レベルアップ
コカトリスの腹をさぱっと開く。
別に解剖学の授業がしたい訳では無い。
砂肝を取り出すと、それを割る。
中には何やら白い石がごろごろと入っていた。
それを布でくるんでアリアに渡した。
白色魔石だ。
石化無効がこれで付けられる。
コカトリスからでは無かったけれども、ゲームだった頃にも手に入れていた。
ただし自動的に手に入ったので、こうやって取り出すと、何だかばっちい印象だ。
いずれ6ゴブが来る時に、使うんだろうな。
そう思うと、前のアリアが仕留めた奴からもきちんと取っておけば良かった。
頭を麻袋に詰め込んでホルダに突っ込む。
ついでにもも肉も失敬した。
村に着くまで保つかどうかは賭けだな。
もうここには用は無い。
「帰りますか」
「そうね」
アリアがついてきたのは想定外だったけど、良い感じに距離が詰まったのは僥倖だった。
なかなか鶏が出てこなかったので、日は大分昇ってしまっている。
俺と、アリアは急ぎ足で街へ、そして村へ向かって歩き出した。
街には無事に夕方前に着いた。
アリアとは門の前で別れている。
ギルドに向かおう。
「あれ?なんか久しぶりな気がするのは気のせい?」
なんだろう。つい最近会ったばかりのはずなのに、随分久しぶりな気がする。
腕相撲大会の頃?
いや、そんな訳ない。
現実に戻るための噂集めに色々と依頼のチェックはしていたはずだ。
してたよな?
あれ?
気のせいだろう。
コカトリスの頭ともも肉を渡す。
途中で鮮度を確認したけれども、何だか微妙な気がした。
その時に思い出したけれども、鶏肉って痛みやすいんだっけ?
あれを鶏肉と呼んで良い物なのかどうかは議論の余地がありそうだ。
捨てるのも勿体ないので、バイト君に渡す事にした。
「おお、コカトリスじゃん!久しぶりに見たなー」
久しぶり!などと潰れた頭に挨拶している。
あえて突っ込みは無しにした。
そっとしておこう。
「お!肉まであるの!これって美味いんだよねー。俺がもらっちゃおうかな」
お腹を壊しても、当方は一切関知しません。
特に鮮度について、あえて忠告はしなかった。
何となくリザードマンの胃は丈夫そうな気がする。
丈夫だよね?
大丈夫!
と、口には出さずに、心の中でやりとりした。
うん。大丈夫。
結構な金額になった。
肉の値段が意外と良かった。
うまいのか。もしかして。
白色魔石も付けると、かなりの値段になるらしかったけれども、それは仕方ない。
「これってどこで狩ったの?」
響きだけ聞くと、俺がお買い物してきたみたいだな。
「アコルディオン大峡谷ですよ」
「なんだ、養鶏場に行ってたんだ。前もって言っておいてくれれば頼んだ事あったのに」
何だその養鶏場って。
誰がうまい事言えと。
「何です?その養鶏場って」
「あれ?知らないの?意外だねえ。んー、昔は大した魔獣も出ないし練石取れるしで結構良いポイントだったんよ、あそこって」
練石は結構初歩的な素材だ。
あれを取りに行ってコカトリスに必ず出くわすようじゃ、初心者が取りに行けなくなる。
「元々、コカトリスってさ、出るには出るんだけど、たまーに運が良いと、いや悪いと?あれに出くわすよねーってくらいだったのにさ、ちょっと前?って言う程最近ではないか。もう随分前に何か異常繁殖しちゃってさ。他の魔獣は逃げ出しちゃうしで、妙に難易度高いフィールドになっちゃったんだよね」
ん?
何だろう。引っかかるな。
異常繁殖ってのは置いておくとして、だ。
急に出現するモンスターのレベルが上がっちゃった、と。
妙に難易度高いフィールドになった?
そういえば。
ゲームの中にいたのは、ほとんどが熟練プレーヤーだった。
その熟練プレーヤー向けにフィールドとダンジョンのレベルが再調整されたとかって話が無かったか?
確かに何かで読んだような気がする。
しかし、詳細を覚えていなかった。
俺がゲームを始める前の話だっただろうか?
ゲームとこちらとの間にある線が見えそうで見えない。
いや、見えそうな気がしただけか?
「あんまりコケコッコーが出るもんだから、練石とかの供給も止まっちゃってさ。結構今問題になってるんよ」
普段、あまり街の工房とか使わないから知らなかった。
今、練石を売ると、結構な値段になるらしい。
バイト君は練石を取ってきて欲しかったようだ。
取ってきているけれども君に渡す分は無い。
ま、その内、食べるもんが無くなれば、あれもどっかに行くだろうけどねー、と言う程には興味無さげだ。
さすがお役所仕事。
そんなんだから君はバイト君なのだ。
「っと、あれ?何気にお兄さん今のでレベル上がってるじゃん。おめっとさん」
そう言うと、書類を見せてくれた。
確かに規定値に届いていた。
と、言う事はこれでレベル59か!
本当に久しぶりにレベルが上がった気がする。
おめでとう!俺!
が、しかし、別に今回のレベルアップで難易度の高いクエストに挑戦できるようになったとか、そういう話では無いらしい。
前よりも強くなってはいるだろう。
こちらに来てから随分戦った。
ただ、経験的な意味で強くなった訳であって、自分の肉体強度が上がったとか、知力や素早さが上がったという実感は無い。
ただの職業ランク的な意味でしか無いのだろうか。
割と通りかかる度にチェックだけはしていたものの、そういえばクエストを全然、受けていないな。
特に金には困っていなかったし、ゴブリン育成に精を出していたし。
村での俺のしなければならない事は大分減っていた。
6ゴブは成長していたし、アルフレッドもアリアもそれぞれが、それぞれの仕事をこなしていて、俺に協力できる事も少なくなってきていた。
アリアから良い素材の相談も受けていた。
コカトリスを倒せば、白色魔石が手に入る。
それだけじゃない。
あのレベルの魔獣を倒せれば、手に入れられる素材の幅も広がる。
6ゴブにコカトリスが倒せるだろうか。
そろそろ、次の段階に進むべき時なのかもしれない。
そこまで考えて、頭の中でもうひとりの自分がささやいた。
それは現実に帰る努力?
それともここでの自分の成長と、ゴブリン達のために力を振るう事?
どっちだろうか?
こちらでの生活にも大分馴染んだ。
向こうよりも充足感が大きいかもしれない。
自分が必要とされ、それに応える能力がある。
向こうでは結局、応えきれず病気になった。
向こうでも楽しい事はあったけれども、今の楽しい事を果たして超えているだろうか?
コカトリスの件、アリアとの距離、村のゴブリン達、レベルアップ、色々な件に区切りがついた気がする。
きちんと考えるなら今がチャンスだ。
これをしなくては、あれをしなくては、と先送りにしてきた問題を考えるべき時が来たのかもしれない。
何も決めずに何となくで続ければ、アルフレッドやアリア、ゴブリン達にいつか絶対に迷惑をかけるだろう。
俺の心は。




