水棲の魔獣
※5月4日に全編の見直し、修正をしました。
より整合を取るために、全編に修正が入っていますが、話の流れは変わっていません。
リディア川に到着すると、一度休憩を取った。
川幅は広く、流れは緩やかだ。
斧ゴブが川に近づいたと思うと、流れに口をつけて直接飲んだ。
う、と思ったけど、刀ゴブもホルダから出した筒ですくうとごくりと飲んだ。
こっちではこれが普通なのか?
そう思って思わずアリアを見ると、アリアはホルダから出した皮袋の水筒の水を飲んでいる。
何にせよ、寄生虫だの細菌だのにやられるのは面白く無い。
ゴブリンの頑丈そうな胃と自分の胃を同等に考えるのはよそう。
アリアと同じくホルダから出した皮袋の水筒の水を飲む。
勿論、その水は冷たくは無かった。
斧ゴブにあんまり近づくと水棲の魔獣に引きずり込まれるぞ、と注意する。
日は大分高くなっている。
それでも予定よりは早く着いたと言えるだろう。
アリアの機嫌は相変わらず悪そうだ。
あの後のアリアはすごかった。
ナゴブが敵を発見するよりも早く、アリアが敵を発見し、見つけた瞬間にはもう矢を射ている。
その矢は敵がはるか彼方に居ても一撃で頭や心臓を射抜く。
どう見ても八つ当たりだ。
たまに話をしていたナゴブと斧ゴブからも会話が無くなった。
戦闘に時間と体力を取られる事が無くなったのはラッキーではあった。
しかし、空気は最悪と言って間違い無い。
フォローも何も、何に怒っているのかが分からない以上、弁解のしようもなかった。
このまま進むしか無い。
弓ゴブを連れてくれば良かったな。
空気の事は忘れる事にして、思い出す。
アリアの弓の腕はアルフレッドが言った通りの素晴らしさで、凄まじいの一言に尽きる。
ホルダに手をやると、そこから矢が飛び出す。
それを抜き取りながらも弓は既に構えに入っている。
つがえてから弦を引くまでの動きは流れるようで淀みも迷いも一切無い。
放つ寸前、ぴたっと止まったかと思うと、矢は恐るべき勢いで飛び去る。
これを足を止めずに行うのだ。
全ては一瞬の事で、矢は目標に吸い込まれるように射抜かれる。
その弓さばきは呼吸をするように自然な行為に見えた。
弓ゴブにこれを見せられないのは、いかにも勿体なかった。
休憩を終え、歩き出す。
ひとつ心配だったのは、その矢が俺の後頭部に飛んできたりしないだろうかという事だけだった。
休憩をして、少し気分が変わったのだろうか。
今度はナゴブが接近しつつある敵を発見する。
アリアは何もしない。
川の中から1頭の馬が姿を現す。
奇妙な馬だ。
たてがみの代わりに背びれが生えている。
首には何段ものエラがあり、体の腹側には内蔵を守るように魚の鱗、馬にしては太い前足には恐ろしく長い爪が生えていた。
カーヴァルウシュタ。
今までで一番強い敵じゃないだろうか。
街から離れると段々と強い敵が現れる。
俺にとってはまだまだ余裕のある相手だ。
ゴブ達にとってはちょっとキツいかもしれない。
レベルは正確には覚えてないが、20は超えてたはず。
アリアは手を出す気はないらしい。
それなら俺がフォローしないと。
「アリア、警戒を頼む」
返事は無かったが、これくらいはやってもらう。
斧ゴブと俺で前に出る。
馬は走り出した。
力強く、速い。
こいつに走り回られると厄介だ。
斧ゴブよりも先に出て、迎え撃つ。
右前足を振り上げ、爪による一撃が俺を襲う。
ウォールレジスタンス。
馬の巨体の体重が乗った一撃を剣で受ける。
弾かれたのは馬の方だ。
そこにすかさず割り込んできた斧ゴブの一撃が飛ぶ。
体を浮かした馬の首と腹の間辺りへの一撃が直撃する。
しかし、鱗が鎧の役目を果たしているようだ。
鱗が飛び散り、いくらか割いたようでも、必殺にはならない。
