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はじめてのクエスト

薄汚いオークの話を聞いてみると、どうやらこの街から少し離れた所にゴブリンの集落があるらしい。


そしてそこのゴブリンがこの街の周辺で略奪を繰り返しているらしかった。


集団で襲いかかる卑怯者の群れ。

山賊ども。

クズどもが。


オークは口汚く罵る。

話し振りからしても、やはり本来的にはゴブリンの方がレベルが低いのは確かだ。


話を整理してみると、数を頼みに押し込まれ、命からがら逃げ出したのだろう。

その時に大枚をはたいて新調したばかりの斧を奪われたらしい。


命からがら、とはオークは口にしていなかったが、ここまで怒り狂うのは武器を失ったからだけではなさそうだ。


黒鎧のゴブリンは怒りもせず、反論もせずにただじっと話を聞いていた。

そして話を最後まで聞き、オークの言葉が尽きかけたその時、オークに少し待つように言うと俺の方に振り向いた。


「王よ。申し訳有りませんが、少し私に暇を頂けませんでしょうか」

「と、言うと?」

「はい。この者の言う事、私には真実であると思えました。ならば同族の恥は同族がそそがなくてはなりません。その集落に向かい、略奪などという愚かな行為をやめさせねばなりません」


つまり、自分ひとりで行って片を付けたいって事か。

オークは卑怯者と侮っていたゴブリンのその言葉に驚きの表情を示す。


ゴブリンはオークに言う。


「私が責任を持って、必ずその斧は取り返しましょう。取り返すまでは、これをお預けします」


そう言うと、ホルダから何かを取り出し、オークに手渡した。

金か、宝石か。

こちらからは見えなかったが、何か価値のある物だったのだろう。


それまでの怒りが嘘だったように「仕方ねえ」とか「いや、お前があのクソゴブリンどもと同じだとは思ってなかった」とか、モゴモゴと言って、ニヤついている。


「集落って事は向こうはいっぱいいるんでしょ?」

「一般的な集落の大きさならば、50前後はいるものと考えられます」


50体前後の同族、それもならず者達をたったひとりでどうにかするつもりなのか。


悪事を働いているヤクザの事務所にひとりで行ってこい、そう言われて自分なら行けるだろうか?

答えはノーだ。

仮に自分が警察官だったとしても、自衛隊員だったとしてもノーだ。


しかし、彼はイエスと言っている。


略奪という愚かな行為は恥であり、決して見逃す事は出来ないというたったそれだけの理由で。


彼の目は揺るぎない。

それは彼が自分自身の行為の正しさを信じている目だ。

そして俺なら行かせてくれると信じている目でもあるのかもしれない。


分からない事だらけだ。


どうして自分がこの世界にいるのか。

これからこの世界で何をしなくてはならないのか。


もしもひとりであの大草原に立っていたら、今でも途方に暮れていたかもしれない。

しかしひとりでは無かった。


出会ったばかりで簡単に信頼するべきでは無いかもしれない。


相手は人間ではない。


モンスターだ。


しかし、今のやり取りだけでも、彼の人間性、真摯さに心を打たれていた。


彼の目は揺るぎない。


それならば、少なくとも今この瞬間にしなくてはならない事は明らかじゃないか。


その信頼に応えよう。


「それなら王様の自分も行かないと話にならないでしょう?」


黒鎧のゴブリンは深く、深く頭を下げた。






すぐに集落に向かうのかと思ったが、そうでは無かった。

最初に向かったのはギルドだった。


ゴブリンは何事か受付で話している。

一通り聞き終わったのか、しばらくするとギルドを出た。


聞いてみると、クエストとして布告が出ているかどうか、確認したようだ。

オークの話そのままに、クエストとして布告されていたらしい。

集落の情報なども入手したようだ。


考えてみたら、この街のモンスター達は人なのだ。

見た目はどうあれ人である以上、理由も無く襲うのは犯罪なのだろう。


クエストとして布告されている以上、その集落のゴブリン達はやり過ぎたのだ。

クエストの内容は、略奪に携わったゴブリンたちの討伐だった。






ゴブリンの集落は街から歩いて1時間くらいだったろうか。

時計が無いので正確な時間は定かではない。


太陽の位置から考えると1時か、2時か。

体感的には長く歩いた気がしていたが、全く疲れは無かった。


木がまばらに生える草原のただ中にその集落はあった。


集落の周りは簡単な柵で囲われている。


特に警戒もせずに入り口らしき柵の切れ目から中に入ると、すぐに1匹のゴブリンがこちらに気が付いた。


気づいたゴブリンが即座に口笛を鳴らすと、その音は辺り一面に響き渡る。


変化は急激だった。


ゴブリンサイズの小さな家という家から多くのゴブリンが姿を現す。


全てのゴブリンが剣、盾、弓などで武装していた。


あ、あれ?

