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旅の終わり

あれからいくつもの街を回った。

新たな街。

新たな魔獣。

どれもゲームの時に一度見た世界ではあったけれども、肉眼で見た世界はやはり広大で、そして生まれたばかりの世界を見るように新鮮に映った。


かつてのドレスミルクの騎士達にも会った。

ダンジョンに潜り、かつての王のためにとその最奥を目指す者。

自らの街を創り、ゴブリンをまとめ、新たな王になろうとする者。

ひとり山奥に住み、魚を釣り、野菜を育て、日々の生活を営む者。

既に命を落とした者。

世界を回り、どこかに王が未だ生きているのではないかと探す者。

親となり、子を育てる者。


様々な人生がそこにあり、そして最早その何処にも王の残した何かは存在しなかった。

現実帰還へのヒントなんてもともと、無かったのかもしれない。

元の世界に戻る術なんて最初から無かった。

それならそれでも良い気がしていた。

そう思う程には、最初からこの世界に生まれてきたかのように馴染んでいる。

それでもせっかく世界を巡ったのだ。

最後にどうしても見ておきたかった場所へと向かった。


廃棄された城、廃城。

既に城の一部が崩れていた。

元々は真っ白な見事な石組みの城だったのだろう。

街がまるごとひとつ入りそうな巨大な城が、今では墓標のように、誰にも顧みられる事無くただそこにあった。


アリアはいない。

彼女はここへ行くのならと、城の近くで分かれた。

一足先に最初に俺たちが過ごしたカストール側のゴブリンの村へと向かった。

彼女にとって、ここは苦い思い出の場所なのだろう。

仕方が無い。


中も惨憺たる有様だった。

かつての栄華の影は無い。

所々、打ち壊されたかのように崩れている。

玉座の間も同様だった。

そこには既に玉座すら無かった。

広い空間に、ただ段がある。

今ではそれだけの場所だった。


そして最も高い塔へと向かう。

誰もが最後に王が向かった場所としてそこを上げていた。

もしもドレスミルクが現実へと帰ったなら、ここが最後の場所だろう。

ここに向かい、そしてドレルミルクは消えた。


「これは?」


そこは明らかに今までの場所と違った雰囲気を持っていた。

窓は無い。

明かりも無い。

それなのに、壁、床、天井、そこにある全ての石材が青白く発光していた。


「瞑想の間です。ドレスミルクさまはここで思索に耽っておられました」


現実帰還への道をここで探っていたのだろうか。

ふと、気が付いた。

アルフレッドが下げている剣が青く光っている。

いや、アルフレッドの剣だけではない。

俺の背負う王の剣もだ。


「これは」

「時が来ました。私はこの時をずっとずっと待っておりました」

「アルフレッド?」

「ここに私の剣とノル様が持つ王の剣が揃い、部屋は機能を取り戻す」


アルフレッドの様子が変だ。

そう。

彼は今、笑っていた。

今までに見た事のない笑い方だ。

皮肉げで、ぞっとする何かがこもっている。


「今まで、私は言わなかった事がございます。私はノル様が別の世界から来た事を知っておりました」


な。

言葉にならない衝撃。

まるで稲妻を体に受けたようだ。

誰にも言わなかった秘密であったけれども、アルフレッドは知っていた?

いや、知っていたなら何故それを黙っていたのだ。


「なぜ?」


やっとの事で口にする。

なぜ知っていたのに、何も言ってはくれなかったんだろう。

アルフレッドはいつも真摯に俺を見守ってくれていた。


「こんな話を知っておりますか?ある所にひとりの女の子がおりました。その女の子の世界には魔獣も魔法も、剣もありませんでした。それは全て物語の中でのみ語られる。そんな世界がありました」


それは俺の知る世界だ。

それは俺のいた世界だ。


「私はその話をドレスミルク様から聞いていたのです。そう、何もかもを知っていた」


知っていた。

俺が現実とこちらとの狭間でどう考え、どう生きれば良いのか。

あちらとこちら、どちらの生が本当だったのだろうか、と悩む間にも、アルフレッドはそれを黙って見ていたのだ。

今まで見てきたアルフレッドの全てが裏返る。

誰だ?

