04 クローゼット
朝食後、テオドーラは自室のクローゼットを眺めていた。
学院に持って行く服を選ぶためだ。勿論、学院では制服着用が義務付けられているが、何も休日まで制服を着ているわけではない。そのため、いくらか私服は持って行く必要があった。
クローゼットを見て悩むテオドーラの元にやって来たのは、今朝テオドーラに小言の波を食らわせたアマリア。
「テオドーラ様、持って行く服はお決まりですか?」
「うーん……なんか、どれでもいい気がしてきた」
「年頃の女の子がそんな……。テオドーラ様はもう少しお洒落に心を傾けるべきです。折角、旦那様に似てお美しいのに」
「ありがとう。アマリアも美人だよ」
「褒めても私は選びませんよ。学院に行くのは自立の第一歩。お洋服もご自分で選べるようになってください」
「うっ……」
別にお世辞のつもりはなかったのだが、そういう意図も全くなかったわけではない。
何せ、今迄は毎日の服を全て侍女に選んでもらっていたのだ。いきなり自分で選べと言われても、どうすればいいのか分からない。
貴族の子女が身に纏うパーツは非常に多い。ドレス、髪飾り、アクセサリー、手袋、上着、靴。それらのパーツも実に様々な違いがある。
前世でもお洒落に興味がなかったテオドーラには、これだけのパーツを取っ替え引っ替えするのはかえって苦痛だった。普通の女の子であれば、お洒落に興味津々の年頃なのだが。
「うーん……」
「相談してくだされば助言くらいはいたしますから。まずは自分で選ぼうという気持ちが大事なのです」
「あー、一理あるかもね……」
全く嬉しくない正論である。
このままでは再びアマリアの小言を食らってしまうと危惧したテオドーラは、渋々椅子から腰を上げた。
クローゼットには美しいドレスが整然と並んでいる。この世界には子供服という概念が存在しないので、子供も大人と同じ造りの服を着る。
ドレスには流行があり、現在の流行はスカートを膨らませないAラインやエンパイアドレスだ。Aラインは腰元で切り返し、エンパイアドレスは胸のすぐ下から切り返しがあるデザインだ。
「こういうのって、髪の色と合わせるといいんだっけ……?」
「そうですね。髪か目のどちらかと同系色が好ましいとされます。ただ、全く同じ色だとメリハリがなくなりますから、色合いに違いをつけると髪色がよく映えますよ」
「ふぅん……」
テオドーラの髪は透き通るような水色、目はペリドットのような明るい碧色だ。これらの色と合わせるのであれば――
「これ……とか、どうかな?」
淡いミントグリーンのAラインドレス。胸元から腰までのタイトな部分は全てレースで覆われている。胸下を白いサテンのリボンで引き締めているが、胸を強調するようなイメージは受けない。清楚な印象だ。スカート部分は細かいプリーツになっている。
年頃の少女が着るにしては少し飾り気が足りないが、爽やかで品の良いドレスだ。
「ええ、良いと思います。上品な印象で、大人びた感じですね。でも、もう少し飾り気のあるドレスも選びましょう」
「うーん、あんまり派手なのは好きじゃないんだけど……」
「あまり地味なものばかり着ていると、あの家はお金がないのだと陰口を叩かれますよ」
「何それ怖い」
貴族社会とは恐ろしいものだ。服装一つで相手の家の経済状態を計るとは。
テオドーラが二枚目に手に取ったのは、アマリアの言うことに従い、先程より飾り気のあるドレスだった。
これまたAラインドレスで、今度は白地だ。白地を明るい空色のレースが彩っている。胸元にはシフォンで出来た青い薔薇。腰元の切り返しにはサテンの青いリボンが巻かれている。後ろで揺れる大きなリボンは羽根のようで大変愛らしい。広がったスカート部分にも取り巻くような形でリボンが縫い付けられており、先程よりもずっと華やかなデザインだ。
「ああ……これは、奥様が作らせたドレスですね」
「うん。ちょっと派手だけど、お気に入りなの」
「これぐらい派手の内に入りませんよ。でも、テオドーラ様に大変よくお似合いです。流石、奥様ですね」
これでもかと主張するサテンの艶やかさがあっても派手ではないとは。一体他のご令嬢はどんなドレスを着ているのだろうか。
その後も、テオドーラとアマリアのドレス選びは延々と続いた。準備期間の大半を服選びに費やしたといっても過言ではない。
改めて、ご令嬢の面倒臭さを実感したテオドーラだった。
エンパイアドレスはナポレオン時代に流行ったスタイルですが、この物語の文化背景はもうちょっと前の時代です。
あくまでもフィクションなので、色々ちぐはぐでも気にしないでください。