えぇっと、どういう事でしょう?ゴブリンさん?


自分はゴブリンの王様らしい。

そう思っていたので、この状況はどうもおかしい。


「歓迎されてないみたいだね」

「蛮族ですな。王の偉大さを理解していないのです」


ゴブリンにも蛮族とかあるのか!?


同族と言っていたので、すぐに話が通じてもう略奪はしません!すみませんでした!という展開を期待していたのだ。


どうしたら良いのか分からずに、続々と集結する蛮族の皆さんを眺める。


蛮族、そう言われるだけあって、集落のゴブリンは先ほどのオークよりもさらに汚い感じがした。


身につけている鎧のサイズが合っていなかったり、剣のサイズもまちまちで、軍や騎士のような統制はまるで感じられない。


それに比べると黒鎧のゴブリンの所作は、まるで映画に登場する執事のように優雅で落ち着いている。


黒鎧の彼も剣を抜き、盾を構え、オークの時のように身をかばうように俺の前に出る。


「そういえばずっと名前を聞いていなかったね」


目の前にゴブリンが山となった時に初めて気が付いた。


ゲームの時にはゴブリンはゴブリンでしかなかった。

名前なんて必要ない。


しかし、今、自分の前に立つ彼をゴブリンなどと蛮族達と同列に呼ぶ事は出来ない。


「先代の王と共に名前は失われました。今の私は御身に付き従う影でしかございません」


名前は無いのか。

なんだかそれで満足そうな言い方だったけど、それではこっちが困る。


執事。

黒。

執事。

黒。


おお、これしかあるまい。


これから彼の名前はアルフレッドにしよう。


「それじゃあ、これから君の事はアルフレッドと呼ぶね」

「おぉ、私めのような者に王自ら名前を付けて頂けるとは!」


振り向かず、油断無く構えるアルフレッドの顔は見えないものの、喜んでくれているようだ。


話している間にもゴブリンはわらわらと増えていく。


ってか、レベル的には全然問題ないはずだけど、大丈夫だよね?


本当に大丈夫だよね?


今更ながらに背中の剣を抜く事にした。


いや、抜こうとしたものの抜けない。

こんな長い物どうやって背中から抜くんだ!?


そうこうしている内にゴブリン達はいっせいに弓を放ってきた!


「うぉ!?」


これは死ぬ!死ぬ!?


あちらでやった武道なんて高校の授業の剣道くらいだ。


四方八方から飛んでくる矢の対処の仕方なんて当然習ってない。


アルフレッドが何本かの矢を盾で防ぎ、剣で払う。

めちゃくちゃに飛んでくる矢から、本当に危険な矢だけを落としている。


飛んでくる矢はまるで弾丸のようだ。

放物線を描く訳では無い。

直線的に、貫け射抜けとばかりに飛来する。


こんな物をどうしろと!?

剣は抜けないままだ。

時代劇みたいに対応する事なんて出来やしない!