怒り狂ったように左の爪を振るう。
斧ゴブは何とか斧を盾に防ぐ。
刀ゴブが首を縦に裂くように斬撃を振るうとエラから血がパッと吹き出す。
しかし、浅い。
いつもなら目を潰すような一撃だが、今回は目の位置が遠い。
そうか、こういう大きいのとやり合うのは初めてか。
「焦るな!無理に強い一撃を入れようとしなくて良い!」
馬の背にはゴブリン達が6人くらいは乗れそうだ。
などと考えて、妙に楽しそうなイメージだな、おい。
と自分で突っ込む。
ナゴブは後ろに回り込み、その後ろ足にダメージを加えていた。
ちゃんとどこを攻めて行くかの判断も出来ているようだ。
馬は離脱するように走り出す。
逃げる訳では無いだろう。
余裕はある。
しかし、ゴブリン達はそうでも無いだろう。
巨体と機動力から繰り出される一撃はまさしく脅威だ。
しかし、これはボスでも何でも無い。
ここまで来て、お帰りルートに戻る訳には行かない。
斧ゴブと俺で防ぎ、足を止めた所を刀ゴブとナゴブで削って行く。
役割が分かると、ゴブ達も真価を発揮し出す。
小さいとは言え単純な素早さではゴブ達も負けていない。
手数を増やし、細かく削る。
そこら中に血の跡が散らばり、でたらめな絵を描く。
流れた血によるものか、その動きも荒く大きくなった所に、斧ゴブの一撃が加えられる。
そこは最初に一撃を加えた所だった。
びしゃっと血が吹き出し、斧が引き裂くように内蔵をかき出すと、細いいななきと共に馬は果たして横に倒れた。
おぉー!!
ゴブ達が雄叫びを上げる。
知れず、俺も雄叫びを上げていた。
アルフレッドがいたら、解剖学の時間だったかもしれないけれど、俺はそんなもの知らないよ。
そう思っていたら、刀ゴブが何やら馬の死体を調べ出した。
斧ゴブとナゴブも加わり、何やら話し出している。
う、先生は君たちの勉強意欲にはついて行けないよ。
血を払い、改めて周囲を見回した。
アリアはこちらに背を向けている。
ちゃんと警戒をしていてくれたのだろう。
辺りに敵の影は無い。
ゴブ達はもう少し時間が掛かるだろう。
「サンキュ。ちゃんと警戒してくれたんだな」
「あんたがひとりでやっちゃえば早く済むのに」
こちらの顔を見ようともせずに言う。
それはそうだろう。
剣を替えればそれこそ一撃で首を落とせる。
「それじゃああいつらを連れてきた意味がなくなる」
アルフレッドとも話していたのだ。
6ゴブにとって、もうちょっと歯ごたえのある相手を探しても良いかもしれない、と。
あの馬は6ゴブだけでやり合うには、まだちょっと早そうだ。
俺が積極的に盾になっていたので、被害は出なかったけれど、あの重い一撃を斧ゴブや剣ゴブの盾で防ぎ続けるのは、難しいだろう。
6ゴブを教師にして、他のゴブリン達を鍛えるか、それとも遠出してさらに6ゴブを鍛えるかは判断がつかなかった。
そういう意味では今回の遠征はちょうど良かったのだ。
俺やアルフレッドが何をしたいのかはアリアも分かっているのだろう。
特にそれ以上、戦いについては何も言わなかった。
機嫌も少しは直ったようだった。
その後は川からなるべく距離を置くようにして進んだ。
さすがにあの馬と何度も遊べる程、暇な行程じゃない。
何度かへアリージャックやアーヴァンク(巨大なビーバー)を倒し、日が傾き出した頃にアコルディオン大峡谷に到着した。
カーヴァルウシュタ:単体で活動する魔獣。えら呼吸する馬。獲物を水の中に引きずり込み、バラバラに引き裂いて食べる。陸上でも活動可能。その肉は新鮮なら刺身でも食べられる。
アーヴァンク:単体で活動する魔獣。でっかいビーバーである。カーバルウシュタと似た生態を持つものの、カーヴァルウシュタよりもレベルは低い。




