05 トラベル
準備のため忙しなく暮らしていれば、数日などあっという間に経ってしまい、いつの間にやら出発の日を迎えていた。
徐々に小さくなっていく屋敷を馬車の窓から見詰めて、テオドーラはそっと溜息を零した。
「家から離れるのは初めてだし、やはり緊張するかい?」
「うん……それもあるけど、ジュリアが寂しがってないか心配で」
「そういえば、ジュリアだけ残るのは初めてなのね」
馬車にはジュリアを除くヴェルデマーレ家の面々が揃っていた。
入学とほぼ同時に社交期が始まるため、ヴェルデマーレ夫妻も同時に王都へ発つことになったのだ。そのため、現在領主邸にはジュリアしかいない。
正確に言えば使用人などが残っているのだが、それでも一度に家族全員がいなくなるのは寂しいものだろう。今迄はテオドーラが傍にいたものの、今年からテオドーラも学校で不在となる。
「でも、ジュリアだってもう九歳なんだもの。すぐに慣れるわ。それに、夏には皆で帰るもの。少しの辛抱よ」
「そう、だね。うん……心配しすぎは良くないよね」
クラリーチェの言葉に頷きながらも、テオドーラの心中は晴れなかった。
テオドーラはいつだってジュリアを心配していた。姉だからというより、ジュリアに負い目を感じていたからだ。
使用人を含め、ヴェルデマーレ家の面々はジュリアを子供扱いしない。それは、貴族だからという理由かもしれない。しかし、もしかするとテオドーラがいたからかもしれない。
テオドーラは手の掛からない子供だった。当然だ。物心ついた時には既に、前世の記憶があるせいで大人に匹敵する知能を持っていたのだから。しかし、ジュリアは子供だ。正真正銘の子供なのだ。どうしても、テオドーラと同じように育つことはできない。
それが分かるのは全ての事情を知るテオドーラだけ。他の面々はテオドーラの正体など知らないのだから、テオドーラとジュリアを並べて考える。
もしかしたら、貴族では子供扱いしないのが一般的なのかもしれない。学院に行けばそれが分かる。分かったからといって、今更どうしようもないのだが。
屋敷に残されたジュリアを気掛かりに感じながら、テオドーラはクラリーチェに学院のことについて尋ねた。
「母様も学院に通っていたんだよね。学院ってどんな所?」
「そうねぇ……貴族社会の縮図よ。派閥があって、派閥同士で対立しているの。大人と違って敗北した派閥が何かを失ったりはしないけど、その後の学院生活は色々な意味で覚悟した方がいいわね。女の陰湿さをこれでもかと味わうことになるわ」
「なんて恐ろしい場所なの……」
学院に通う人間は十歳から十三歳。それぐらいの子供が既に女としての陰湿さを発揮しているというのか。やはり貴族の子女とは早熟なのかもしれない。
「でも、良いこともあるわよ? 結婚相手が学院で見付かることも多いもの。私もフェデリコとは学院で出会ったのよ」
「ん? でも、学院って男女別だよね?」
「ええ。でも、庭園だけ男女共同スペースになっているの。テオドーラも、もしかしたら庭園で素敵な殿方と巡り合えるかもしれないわね。良い人が見付かったらちゃんと母様にも教えて頂戴よ?」
「気が早いから……」
貴族としては大変珍しいことに、ヴェルデマーレ夫妻は恋愛結婚である。大概の貴族は家同士の利害関係を考えて結婚する。そこに感情は考慮しない。
恋愛結婚できるとすれば、運良く感情と利害が一致した時だけだ。そして、ヴェルデマーレ夫妻は幸運な一組だった。
「しかし、悪い男には引っ掛からないようにな。侯爵家の人間ということで、良からぬ感情を持って近付く者も多いだろう。自分が信じられる者とそうでない者を見極めなさい」
「はい」
「家柄以前に、テオドーラの顔に寄って来る者もいるだろう。そういう者には特に気をつけなさい」
「……はい」
後者の忠告は嫌に実感が篭っていた。もしかして、フェデリコはそういった経験があるのだろうか。
聞きたいような、聞きたくないような。テオドーラは喉まで出かかった疑問を抑え、忠告には素直に頷いた。
フェデリコ父さんは苦労人。果たして寄って来たのは異性だったのか同性だったのかは……皆様のご想像にお任せします。