ここにいる緑色の醜い小人は?


「私がノル様をこちらに呼んだのです。そう、今、あなた様がここにいるのは、私のせいなんですよ!」


アルフレッドが剣を抜く。

早い。

背中に剣を背負った俺では防御は間に合わない。

威風堂々。

ゴブリン王だけが使える最強の防御スキルを解き放つ。

ただの一度だけあらゆる攻撃を無効化し、さらに攻撃をしかけた者にゴブリン王を攻撃する意志を二度と持たせない絶対的な恐怖を強制する。

威風堂々を使った瞬間、アルフレッドは剣を引いた。

今、斬り込めばどうなるのか分かっているのだろう。

その間に俺も剣を抜く。

どうしたら良いのか分からない。

それでも抜く以外に選択肢は無いと思えた。


「それで、ここまで連れてきておいて、いや、あちらから呼んでおいて俺を殺すのか?今、ここで?」


意味が分からない。

何の恨みだそれは?


「あなたは死にませんよ。それがずっと探しておられた王の誇りの正体です。この世界では死んだら終わり。それをただひとつ覆せるのが王の誇りですよ」

「な」


旅の中でいくつか死を見てきた。

自分も幾度か危ない目にあった。

復活のアイテムの扱いを何度も真剣に考え、そして最後にはそれを捨てた。

自分だけが死なないなんて保険を掛けて生きたくは無かった。

あの決意には何の意味も無かったのか?


「そんな馬鹿な」

「本当ですよ。例え肉体が死を迎えても、王の誇りが死を許さない。時は巻き戻り、死は生に巻き戻り、そしてあなたはやり直す。何度でも。確実に生き残れる王の道を歩む時まで。それ以外にも私はこんな物も持っていますしね」


そう言って取り出したのは捨てたはずの復活アイテムだった。


王の誇りの正体、それはまるで呪いだ。

例え、その時に自分以外の誰が何人死のうとも、自分だけは生き残ってしまう。

決して死という間違いを許されず、そして選んだ道が自分にとっての正しさに合うとは限らない。

そんな呪いにも似たスキル。

いや、それなら何故アルフレッドは斬り掛かってきた?

そもそもアルフレッドは何がしたいのだ?

今の今まで隠してきた何もかもを放り出して。


「アルフレッド。何がしたい」


アルフレッドの表情は壊れたままだ。

呆れたように、つまらなさそうに言う。


「あなたには分かりませんよ。人間のあなたには」

「じゃあ質問を変えよう。何をする?アルフレッド」


ニヤリと笑い、アルフレッドは宣言した。


「まずは、あなたの心臓の鼓動を止める」


そう言った直後、今までに見た事の無い、最速の一撃が飛び込んできた。


威風堂々は既に効果が切れている。

さらに再発動するには待機時間が解けていない。

アルフレッドはまっすぐに突き掛かってきた。

それは間違いなく心臓を狙っている。

早い。

まるでコマ落としのように動く世界を眺めながら、これは防げないと直感する。

これが上位スキル持ちと下位スキルしか持たない俺とアルフレッドとの差か。

まともな防御スキルがあれば防げただろう。

しかし、俺にある防御スキルは基本スキルだけ。

頼みの綱の威風堂々も使えない。

俺は死ぬのか。

いや、死んでもまた繰り返すのか。

アルフレッドは笑っていた。

楽しくて仕方が無い。

そんな笑い方だった。

なぜ?