大パニックである。


そんな事をしても矢を防ぐ事なんてできやしないのに手を顔の前で交差しようとした瞬間、1本の矢がまっすぐに俺の頭めがけて飛んでくるのがはっきりと分かった。


あ、あの矢は当たるな。

直感がささやく。


こんなあっさり終わっちゃうなんて。

嘆く間もなく矢は迫る。


思わず口から出た言葉があった。


「防壁の呪符があれば」


その言葉には願いがこもっていた。

それはただの言葉として以上の響きがあった。


その瞬間、ホルダの口がひとりでに開き1枚のお札が目の前に現れる。


現れたお札を右手が勝手に動き、掴んでいた。


「え?」


まるで他人の物のように自分の手を見る。

それはまるで映像のワンシーン。


お札はぼろぼろと崩れていく。それと共に突き出された手に何か熱が集まるのが分かった。


その熱は一瞬で膨らみ、そして自分自身の体を包み込む。


十数本は飛んできていた矢は、まるで見えない壁にぶつかったかのように落ちていく。


防壁の呪符は物理系のダメージを10秒だけ防ぐ事ができるアイテムだ。


ゲームでもピンチの時には真っ先に使う、効果の高いアイテムだった。


思わずアルフレッドを見ると、彼も見えない壁の中に入っているようで矢の被害は無い。


そうかアイテムが使えるのか。


それならば。


「今度は俺のターンだ!操炎の呪符!」


口にした瞬間、またしてもホルダから1枚のお札が飛び出す。


それを掴むとお札は一瞬で燃え上がった。


燃え上がった炎はまるで蛇のよう。

空中でうごめくその様を、美しいと思った。


「行け!」


蛇は言葉に従って、家々の屋根の上から矢を放ってきていたゴブリン達に襲いかかると、次々にゴブリンを吹き飛ばし、宙を走る。


あまりの事態の急変に蛮族達の動きが鈍る。


アルフレッドは一連の俺のアイテム使用に安心したのか、俺の元から、剣を手に襲いかかってきた一団に向かって斬り掛かって行った。


斬られたゴブリンの手から離れた剣が足下に滑り込んできた。


それを拾い上げる。


アイテムを使った時に妙な感覚があった。


呪符を使った時、明らかに体が何かに引っ張られるように勝手に動いていた。


意志に反して、では無かった。


そうするべきだ。


自然にそう思え、そしてそう動いた。


それはまるで主観視点の対戦ゲームだ。


コマンド入力したキャラクターがその通りに動く。


それを不自然とは感じない。


体が自然に動く?


ならこれはどうだ?


「スラッシュザッパー!」


すっと姿勢が前傾になる。


それは何度となくディスプレイで見た姿勢。


手にしたショートソードの剣先は水平の軌跡を描く。


斬撃が繰り出された。


斬撃は虚空に白い刃を生み出し、接近してきていたゴブリンを4匹まとめて斬り伏せる。


やっぱり。


スラッシュザッパーはスキルだ。


分かった。


名前を呼ぶ事で、心からの呼びかけで発動したのだ。


ようは音声入力でやるアクションゲームだ。


こちらの攻撃になす術も無く倒れていくゴブリン達。


アルフレッドは蛮族と評したが、これが普通のゴブリンなのだろう。


ゴブリンのレベルは10にも満たない。


そして自分の、と言うかノル・ブリンカのと言うべきか、のレベルは58だ。

負けるはずが無い。


斬撃をまぬがれ、斬り掛かってきたゴブリンの剣をあえて何もせずに受けた。


腿に剣は当たったが、鎧には傷ひとつ付かない。その衝撃は無いに等しい。


むしろ切り掛かってきたゴブリンが弾かれ、たたらを踏んでいる。


そのゴブリンをサッカーの要領で蹴り込むと、まるでサッカーボールのようにゴブリンは吹き飛んでいった。


相手にならない。


剣を空に掲げ、声を上げる。


「武器を置き、ひざまずけ!」


声には自分が思う以上に、自分自身の力が宿っているようだ。

その響きは戦場中に力の波として広がる。


「これ以上向かってくるならお前達全てを斬り伏せる!武器を置け!!」


アルフレッドも積極的に襲ってくるゴブリンを既に斬り伏せていた。


俺の足下に駆け寄ると、例を示すかのように真っ先に剣を納め、俺の前にひざまずいた。


蛮族のゴブリン達の顔には恐怖が刻み込まれている。


それでもすぐに武器を捨てる事はしない。


しかし襲いかかってくる事もできないようだった。


もう一度声を上げようかと考えた時、アルフレッドが声を上げた。


「王の御前ぞ!従え!」


その言葉は、出会ってから今まで俺が聞いた事の無い、激しくも厳しい響きだった。


蛮族のゴブリン達はその声を聞き、ついに武器を地面に置き、俺の前に整然と並び、ひざまずいた。

アルフレッドの意味は良き助言者。

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