01 バースデイ
この世界には魔法というものが存在する。誰もが使える不思議な力だ。
魔法を使えば何もない所から水を出したり、火を起こしたりできる。物体を浮かせて動かしたり、物体を作り変えたりもできる。何ができるかは個人差があるため、詳しくは言及できないのだが。
便利な力だが、魔法は十歳を超えなくては使えない。なぜ十歳なのかは知られていない。
魔法が使えるようになる十歳の誕生日は特別な意味を持つ。十歳の誕生日に、その者の魔法媒体を召喚するからだ。
魔法媒体とは、魔法を使うのに必要な品のことだ。十歳の誕生日に儀式を行うことで、その者にだけ扱える魔法媒体が決定される。一度決定された魔法媒体は永遠に変更されることはない。
魔法媒体は個々によって違いがある。多いのは杖や本、それに装飾品。中には変わり種もいて、お玉や箒というケースも見られる。全く見たこともない物体が出て来ることもある。
親にとっても、十歳になる子供にとってもドキドキワクワクのイベント。それが魔法媒体召喚。それをたった今、迎えようとしている子供が此処にいる。
「心の準備はいいかい、テオドーラ」
「はい!」
父親の言葉に勢いよく頷いた少女の名はテオドーラ・ヴェルデマーレ。
メラグラーナ侯爵家の長女だ。今日、十歳になった。
テオドーラが頷いたのを確かめ、彼女の父フェデリコは自らの魔法媒体を召喚した。フェデリコの魔法媒体は腕輪だ。銀色の腕輪には、羽を広げた鳩が刻まれている。
フェデリコがテオドーラの額に腕輪を軽く当てると、テオドーラの胸元に光の球体が浮かび上がった。
儀式とはいっても、難しいことは何もない。他者の魔法媒体が子供に接触すると、子供の体内の魔法が触発され、ひとりでに魔法媒体を作り出すのだ。
二人の注目を集めながら、光の球体はゆっくりと萎んでいった。そして、光の中から現れ、テオドーラの掌に収まったのは――
「これは……何だろう……?」
フェデリコが困惑したように呟いた。無理もない。テオドーラが持つ魔法媒体は見たこともない物体だったから。
大人の掌に収まる程度の大きさで、形は平べったい長方形。つるりとした表面は滑らかな光沢を帯びている。裏と表が存在するようで、片面は違う物質で出来ているようだった。片面を覆う硝子のような物質は、ランプのように自ら光を発している。
「まあ……中にはよく分からない魔法媒体の者もいるし、これもそうなのだろうね」
頻りに首を傾げながらも、フェデリコはあまり気にしていなかった。魔法媒体は十人十色。中には林檎が出て来たという例も存在するのだ。それに比べたら、今テオドーラが持つそれは食べ物でなさそうな辺り、林檎よりはマシだろう。どう使うか見当もつかない林檎より断然マシだ。
それに、どうせ魔法媒体は召喚した本人しか使えないのだ。どんなに珍妙な品物でも、本人が理解できればそれで良し。
「追々、自分で使い方を探りなさい。これも勉強だ」
「は、はい……」
フェデリコに頭を撫でられながら、テオドーラはぎこちなく頷いた。
それも致し方ないのだ。何せ、今手に持っている品が何なのか、テオドーラは知っていたのだから。この世で誰も知らない、テオドーラだけがこの物体の名称を知っている。
しかし同時に、これがこの場にある方がおかしいことも分かっていた。そのため、万感を込めた叫び声は胸中にのみ留められた。
(スマホがなぜ此処にー!?)
スマホ、正式名称スマートフォン。パソコン機能をベースに作られた多機能携帯電話。
地球社会を席巻していた情報端末の登場に、テオドーラは乾いた笑いを零した。
スマホ欲しさのあまり、よく分からないファンタジー始動。