きっと今の自分は間抜けな顔をしているのだろう。

今だけじゃない。

アルフレッドにとって俺はずっと間抜けだったのか。

そう自覚した途端、力が抜けた。

アルフレッドの一撃を待つ俺が見た結末は、全く予想できなかったものだった。

突如として飛んできた1本の矢が、アルフレッドの鎧を砕きそのまま背中にストンと刺さった。






「アリア」


矢を射たのはアリアだった。

部屋の入り口に弓を構えたアリアの姿があった。


「どうして」


そう口にするアリアの口がわなないていた。

分からない。

俺にはそれに応える術が無かった。


アルフレッドに近づくと、彼はまだ生きていた。

口から血を吐く。

アリアも近づいて来る。

アリアに言葉は無い。


「アルフレッド。分からないよ。教えてくれ」


教えてくれ、彼に頼むのは何度目だろう。

今までにも何度となく彼を頼り、そして口にしてきた言葉だ。

そうだ。

なぜ殺すのだろう?

殺しても時が戻って生き返るなら、殺す意味が無い。

それでも殺すのは何故だ?

そこに何の意味がある?


「生き返るんだろう?それなのに俺を殺さなければならないのはどうしてだ?」


苦しそうに咳をしつつ、彼は答えた。


「それこそがあちらに帰るただひとつの方法だからにございます」


その言葉はかつてのアルフレッドのものだった。

真摯で穏やかな。


「帰れる?死ねばあちらに帰れるのか!?」

「ただ、死ぬのでは駄目です。ドレスミルク様は二度、死にました。その上でそれこそがあちらに帰るただひとつの方法だと考えられたのです」


息も絶え絶えにそれでもしっかりとアルフレッドは話す。


「死ねば時が巻き戻る。その時にその効果を大きくすればより大きく巻き戻せる。もしもこちらに来た始まりよりも前まで戻せれば、その魔法効果の極大化のためにこの部屋を、そしてこの城をつくりました。最後にここでドレスミルク様の心臓を王の剣で突き刺しましたのは私です」


死が鍵であり、この部屋こそが扉。

魔法の効果を極大にまで高める事が出来るこの部屋で死ぬ事、それがただひとつの現実帰還への方法だったのか。


「俺は現実に帰りたいなんて言ってないよ。それなのにアルフレッドは俺を返そうとしたの?」

「違います。あちらへと行きたかったのは私でした」


アルフレッドは語る。

ドレスミルクに最初に付き従ったのは自分だった事。

最初に意志も意識も無かった事。

レベルが上がり、知能を得て、自我を持ち、やがて今の自分になった事。

ドレスミルクこそがすべてであり、彼女の側にいられればそれで良いと思っていた事。

やがて、彼女の元にはたくさんのゴブリンが集まり、国となった後も彼女はゴブリンを使って現実帰還の方法を探していた事。

そして彼女を現実に返した事。


アルフレッドが願ったのは、現実へと行く事だったのだ。

ドレスミルクが消えたあちら側へ。

どうしたらそれが叶うのか、アルフレッドはずっと探していた。


ドレスミルクが話したこちら側へ来た時の出来事を事細かに検証し、それは召喚魔法だったのだとアルフレッドは結論付けた。

ドレスミルクが残した剣の膨大な魔力。

そして、俺がこちらに来たあの草原。

そこはドレスミルクがこちらへと迷い込んだ最初の地でもあったらしい。

いくつもの条件を検証し、解き放った魔力は果たして俺をこちらへと呼び出した。

ただ、ドレスミルクのみを求めた彼の妄執が実現させたのか、それとも別の要因があったのか。

ゲームとこちらは繋がっているようで、実はその繋がりはパラレルだ。

俺がゲームで見たままの事がそのままこちらでも起きていた訳では無かったのだ。

彼は俺を呼び出し、そして目的を果たすまで臣下として機を待った。

俺がここに至る、この時を。


「ノル様を殺し、この塔の魔法を発動させた上で、あなた様を復活のアイテムで魂を呼び戻せば、魔法の効果は行き場を失います。私が死に、あなた様の代わりにその効果を得るつもりでした」


