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生きる規範

集落に向かう道すがら、剣を抜く練習をする。


背負っているのはゴブリン王の印という例の両手剣だ。

大きさは自分の身長よりは幾分か短いくらいだろうか。

自分の身長が正確に分からないけれども、2メートルには足りない程度だろう。

その美しい白銀の刃はまるで鏡のようで日差しを受けて輝いている。


何度か試していて、柔道の一本背負いの要領で抜けば大丈夫な事が分かった。

ちょっと昨日の抜けない!事件は自分でも悲惨だったと思う。

もうあんなのはごめんだ。


カストールはオール・オーディナリーズ・サーガではゲーム最初の街だった。


街の周辺のモンスターの出現率は低い。

それにならったのか集落に向かう途中にモンスターの影は見えない。

出てくる主要モンスターでもあったゴブリンは集落の方を抑えてしまったので、さらに低くなってしまったのだろうか。


適当なモンスターでスキルをひととおり試したかったものの、結局集落まで何事も無く着いてしまった。






集落に入ると、1体のゴブリンがこちらに気が付いたようだった。

すると、そのゴブリンはすぐにその場で膝をつき、叩頭した。


「え?」


まるで印籠を出された村人状態である。

気が付くとそこかしこにいたゴブリン達が叩頭していた。

な、なんですか?

どういう事?


事態についていけずに固まっていると、声がかかる。


「おぉ、王ではございませんか」


アルフレッドだ。

手にしていた紙を懐にしまいながら目の前まで素早く寄ってくると、すぐにひざまずいた。


「申し訳ございません。お迎えに上がる前にいらっしゃられるとは」

「いや、それは良いって。子供じゃないんだからひとりだって来られるさ」


それよりも、と叩頭しているゴブリン達を指して尋ねる。


「それよりもこれは?」


ナンデスカ?

昨日、集落を訪れた時に想像した光景ではあるけれど、実際にそうなると恐ろしく気持ち悪い。


「王に対する最低限の儀礼にございます。彼らも王の勢力下へと入った以上、この位は当然と心得たのでございます」


たった一夜でですか?

アルフレッドこえー!


昨日の戦闘の最後の叱責も怖!と思ったけど、今はそれ以上に背筋が寒くなる。

アルフレッドを怒らせてはならない。

例え頭を打って記憶を無くしたとしても、それだけは覚えていますように。






色々とゴブリン達にもやる事があるだろうから、気にしなくて良いよ、と取り合えず言うと、アルフレッドが作業に戻るように指示してやっと止まっていた集落の時が動き出した。


ゴブリン達はアルフレッドと俺が暴れて破壊してしまった家の修復を行っていたらしい。

アルフレッドは、それが直って見栄えが良くなってから俺を呼びたかったようだ。


「王よ」


と、何事かを言おうとしたアルフレッドの科白をさえぎって言う。


「その王ってのはやめよう。ノルで良いよ。聞いててこそばゆい」


アルフレッドは納得しかねているようだったけど、良いね、と念を押すと了承してくれた。


「それではノル様、実は新たにお願いしたき議がございます」


何だろうか?


「この者達も略奪がいかに愚かしいかという事は理解したのですが、いかにして生活を成り立たせるかという事が分かりかねるようです」


奪うなと言っても腹は減る。

物は壊れる。

何もかもを奪い、それで生活をしてきた者達に取って、奪うなと言ってそのまま放置したのでは、死ねと言っているに等しい。


「ですので、いかにして生きるべきか。その規範を彼らに示したいのでございます」


狩りの方法の見直し。

生活に必要な道具の作り方。

魔物を倒し、ギルドでお金を得る方法。

他種族に対する儀礼。

奪うのではない。

生み出すのだ。


アルフレッドは何をしたいのかを語り続ける。


それを聞いていて、胸に火が灯った気がした。


自分よりも、よほどアルフレッドの方が王に向いているのでないだろうか。


王の誇り。


その言葉が頭に思い浮かぶ。

そのスキルがどんな効果を持っているのかは分からない。

しかし、彼が考え、行うべきだ、そう考える事こそがまさしく王の誇りのように思えた。


元より自分にやりたい事なんて無い。

今ここで帰りたい!

俺を元の世界に戻してくれ!

そう喚き、叫んだ所でそれは叶わないだろう。


戻る方法が分からない以上、ここで生きなければならない。

もちろん元の世界に戻る方法も捜すつもりではある。

しかしここで生きる以上、ここで生きるために必要な行動も起こさねばならないのだ。


「アルフレッドは俺に国をつくって欲しいの?」


あえて尋ねる。

記憶が間違っていなければ、彼は一度も国の王になってくれとも、国を作ってくれとも言わなかった。


「国など無くともノル様は王にございます。ノル様がそのように望まれない限り、私もそれを望む事はございません」


やっぱり。

最初からずっとアルフレッドは俺に王になれとは言ってなかった。

ずっと俺が王だと言っているのだ。


人生にゲームクリアなんて無い。

あるのは死だけだ。

これが人生であるなら死ぬまで生きなくてはならない。


ここがゲームの中だとしよう。

それならばクリアしなくてはならないのだ。

何をクリアすれば元の世界に帰れるのかは今の所全く不明だ。

それならば目の前で起こる出来事をひとつひとつクリアしていくしかないのだろう。


今、目の前で起きているのは、誇り高き小さなゴブリンが、規範を示すと言っている。

ならば自分も彼と一緒に規範を示さなくてはならないのだ。


やろう。


帰りたい。

逃げ出したい。

どうなるんだろうか。

そんな気持ちは今を限りに忘れる事にした。


ガルーダの言葉を思い出す。


王であるのならば、あなたはきっと特別な使命を託されているのでしょう。


そんな事はどうでも良い。


ただ、この誇り高き小さなゴブリンが、俺を王だと呼んでくれるのなら、俺は王でなければならないのだ。


「アルフレッド。やろう。規範を示せ。飢えた獣のように明日におびえて生きるのは終わらせなければならない」


アルフレッドはその真摯な目で俺の目を見つめ、嬉しそうに笑顔を見せる。

その笑顔をすぐに引き締めると、頭を垂れ、答えた。


「我が王の仰せの通りに」

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