キャンプ
まるで水墨画に描かれているような景色が見渡す限りに広がっていた。
いくつもの岩山が折り重なり、それがどこまでも続いて行く。
岩がつくり出す灰色や黒の陰影、そこに苔や草木のまばらな緑。
目にも爽やかで美しい景色は、どこか日本の山景にも似ていた。
空気も変わっていた。
澄んだ冷たい風が全身の感覚を刺激する。
アコルディオンはこんなにも美しい場所だったのか。
一目で気に入ってしまった。
斧ゴブ、ナゴブもこんな景色を見るのは初めてなのか、きょろきょろと見回している。
刀ゴブだけははるか遠くの一点を見つめている。
「ちょっと。初めて来たって訳でもないんでしょ。ボケッとしてないでよ」
アリアに怒られた。
すみません。
初めてみたいなものなんです。
しかし、この景色は物凄く自分の好みだった。
今日は練石集めはしない。
まずは野営の準備だ。
明るい内に出来る事をしなければならない。
さて、どうした物か。
キャンプなんて子供の時以来である。
ぶっちゃけどうしたら良いのか分からん。
うーん、と考える振りをしつつ見回していると、アリアが「あの辺で良いんじゃない」とぽつりぽつりと木が生え、草が茂っている辺りを指した。
何が良くて、何が悪いのか、分からないので素直に従う。
適当に草を整え、寝床を確保。
その間に斧ゴブとナゴブは薪を探しに行っていた。
刀ゴブと俺で石を集める。
特にテントを張る訳でもない。
夜行性の魔獣だっているのだ。
テントに入って寝るなんて、それこそ不意打ちしてくださいとお願いするようなものである。
基本、まんま野宿である。
雨が降ってきたら天幕を張るくらいはするらしいけれど、今日はその心配はなさそうなので、地面の上でマントにくるまって雑魚寝するだけだ。
煮炊きもしない。
匂いで魔獣が寄ってきたら面倒な事になる。
昼に倒した馬の肉はかなり美味いらしい。
あれを1頭まるまるギルドに持ち込めば、かなりの金額になるそうだ。
しかし、今回はあんな大きいのを持ち帰る準備は何も無かった。
あそこからまっすぐ街に向かうなら大丈夫だろうけれども、それは今回の目的ではない。
頭と爪やいくつかの肉(集落に帰るまで保つ保証はない。それでも斧ゴブが果敢に挑戦していた)、そしておおざっぱに切り出した皮だけ取って後はそのままにしてきた。
しかし、その肉をここでジュージュー焼く訳にはいかない。
ゲームの時には夜でも昼と変わらないように戦闘が出来た。
しかし、ここではそうは行かないのだ。
闇から何が飛び出してくるのか分からない状況で戦うのは想像以上に神経をすり減らす。
食事は街から持ってきた保存食を食べた。
干し肉と固いパンを食べてそれで終わりである。
石を組み、火を起こし、特にやる事もないので日が落ちたら交代で休む事にした。
しかし、眠れん。
地面が固い。
一応、土の上ではあるものの、寝心地は決して良く無い。
まあ、横になっているだけでも回復効果はあるって言うからな。
しゃがむだけでHPが回復するゲームだってあるんだ。
眠れなくても多少は効果があるだろう。
目を開けて周りを確認してみる。
刀ゴブは仰向けでぴくりとも動かない。
まるで死体である。
生きてるよな?
心配になるような寝相だ。
斧ゴブはいびきをかいている。
辺りに響く虫の音で気になる程ではないけれど、気にすれば気になる。
しかし、今日の斧ゴブは頑張っていた。
先生がそんな事で文句を言ってはかわいそうである。
眠りなさい。
今日は君は頑張った。
ナゴブがやたらとごろごろと転がっているのは大丈夫か?
眠れなくて、ではなくて、あれでちゃんと寝ているらしい。
その内、どっかに転がって行ったりしないか心配である。
やる気の無い副担任の先生の姿を探すと、火の番をしていた。
その顔は穏やかだ。
なんとなく体を起こして、火の側に行く。
夜になるとそれなりに冷える。
火の暖かさが心地良い。
しかし、振るべき話題は特に無い。
機微の難しいアリアが相手ではうかつな事は言えない。
そう思っていると、アリアから話しかけてきた。
「あんたってさ、野宿するの初めてでしょ」
バレバレだったようである。
「前にここに来た時にはどうした訳?」
「どうって、夜に移動してきて、ここに着いたら昼だったって所かな」
どんな馬鹿のすることよ、それ。そう言いながらもアリアは少しだけ笑っている。
まあ、ゲームの中ならそんなもんである。
寝るのは回復したい時だけだ。
「変な奴」
火に薪を足す。
炎の勢いが変わる。
膝に腕を回すようにして座り、膝に頬を当てて火を眺めるアリアの姿は魅力的だった。
「あんたがそう悪い奴でも無いらしいってのは、分かったわ。あいつらの面倒も良く見ているみたいだし」
あいつらとはゴブ達の事か。
馬を倒した辺りから、確かに機嫌は悪くは無さそうだった。
「でも私は彼とは違う。あなたがアルフレッドと呼ぶ彼とは」
そうか。アリアはアルフレッドの前の名前を知っているのか。
アリアの表情はさっきとは違って、固い。
それはどこか思い悩むようでもあった。
「王なんて必要ないのよ。どうして彼にはそれが分からないのかしら」
その科白は俺に向かって言ってるのではないのだろう。
もしかすると、アリアは前の王様とは仲が悪かったのだろうか。
彼女の態度はつまり、前の王との間に何かがあったのだろう。
俺は何も言わない。
何も知らない以上、言える事なんて何もない。
「寝るわ。後はよろしくね」
何も言わない俺に焦れたのか、そう言うとこちらに背を向けて横になってしまった。
火に薪を放る。
たき火越しに彼女の背中を見つめ、そして夜空を見上げた。
やれやれ。
その後、木に激突して目を覚ましたナゴブと交代して寝た。
魔獣は襲ってこなかった。




