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私の小説修行

http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=163803 お題:純白の小説修行 必須要素:ランボルギーニ 制限時間:30分


ランボルギーニが分からなくって、必須要素入れられなかったんです。

 まっさらな白い紙が、草原が広がるかのように、どこまでも続いている。

 私はその前に呆然と立ち尽くしていた。ひどすぎる、と口の中でぽつりと呟いた。

 何かといえば、私はこれから、この紙いっぱいに小説を書かなければならないのである。しかも、ぴったりこの紙に収まる小説を、一編。行もない紙に、任意で文字の大きさを考慮し、端から文字を書いて行かなくてはならないとなると、途方もない気分になる。

 紙は五十平方メートルにもなろうか。とにかく、見たこともないほど、大きな純白の紙だ。道に敷かれたこの紙を、師匠は如何にして用意したのだろう。


「まあ、頑張りたまえ。やってみることが肝心だ。何事も挑戦挑戦」


 涙目の私を残して、茶の作務衣姿の師匠はそんな言葉と真っ白な紙を置き土産に、去って行った。


「これくらいできないと、もう、僕の門人と認めないよ」


 脱力した私に、返す言葉はないのである。これまで幾枚もの白紙を師匠に提出してきた報いが、遂に巡ってきただけなのである。

 これができなければ、私は師匠に見捨てられてしまう。

 真っ白な、大きな紙を前に、ぶるりと体を震わせた。

 小説家になると決めたのではないか。師匠を尊敬して、弟子入りしたのは私だ。今、試されているのである。ここで踏ん張れなくて、何としたことか。

 私は気合を入れて、手にしていたサインペンの蓋をきゅぽっと取った。油性のインクがぷんと香る。

 そして、紙の端から、文字を連ね始めた。

 この白い紙いっぱいに、文字、すなわち文章、すなわち一編の小説で埋め尽くすために。


 これというのも、私が講評会に何度も白紙を提出したためなのだ。

 師匠はいくらか弟子を抱え、月一回弟子を集めて小説の講評会を開き、その都度小説に批評を加え、弟子たちの向上を促す機会を作っている。

 この合評会を経て小説家となった作家は数知れず、師匠の門下にくだる弟子が後を絶たないのはひとえにそのせいもある。

 私とてその合評会目当ての弟子であるはずだが、他の熱意に燃える小説家の卵たちとはやや異なる性質を持っていた。

 私はまず、師匠と一対一で、講評してもらえると思っていたのである。

 二つ目に、私は私と同じような小説家の卵たちに、小説を読まれ、批評されることに、ひどく嫌な気持ちがしていたのである。

 この二つの理由から、私の筆は講評会に向けて徐々に遅くなり、仕舞いには筆を置き、白紙を用意するだけという所業を重ねることとなった。


 講評会に顔を出すと、鼈甲の眼鏡をかけた、作務衣姿の師が、眼鏡をくいっと上げて、うーむと白紙を眺める。

 そして、そばに正座した私に声をかけるのである。


「君、これはどういうことかね」

「はい、師匠」


 私は正々堂々と答える。


「それは、白紙であります」


 師匠は目をぱちくりさせ、うーむと唸る。


「白紙ということは、君は小説を書いていない、ということではないか」


 この問いにも、私は正々堂々と、否と首を振るのである。


「いえ、それは白紙という、芸術なのです。小説とはすなわち、芸術。黙す中に、語るものがある。白紙こそ、黙して語る究極の芸術なのでございます」


 師匠は私の言に目をぱちくりとさせ、またうーむと唸り、頭を掻く。

 ぬけぬけとした私の言に、他に集まった門人たちも無言で抗議を唱える。

 しかし、毎回師匠は、「ふむ、分かった」と言い、「では次の者の作品を見ようか」と講評会を続ける。


 こうして、私は毎回講評会を切り抜けて来た。講評会に作品を持ってこないという後ろめたさはありしも、私は私の為に小説を書いていた。やはり私には独自に作るのが一番なのだと言い聞かせながら、いつも机に向かい、熱心に書いてきたのだ。

 しかし、今日講評会に来て、またいつものように白紙を差し出すと、師匠の反応がいつもと違ったのである。

 師匠は白紙の枚数を数えて、ふむ、と頷いて、そばに正座する私を声をかけたのだ。


「君、今日のでぴったり、五十平方メートル分の白紙だよ」

「・・・はい?」

「丁度キリがいいから、君、修行してみてはどうかね」


 私は師匠が何を言い始めたのか分からなかった。ぽかんとして、師匠が重大なことを言っていることに気付いていなかった。


「修行、でございますか」

「そうだ。君は今まで、五十平方メートル分の白紙を出した。それで、一編の小説を書いてみるのだ」

「何を、ご冗談を」

「なに、冗談ではない。道に出てみろ」


 言われた通り、表に出て、道を見たら、目の前に純白が広がっていたので、私は思わず声を上げた。


「何です、これは」

「これは君が修行するに丁度いいと思ってね」

「何ですって?」


 師匠は顎をさすりながら、私に言った。


「君はこの分だけ白紙を出してきた。何もない白紙に芸術性があるとこじつけてね。それがどれほどのものなのか、ここで試してみたらどうかね」

「それはどういう」

「君がどれほど、この白紙の分だけ、自分の時を無駄にしてきたかと、分かると思うよ」


 私は呆然とした。師匠はお見通しだったのだ。

 私は小説を、一編も書き終えたことがなかったのである。


「まあ、これいっぱいに、やってみなさい」

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