失敗してしまいましたがな。

そう呟くアルフレッドの息はいよいよ危険な雰囲気だ。


すべてはドレスミルクのため。

彼女に会うためだけに全てを捧げていた。

そのためには真実、自分の命すらも惜しくは無かったのだろう。


それで本当にあちらへと渡り、俺の体にアルフレッドの魂が入れるのかは分からない。

それだけは検証のしようが無いのだから。

それでも俺はアルフレッドの願った通りにこちらに現れた。

計画をした以上は進めなければ気が済まなかった。

今まで、完璧だと思っていたアルフレッドもただの人、どこにでもいる普通の人に今では見えた。


「アリア」


アリアにアルフレッドが持っていた復活のアイテムを渡す。


「ちょっと、何を考えているのよ!?」

「アリア、俺を殺せ。アルフレッドが死ぬ前に」

「嫌よ。私は嫌」


アリアはいつからか泣いていた。

今も涙は流れたままだ。


「アルフレッドはもうすぐ死ぬ。それなら今しかチャンスは無い」

「馬鹿じゃないの!?それをしたら、今度はあんたが帰れなくなるんでしょう!?」


あちらの肉体に入るのがアルフレッドの魂なら、俺の魂はもうそこには戻れない。

その通りだろう。


「俺はずっと迷っていた。帰りたいのか、帰りたく無いのか。ずっと考えていたのに分からなかった。答えが出なかった」


アルフレッドを見る。

もう何かを口にする体力も無いのか、それでも何かを言おうとしている。


「アルフレッド。諦めるな。一度意志したなら、最後まで貫け。俺の最後の命令だ」

「私は嫌って言ってるでしょう!!」

「それなら、仕方無いな。アリア。しくじるなよ」


俺は剣を自分の首に当てた。


「ここにあちらに行きたいという“人間”がいるなら、俺はそちらに送ってやる。それが俺がアルフレッドに見せてやれる人間としての規範だ」


ためらわずに、俺は首に刃を入れた。






闇だ。

何も見えない。

何も。

何も感じない。

分からない。

何も。


光。

どこからか光が射している。

どこだ。

見えない。

分からない。

けれども、感じる。

どこだ。


光が俺を包んでいる。

温かい。

どこからか良いにおいがする。

どこからか。

においが。


誰?






目が覚めた。

目の前にはアリアがいた。

座り込み、俺の頭を膝で抱えていた。

泣いている。


「どうなった?」

「彼は死んだわ。成功したのかは分からない」


あの青白い塔の間だった。

体を起こそうとして、力が入らなかった。

あれが死なのだろうか。

そう思った時には何を自分で思っているのかが分からなくなる。

何だろう?

何かがあったような気がしたのだけれど。

分からない。


「使ったんだな」


アリアの手には何のアイテムも握られていない。


「ええ。使ったわよ。自分の弱さが自分で嫌になる」


言われて考える。

もしもアリアが何もしなければどうなった?

俺は王の誇りとこの塔の魔法の効果で現実に帰るのだろう。

そして重症を負ったアルフレッドはただ死ぬだけになる。

ここにはアリアしか残らない。

そうか。

俺がした事は。


「そうか。ごめんな。脅すつもりは無かった」

「ええそうでしょうよ!馬鹿よ!あんたは!アルフレッドも!!」


無理矢理に体を起こした。

ごめんな。そう言って、アリアの頭を撫でた。

見ると、アルフレッドの体が消えていた。

きっとあちらに行けたのだろう。

そう思う事にする。

あちらか、こちらか、結局自分はどちらでも良かったのかもしれない。

いや、こちらで生きる事を俺は選んだのだ。

意志したのは自分だ。

自分の規範に従って生きれば良い。

それはずっとアルフレッドが教えてくれた事だった。

俺はこちらで生きていこう。

立ち上がり、泣くアリアを立ち上がらせ、歩き出す。


「これで良かったの?」

「ああ。それに約束があったしな」

「約束?」

「そう。例え世界が炎に包まれようとも、闇に落ち光が戻らずともってね。約束を守るのも規範の内だろう?」


笑って言う俺に、アリアはやっと笑った。


「やっぱりあんたは馬鹿よ」


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