だった。
どんなにすごいオルゴールを作っても、職人の手には一つもオルゴールは残らない。
お客さんの手に渡ってこそ、オルゴールはその可憐な音を奏で、耀くのだ。
そんな思いで一心に、オルゴール職人はオルゴールを作り続けた。
あるとき、職人のもとに一人の貴族が現れた。
噂を聞きつけて、職人に特別なオルゴールを作らせたいと貴族は思ったのだ。
「まだ人が聴いたこともない、えもいわれぬ美しい旋律を奏でるオルゴールが欲しいのだ」
貴族はこう注文を付けた。
仕掛けや、音楽の細かい表現をつけるならまだしも、旋律自体を創り出したことはない。
職人は困ったが、貴族の注文を受けることにした。
七日間考え、七日間試行錯誤してオルゴールを作り、七日間調整をしながら作り上げ、オルゴール職人は金色の箱のオルゴールを作り上げた。
やがて注文の品を取りに来た貴族に、オルゴール職人はオルゴールを見せた。
「きちんと注文通りになっているかね」
「私の生命を賭して、作り上げました」
そう言って、オルゴール職人は、オルゴールの蓋を開いてみせた。
仕掛けがカチリと小さな音を立てて、オルゴールが音を奏で始めると、工房中に金色の旋律が流れているのかと思うほど、聴いたこともない、何とも美しい、心地良い音楽が演奏された。
貴族は至極満足して、すっかり陶酔し、即座にオルゴールを引き取った。
さて、そのオルゴールは貴族の邸宅に置かれ、貴族の自慢の品として様々な上流階級の人に紹介されることになった。
客人は口を揃えて言った。
「まあ、なんと美しい音色なんでしょう。こんな曲は初めて聴きました。この曲は誰が作ったのです?」
いい気分になった貴族は言った。
「これは私が作った曲なのです」
これを聞いた客人たちは多くの人にまたその話を広め、貴族はたちまち音楽家として名を馳せた。
その噂を聞いたオルゴール職人は驚いて、貴族の邸宅に訪れた。
「いったい、どういうおつもりなのです。これは私が生命を賭して、オルゴールのために作った曲なのですよ」
「うるさい。お前が作ったことなんか、どうせ誰も知らない」
貴族は嘘がばれるのを恐れ、そう言って迫ったオルゴール職人を殴り殺してしまった。
腕のいいオルゴール職人は闇に葬られ、オルゴールだけが残り、音楽は奏でられ続けたが、嘘は貴族が意外に思うほどすぐに露見した。
貴族が一切オルゴール以外にその曲を演奏しないことを訝しんだ違う貴族が、オルゴールのルーツを暴いてしまったのだ。
貴族は嘘つきとして、その後一切ほかの貴族や有力者から見向きもされなくなった。
やがて貴族は腐敗したその性質を取り沙汰され、取り潰しになってしまった。
怒った貴族はオルゴールを投げ捨てて、永遠に金色の音楽も失われてしまった。